47話 ぎこちない朝
少し寝不足気味で迎えた朝。起きてリビングへ向かうと、いつもの満里奈の笑顔があった。
「おはようございます、拓さん」
呼び方が昨夜決めたように名前呼びだったのが、あの告白は夢でないと物語る。しかし、ここで変な態度をとってしまったらいつも通りに接してくれている満里奈に失礼だと思い、拓はできるだけ明るく挨拶を返した。
「おはよう」
俺の声で食事の支度をする陽子とアキが同時に返事する。
「拓、今日ってなにか予定とかあるの?」
「え、特に決めてはないけど」
アキの問い掛けに拓は平静を保ちながら答えた。
「満里奈さんがね、今日は学校へ行きたいっていってるんだけど」
「学校?」
意外な場所を指定され、拓は思わず満里奈を見遣った。目が合うと、少しだけ満里奈の笑顔が僅かに崩れる。まずいと思いながらも、視線を逸らすのは不自然。拓は大袈裟なぐらいに笑顔を作り、満里奈に訊いた。
「もしかして部活に行きたいのか? そういえば、夏休み明けてからだっけ? 絵画コンクールあるのって……けど、満里奈コンクールに出す絵、完成してなかったっけ?」
「あの、そうなんですけど……手直ししておきたい場所があったのを思い出して」
「そうなんだ」
そこで会話が途切れてしまった。昨夜の出来事が脳裏にちらつき、何とも言えない空気感がふたりを包む。
「だからね、みんなで学校行こうって話をしてたの。拓も予定ないなら行くでしょ?」
こんな状況を知ってか知らずか、重い空気を取り払うようにアキが拓と満里奈の間に入る。こんな時、アキの存在は大きいと拓は感じた。
「そうだな。学校の宿題も終わってるし、家に閉じ籠ってるのも良くないし……行こうか」
「なら、わたしから博さん達に連絡するね」
アキはスマホを取り出し、博と文也にメッセージをやり取りし始める。
(満里奈とふたりでいるのも今は気まずいし、お父さんの件もあるからみんなと行動した方が満里奈的にもいいよな)
それからすぐ朝食を済ませた拓たちは、待ち合わせ場所である学校の正門前へと急いだ。
拓たちよりも早めに到着していた博と文也がこちらに気づき、大きく挨拶代わりに手を振る。休みだけど行く場所が学校ともあり、お互い制服姿だ。久々に見るみんなの制服姿がどこか新鮮に写った。
「おはよう、拓」
なんだかいつもよりも楽しげな表情で博が拓に近付いてきた。
「今日って帰り遅くなっても大丈夫?」
「え? ああ、夕方も特には予定ないし大丈夫だけど」
「なら良かった」
博は笑顔で文也にオッケーサインを送る。そんな博の行動を不思議に思っていると、後ろからアキが同じ疑問を口にした。
「何かあるの?」
満里奈も躊躇い気味に拓の近くに歩み寄る。
「実は今日、花火大会があるみたいなんだよ。夏休み最後の思い出にみんなでどうかなって……ここ行く前に文也と話してたんだけど、どう?」
「いいわね! 花火大会なんて行ったことないから行きたい!」
いつも大人ぶっているアキが年相応のはしゃぎ方を見せた。
「わたしも行きたいです」
アキの明るさに背中を押されたようで、満里奈の表情が柔らかくなった。
「よし、みんな賛成だな」
ご満悦な顔で博が笑う。
「ねぇ、暑いんだから早く学校の中に入らない?」
文也の声にみんなは一斉に美術室へと向かおうと足を向けた。その瞬間、拓の視界に何かが写り込む。
(……人影?)
校舎裏へと消えていった何かを拓は目で追うも、その姿の正体はあの一瞬では分からなかった。みんなが美術室へ向かう最中、拓だけはその場から離れられなくなる。
「拓?」
一向についてこない拓に気が付き、博が振り向き声をかけてきた。
「どうした?」
「あ、ごめん。先に美術室へ行ってくれないかな。俺行きたい場所があるんだ」
「なんかあるのか?」
拓の頭の中にある“もしかして”が本当だとしたら、あまり博たちには言いたくなかった。
「いや、校舎裏にある花壇がちゃんと世話されてるか気になっただけだから……すぐに戻るから、先に行ってて」
「おい、拓!」
逃げるように拓は校舎裏へと向かい走る。
「拓さん、どうかしたんですか?」
「あ……いや、なんか花壇が心配みたいで行っちゃった。俺もちょっと行ってくるよ……片倉さんは文也とアキさんと一緒に美術室へ行ってて」
博はひらひらと手を振りながら、ゆっくりと歩き出した。その姿を目で追う満里奈に、そっと文也が囁く。
「片倉も一緒に行きたいんだったら行っていいよ。俺とアキさんで先に行ってるし」
「えっ!? 大丈夫です」
「そう? なんか一緒に行きたいって顔してたから……俺の気のせいだね」
文也にそう返された満里奈はぎこちない笑顔を浮かべた。アキはふたりの会話に気づきながらも、その場では何も言うことなく、見てみぬふりを装う。
「なら、先に美術室へ行こうか」
文也は暑さに堪えられず、校舎の中へと進む。アキと満里奈も無言でその後を追った。
校舎裏へとやって来た拓は人の気配を探るように耳を澄ます。だが、物音もせず、誰かがいるような気配はどこにもなかった。
(……気のせいだったのかな?)
しかし、人影を見間違うわけがない。夜であればあり得ることだが、今は明るい日中。拓は腑に落ちない表情を浮かべたまま辺りを見つめた。
「拓、なんかあったのか?」
背後から掛けられた声に驚き振り向くと、そこには慌てて追いかけてきた博が立っていた。どことなく心配そうな顔をしている博に拓は苦笑いを浮かべる。
「いや、ごめん……誰かがいた気配がしたんだけど、気のせいだったみたいだ」
「組織のやつらか?」
「分からない。もしかしたら浬が来たのかと思ったんだけど、そうじゃなかったみたいだ」
「まったく、気のせいなら良かったけど……危ないところへひとりで行こうとするなよ! 何かあったらどうする気だ?」
少し怒った顔をした博に、ごめんごめんと軽く謝る。
「けどさ、浬とはもう一度話してみたかったんだ」
そう言いながら、拓は地面に放置されたじょうろを手に取り、中に水をためていく。
「本当に花も心配だったから、これ終わったら行くよ。博は先に美術室へ行ってていいから」
「ひとりにさせられないだろ? しょうがない。俺も手伝うよ」
花壇の水やりを始めたふたりの姿を何者かが息を潜めて見つめていた。
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