42話 裏で動く者たち

 高級という言葉がよく似合うレストランのVIPルームにて、ワインを飲み交わし談笑する鴇はいつになくご満悦な微笑みを浮かべる。


「今日の会食は本当に有意義な時間でした」


 喉をすり抜ける赤ワインの芳醇な味わいを堪能しながら、向かい側に座る男ふたりに対し、甘ったるい声を発した。胸元を強調した黒のきらびやかなドレス、首もとや手首に光る宝石が華やかさを与え、鴇本来の美貌を引き立てている。そんな彼女の魅力溢れる外見に、男ふたりはニヤニヤと厭らしい笑みを絶えず漏らす。


「研究資金のお話も専務と常務のお力添えのおかげでスムーズに終わりましたし……やはりおふたりがいないとこんなにうまくはいきませんでした」


 にっこりと微笑むと、大人げなく照れたように頬を赤くするふたり。

 ドリーム・レボリューションズ社のふたりを手のひらで操ることは鴇にとっては容易いことだった。大抵の男は見た目が整った女に滅法弱いものだ。そして、専務と常務がバックにいることで資金交渉もなんなくクリアできている。これほど利用価値のある人材はいない。


「いやいや、一時はどうなることかと思いましたが……あなたがいれば我が社も安泰だ。そうですよね、専務」


 やや頭皮の薄さが目立つ小太りの常務は媚を売るように専務に言った。専務は常務とは違い、少し気むずかしそうなインテリ系なおじさんだが、鴇を見る目は常務となんな変わりない。先程からチラチラと胸元ばかり見てくるあたり、下心ありありなのが透けて見える。


「隼くんが社長代理になると知らせを受けたときは正直、あの社長の思考が理解できなかった。しかし、君のようなな女性であれば、社長代理として申し分ないよ」


「そんな風に言っていただいて嬉しい限りです。社長が戻られるまではしっかり勤めて参りますので……専務と常務にはそれまで助けていただけると頼もしいですわ」


「いや、なんならこのまま須波社長には辞任してもらって、君をずっと会社に置いておきたいよ」


「いやだわ、専務。そんな恐れ多い……須波社長に悪いじゃありませんか」


 口に手を添え、上品に笑う鴇に常務が調子に乗ったように身を乗り上げた。


「そんなことはないよ! あの社長は融通もきかないし、考え方が甘くてダメなんだ。製薬会社だって薬だけを作っていては資金なんてすぐに底をついてしまう。もっと世界に目を向け、世界が必要とするものを作っていかねばならない!!」


 握り拳までつくり、暑く語る常務に鴇は深く頷いた。


「そうですね。須波社長のように正論過ぎると会社にとっては不利益になり兼ねません……やはり何事にも冒険が必要ですよね」


 さすが冒険心のあるおふたりは頼もしいですと、鴇はワイン片手に色っぽく微笑む。そんな褒め言葉に常務はさらに顔を緩ませ、常務も嬉しそうにグラスのワインを飲み干していく。


「そういえば、研究員の中で3人欠勤しているようだが……なにか問題があったのかな?」


 グラスを置いたところで専務が心配そうに訊く。


「いえ、別件で動いていただいてるだけなのでご心配には及びません」


「そうか……それならいいんだ。彼らは今の研究を止めるべきだと騒いでいるという報告を研究室室長から受けていたものだから、もしかしたら何か良からぬことを企んでいるんじゃないかと……勝手な行動を起こせば会社側からすれば汚点となり兼ねない」


「専務、安心なさってください。今はわたしの部下として一生懸命この会社のために貢献してくれようと励んでいます……そんな彼らがをとるなんてあり得ないことですよ」


「それなら安心だ」


 胸のつかえが取れたのか、専務は心底安心したように手がまたワインボトルに伸びる。


「そうですわ……専務と常務にお願いがあるのですが」


 そう切り出した鴇の言葉に、上機嫌のふたりが拒むはずもなかった。


「なんでも言ってくれ」


「もし今の研究が成功したら、会社一同でお祝いセレモニーを開きたいんです。会社の社員、研究員、もちろんその時は須波社長も……後は社員のご家族もお呼びして盛大なものをやりたいんですがどうでしょうか? 研究がうまくいったことを大々的に発表すれば、須波社長もご納得されることでしょう。わたし達のやって来たことが正しかったときっと理解されるはずです」


 なるほどと、専務は深く納得するように相槌をうつ。好感触な反応だ。


「それは良いアイディアですね。わたしは賛成です、社長代理!」


 長いものには巻かれろタイプの常務は案の定、鴇や専務に媚びる笑顔を振り撒く。


「専務、よろしいですか?」


「悪くない提案だ。では、完成日に目星がついたらその手筈を整えよう」


「感謝します、専務……では須波社長の代理として一層研究に力をいれてまいりますわ」


「では成功を祈って」


 常務の掛け声でグラスを上げ、乾杯を交わす。

 なにもかも計画通りだと、鴇は喜びを噛み締める。すると、膝の上に置かれたスマホが静かに震え出し、画面に映った表示を見るなり鴇は眉を潜める。


「まったく……」


 うっかり舌打ちをしそうになった。


「どうかしたか、隼くん」


「いえ、なんでもありませんわ」


 にっこりと笑顔をつくりつつ、鴇はまたスマホ画面に目を向ける。画面には監視カメラのシステム異常と表示されていた。大体誰の仕業かは予想がつく。


(まぁいいわ、様子見で……どの道、この計画は止められはしないんだから)


 スマホの電源を落とし、またワインに手を伸ばした。


「早くを迎えるのが楽しみです」

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