48話 優しさを知って
「拓って片倉さんのこと好きなのか?」
水やりも終わり、じょうろをもとあった場所に戻したタイミングで博が言った。突拍子もないことを言い出した博に拓は口と目を同時に限界まで開く。
「いや、突然変なこと聞いてごめんな。なんか片倉さんと文也が未来で結婚するって聞いてから気になってたんだよ……ほら、文也って女っ気ないし、片倉さんの方はどう見ても拓にって雰囲気でさ。拓はどう思ってるのかなって」
博は遠慮がちに聞きながら、拓を覗き込んだ。
「俺から見ると拓は片倉さんのこと気にはなってる存在なのかなって感じてたんだ。クラスも部活も一緒だったし、こうなる前から仲は良さそうだったから……文也と片倉さんが結婚っていう話がどうもしっくりこなくてさ」
どんな顔をしていいか分からず、拓は気まずさから俯く。
「いや、俺の勘違いならいいんだ!」
博の慌てた声が耳に届き、拓はまた顔を少しだけ上げた。
「拓が片倉さんのこと少しでも好きだったら、あの話はショックだったんじゃないかって心配になっちゃって……余計なお世話だったな」
「そんなことない。ありがとう……気にしてくれてたなんて思ってなかったから」
拓を追いかけてきた博の真意に、じんと胸が熱くなるのが分かる。拓は心配いらないと伝えるように、精一杯の笑顔を向けた。
「博は本当に優しいな」
「そうか? こうして当番でもない花壇の水やりしてる拓の方がよっぽど優しいと思うけど……悪く言えばお人好しだけどな。未来から来たアキさんに協力したり、命狙ってる組織の人を気にかけたり」
「痛いとこつくな……けど、言われてみればそうだよな」
自分の余命があと僅かだからとアキと協力関係を結んだが、端から見れば無鉄砲もいいところだ。博にしてみればずいぶん危なっかしいことをしていると思われているに違いないと、拓はなんだか申し訳なさでいっぱいになった。
「こんなお人好しに付き合ってくれる博はやっぱり優しいんだよ」
「それもそうだな」
拓の返しに博はおかしそうに笑う。すると、突然にその笑顔が薄れた。
「それなら、もう誤魔化しはなしにして聞くな。拓は誰が好きなんだ?」
「誰って……?」
先程は満里奈への気持ちだけ確認しようとしていたのに、今はひとりの人物に対しての問いかけではないことに拓は即座に疑問を返す。だが、その誰かはすぐに察することができた。ひとりしかいない。
「もしかして、アキのこと聞いてる?」
博は小さく頷く。
「いや、ないない……そもそもアキは未来の人間だろ? 好きになる以前の問題だろ」
「けどさ、アキさんは現実世界で存在はしてるんだから無くはないだろ? それに俺から見たら、アキさんは拓が好きなように見えるんだけど」
「どこら辺を見てそう思ったんだよ」
若干、冗談まじりに返すが博の顔は真剣そのものだった。
「未来から来て最初に頼ったのが拓っていうのも少し気がかりだったし、アキさんはいつも拓を気遣ってるように感じるからさ……見ていないようで見てるみたいな」
「そうかな?」
「拓が片倉さんを好きだというなら何も言わないけどさ……もしもアキさんが好きなら俺はやめた方だいいと思うんだ。だって彼女、自分の話全然しないじゃないか。名前だって偽名っぽいし」
「それは」
的確な指摘が拓の言葉を詰まらせる。
拓もまったく同じ疑念をアキに感じていたからだ。けれど、それを追求するのは拓自身にも秘密があるからという負い目で聞くことを躊躇われた。アキに病気のことは打ち明けたけれど、博たちには黙ってくれている。そんな優しさを時おり見せる彼女がそんなに危険な人物には思えない。だから、悪く言うなんて申し訳に気がした。
「本当にアキさんを信用していいのか? 本当は未来の拓がアキさんに頼んだって話も嘘ってことは」
「嘘じゃない!」
咄嗟に声を張り上げていたことに拓自身が驚く。
「確かにアキは隠し事もあるかもしれないけど、誰だって秘密にしておきたいことや打ち明けるのになかなか勇気が出ないことってあると思うんだ。けど、組織から満里奈を守ろうとするアキに嘘はないよ……信じてあげてほしいんだ」
「拓……お前」
「それに、アキは俺なんか好きにならないよ。年だって離れてるし……」
「そっか。悪かったな、変な勘繰りして」
変なことを聞いてしまったと肩を落とす博に拓は慌てて笑顔をつくる。
「別に謝る必要ないって! 俺のこと心配してくれたんだろ? いろいろ気にしてくれてありがとうな」
軽く博の肩を叩くと、表情に安堵の色が表れた。
「今のところ俺も恋愛とか興味ないし、正直その余裕がないんだ。だから満里奈と文也が結婚する未来も気にしてないし、アキのこともただの仲間って感じで……心配するような感情はないから安心していいよ」
そう言いながら、なぜだか胸が少しだけ痛むのを感じる。何に対しての痛みなのか、その時の拓には分からなかった。
「わかった。けどさ、拓……もしも」
博の瞳が切なく揺れる。
「もしも何か困ったことがあったら……自分ひとりで背負い込まないで俺や文也に相談しろよ」
「ああ、わかった」
そろそろ美術室へ行こうかと、博の言葉で拓も足を踏み出した。
「楽しみだな。花火大会」
背を向けたまま博が呟く。その後ろ姿がどういうわけか寂しげに写った。
それはこんな風にみんなで集まる夏が最後という意味合いだったのかは分からない。
(来年の夏は……俺はどうなってるんだろう)
アキが言っている爆破テロが本当に起こったとしたら、こんなにも楽しい夏は二度と来ないだろう。もしも、爆破テロを止めたとしても宣告された寿命が間違いなく拓にやってくる。覚悟していたことなのに、今はそれを考えると気分が重く沈んだ。
(……怖い)
拓は無意識に頭に手を当てる。
(この中にあるのもある意味、爆弾みたいなものだもんな)
拓の中にある爆弾が発動した瞬間、人生は終わってしまう。その事に改め気づかされたような気がした。
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