36話 辿り着いた場所

「なんかした?」


 飲み物を飲むために休憩所に移動したところで、拓はどこかみんなの様子がおかしいことを指摘するように窺う。


「なんだよ、なんかあった?」


 拓に訊くことを決めたがどうも躊躇してしまうのは人の性だろうか。博が言い出しっぺのアキに合図を送った。アキはすぐに気が付き、大きな溜め息をはく。


「さっき、拓がどこへ行くのかはっきり言わないから……どうしてだろうって話になって。そしたら文也さんが女じゃないかって」


「は?」


 拓が目を見開き、すっとんきょうな声を上げた。それを見ていた文也がおずおずと口を開く。


「中学の頃にさ、拓が生徒手帳落としたことあったじゃん。俺が拾って次の日渡して」


「ああ、あったな。それで?」


「その生徒手帳に挟んである写真を見ちゃったんだよね」


 そう言った途端、拓は察したように軽く頷いて見せた。


「なるほど」


 拓はそっと財布をズボンのポケットから取り出し、その中から折り目がくっきりついてしまった写真をテーブルに置いた。


「これだろ?」


 開かれた写真は所々茶色く変色し、だいぶ前に取られた写真だということが分かる。そこには幼い拓と、見知らぬ少女が一緒に写っていた。少女は拓とは違い、少し大人びて見える。どうやら年上のようだ。


「彼女はどう言えばいいかな。幼馴染みっていったら良いのかな? いや、どちらかと言えば姉かな?」


「狭山くんにとって、その方は家族みたいな存在だったんですか?」


 満里奈の問い掛けに拓は笑顔で頷いた。


「それじゃあ、毎年拓がこの時期に予定を入れなかったのは、この人に会うためだったのか?」


 博の質問に拓は即座に首を振る。その反応にみんなは不思議そうな顔をした。


「彼女とはもう何年も会えてないんだ。今どこで何をしてるのかも分からない」


 拓はそっと写真を見つめながら、切なく微笑む。


「いつかまた再会できたらとは思うけど……こればっかりはどうにもな」


「ねぇ、拓? それなら拓は何をしに行くの?」


「それは……」


 アキに訊かれたものの、どうも答えずらそうにする拓に一瞬空気が重たくなるのをみんなが感じた。誰もが拓に余計なことをしてしまったと罪悪感すら感じ始めたとき、空気を一変させる声が発せられる。その声の主は答えられずにいたはずの拓だった。


「そうだな。隠してもしょうがない! いつかは話そう話そうとは思ってたんだ」


 拓はどこか吹っ切れたような表情をみんなに向ける。


「ここで話すよりも実際に一緒に行った方だ良いと思う」


「それってみんなも一緒に行こうってことか?」


「ああ。博が、みんなが良ければだけど……きっと、つまらない旅になるかもしれないけどさ」


 そう言った拓に誰も首を振らなかった。


「拓のことが知れる旅なんだ。つまらないなんて思わないよ」


「そうそう、拓はいつも自分のことあんま話さないから興味深い旅になるね」


 博と拓が少し嬉しそうに答えた。


「わたしも! あの……行きたいです」


 満里奈もどこかそわそわしながら手を上げ、付いていくことを拓に示す。そんなみんなの反応に、拓は照れ臭そうに笑った。


「そんなに期待するような楽しい旅行じゃないから」


 最後の拓の一言に、アキはなにか感じとるように俯き、小さな声で言う。


「ごめん」


 その声を拓が聞き取ることはなく、みんなに笑顔を向け続けていた。


 旅行当日。待ち合わせをした駅前に見慣れた顔が揃う。


「おはよう」


「おはよう。みんな早いな」


 日帰りのため、いつもと変わらない軽装姿。それなのにどこかみんな楽しげな表情を浮かべる。その様子を拓はどこか切なそうに見つめていた。


「ねぇ、拓?」


「どうした?」


 新幹線の時刻が近づき、改札口へ向かおうとした矢先、アキが拓に声をかける。どこか深刻そうな顔をしたアキに気が付き、拓が心配そうに覗き込む。


「本当に一緒に行っていいの?」


「なんだよ、今更」


「そうだけど」


 背後で改札口を先に通った博たちがこちらに向かって、まだかと声を上げる。


「わたし、また余計なこと」


 拓はそっとアキの手を掴んだ。


「違う。余計なことなんてしてない……寧ろ感謝してる」


「え? 感謝ってなんで?」


「アキがきっかけを作ってくれたからだよ」


 そう言って返すと、拓はアキを勢いよく引っ張る。


「なにも気にすることなんてないから……楽しくないかもしれないけど、一緒に来てくれよ」


 切なくもどこか晴れやかな拓の笑顔にアキは微笑み返す。


「なんだよ、アキさんとなに話してたんだ?」


 改札口を通るなり、博が興味津々といった顔で訊いてくる。拓は笑顔を崩さず、なんでもないと答えた。

 新幹線に乗り込み、流れていく景色を眺めながら他愛ない会話で盛り上がる。持ち込んだ飲み物やお菓子を好きなときに食べて、好きな景色を撮影しては見せ合い、2時間という時間はあっという間に過ぎていった。降りる駅に近づいた頃、拓はみんなに声をかける。


「ここからはバスで移動するから」


 拓に案内されるままバスに移動し、それからまた30分ほど揺られた後、ようやく目的地へとたどり着いた。

 バスを降りると、景色と共に独特の香りが嗅覚を刺激した。みんな目を輝かせながら思いっきり深呼吸を繰り返す。

 何色もの青が入り交じった海、風に乗って潮の香りが呼吸の度に鼻を擽り、いたずらに髪を靡かせていく。一瞬我を忘れ、その景色に意識を持っていかれてしまう。


「狭山くん、素敵なところですね」


 満里奈が隣に立ち、満面の笑顔を浮かべた。我に返った拓は穏やかな声で答えた。


「うん。俺が生まれ育った場所だから、そう言われると嬉しいよ」


 その返答にみんな同時に目を見開き、驚愕の顔を浮かべる。


「ここは俺の故郷なんだ」


 アキだけはただ真剣な眼差しを拓に向けていた。

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