43話 不自然な朝
拓の故郷へ行った日から日付は進み、夏休みももう後半に差し迫っていた。常に人の多い場所で行動し、満里奈の側に誰かがいるという形態を崩さずやってきたが、今のところ平穏な毎日を送っている。あまりにも平和すぎて、どこかでこれまでの出来事が夢なんじゃないかと考えてしまえるほどだ。
しかし、気を緩めることは許されない。拓は朝を迎えたベッドの上で、気を引き締めるように気合いをいれる。
「よし」
今日は月一の検査日の日だ。朝イチで病院へ向かい、またあの長い一日を過ごさねばならない。
けれど、今日は憂鬱さを感じなかった。拓にはもう一度病院で確かめたいことがあったからだ。入院した際に出会ったあの雛梨ともう一度会って話がしたい。前回聞けなかった名字を聞けば、アキのことがなにか分かるヒントになるんではないかと拓は考えていた。
「本人に内緒ってのが気が引けるけど……」
アキに黙って調べることに対して罪悪感は抱いてはいる。本当なら、アキが何者かなんて直接本人から聞きたいのが本心だ。だが、出会ってからアキと交わした会話を思い返すと、自分のことをあまり話したくないという空気を出していた。肝心なところは濁してしまうアキを怪しく思う瞬間もあったが、今は隠したいのではなく、話せない事情があるのではないだろうかと考えている。
(浬がアキに見覚えがあるようなこと言ってたし……実は組織の人間だったりするんだろうか?)
だとすると、浬の反応はもっと強く出なければならない。あの表情は、どこかで見かけたことがある程度のものだ。朧気でしか顔を覚えていないなら、組織の一員というのは的外れな考えだ。だとすると、浬とアキはどこで会ったというのだろうか。
(……浬の勘違いっていう線もあるしな)
考えても埒が明かない。時計を確認すると、病院の受付開始時間まで一時間を切っていた。
「まずい、急がないと」
拓は慌てて身支度を始める。すると、下から賑やかな声と美味しそうなトーストの香りが漂ってきた。
着替え終えた拓はそっとキッチンにを覗くと、朝食を準備するアキと満里奈の姿があった。
「狭山くん、おはようございます」
満里奈はいつも通りの柔らかな笑顔を拓に向ける。
「起きるの遅いわよ! もう拓の分の作っておいたから」
そう言って、アキがテーブルに拓専用のお粥を置く。あからさまな作ってやったぞと言いたげなドヤ顔を見るに、今日のお粥はアキの手作りのようだった。母・陽子の姿がキッチンにない。とすると、陽子は既に仕事へ出掛けてしまったのだろう。アキのことだから、仕事の陽子を気遣い朝食係を引き受けたに違いない。本来なら自分がやらなくてはいけない役目なのに、アキや満里奈にやらせてしまったことに少々申し訳なさを感じた。
「ごめん、アラームの音に気付かないぐらいに熟睡してて……お粥、ありがとう。次は俺がやるから」
「じゃあ、いっこ貸しってことにしておいてあげる」
得意気な顔をするアキに拓は苦笑いを浮かべる。アキの作ったお粥は陽子の作るお粥とは少し違って、かなり具だくさんだった。陽子は基本卵粥なのだが、アキのお粥は色とりどりの野菜が入っている。お粥というより、おじやに近い。醤油と生姜の香りが漂い、食欲をそそられた。
「いただきます」
みんなが席に付き、同時に食べ始める。お粥は予想通り美味しかった。
「今日は病院なんですよね」
朝食を済ませた拓が慌てて玄関へと向かうと、どういうわけか満里奈がそんなことを話しかけてきた。しかも、どこかそわそわと落ち着きがない様子に見える。そんな満里奈の異変に気付きながらも、拓はいつも通りに返事を返した。
「う、うん……入院したときの経過観察みたいなものだから、すぐ帰ってこれるよ。最近は目眩もないし」
「気を付けて行ってきてくださいね」
そう言いながら、顔はまだ話があると訴え掛けている。
「もし何か話したいことがあれば帰ってから聞くけど」
きっかけが欲しいのだろうかと思い、拓は満里奈にそう言ったのだけれど、相手の反応はいまいちだった。なんだか困ったような、逆に聞いたことで悩ませてしまったような、変な反応。
「いえ、なんでもないですよ! いってらっしゃい」
見送られるまま玄関を出た拓は、満里奈の不自然さに首を傾げた。あの顔は何か話したいことがあっただろうに、それをせずに逃げ出したように感じる。
「何か言いにくいことかな?」
本人から聞かない限り、内容なんて把握のしようがない。疑問に感じながらも拓は病院へと急いだ。
整理券を機械から受け取り、名前が呼ばれるまで待合室の椅子に座る。この間の検査入院で一通りの検査をされたから、もしかすると血液検査ぐらいで、いつもよりスムーズに診察室に呼ばれる可能性があった。その予想は当たり、検査なしですぐに診察室に通され、1分も経たずに先生との話は終了。いつもより体調が良いのが幸いしたのか、30分も経たずに拓の任務は終わった。
「よし、探しにいこう」
今日最大の目的である雛梨探しに拓はナースステーションへと向かう。
「あ、おはようございます」
タイミングの良いことにナースステーションで待機していたのは、あの日雛梨を世話していた新人看護師だった。
「この間の患者さんですよね。あの時はご迷惑をかけてしまってすいませんでした。今日はどうされましたか?」
拓の顔を覚えてくれていたためか、質問しやすい対応をしてくれたことに安堵する。
「あの、実は聞きたいことがあるんですけど……あの時一緒にいた雛梨ちゃんについて少し聞きたいことがあるんですけど」
「え? もしかしてお知り合いだったんですか?」
「いえ、知り合いかもしれないと……それを確認したくて、もう一度雛梨ちゃんと会いたいと思って来たんですけど」
看護師は見るからに困った顔になった。それもそうだ。プライバシーの問題もあるのだから、こんな曖昧な情報だけで他人に患者情報を話せるはずがない。
「ごめんなさいね。最近、雛梨ちゃんも面会に来なくて……個人情報だから連絡先とか病室も教えてあげられないの」
「雛梨ちゃん、お母さんに会いに来てないんですか?」
「そうなの。なんだかお父さんの仕事が忙しくて……しばらく、ご親戚が面倒見るとかで」
「そうだったんですか」
「ごめんなさいね。お役に立てなくて……」
「あの、ならひとつだけ」
拓はダメもとで看護師にあの質問を投げ掛けた。
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