34話 タイムマシンのこと
外の暑さが嘘のように感じるほど適度な温度に保たれた室内。車の音もせず、微かな話し声は聞こえてくるも、安定した静けさが穏やかな雰囲気を作り出す。
学校近くの国立図書館。ここに来ればなんでも揃うと言われるほど、本の種類が豊富だ。一階は子供向けの絵本や児童書、二階には中高生や大人向けの小説や雑誌、三階には難しい専門書や過去の新聞記事を綴じたファイルなどが並べてある。各階に飲食スペースがあり、図書館の入り口にある売店で買ったものを自由に飲み食いできるようになっていた。ここで一日を過ごす人も数少なくない。
「朝イチに来て良かったですね」
こっそりと耳打ちするような小声で満里奈がアキに言った。
開館する9時に集合して、景色が見える一番良い席をとった。あれから2時間弱が経過したところで辺りを窺い見ると、どの席も人で埋まっている。かなりの席が用意されているにも関わらず、座れる場所がないためか立って本を読む人が何人かいた。
「夏休みだから混んでるみたいね。博さんが早く行くことを提案してくれなかったら座れてなかったわ」
「本当ですね」
「俺はたまに勉強で土日も来るから、混むの知ってたんだよ」
さらさらとノートにペンを走らせていた博が手を止めて答えた。
「しばらくはここに集まって、これからの事を話し合おう。こんな場所まで組織の人間も入ってきたりしないだろう」
「そうね。あの浬って人が言っていたことを鵜呑みにした訳じゃないけど、今のところ満里奈さんをどうこうするつもりはなさそう」
アキは浬が現れた時のことを思い出しているのかほのかに不機嫌顔になる。
「そういえば、アキさんとあの浬って人は顔見知りなんですか?」
唐突に満里奈が訊く。アキは怪訝そうに眉を潜めた。
「知らない。わたしは組織の人間とここに来るまでは面識もないし、あんなやつと会ったこともないもの」
「だとしたら誰かと勘違いしてるんだな」
「そうだと思う」
拓の言葉にアキが目を合わせることなく答える。どこか暗い影を落とす彼女を気にするも、博の声で我に返った。
「そういえば、アキさんに訊いてみたいことがあったんだけど」
アキは瞬時に笑顔をつくる。
「なに?」
「アキさんはタイムマシンを使ってこの時代に来たって言ってたよな。その興味があって……タイムマシンってどんなのなんだろうって」
「それ、俺も気になってた」
「わたしもです!」
博の質問に、宿題に集中していた文也と満里奈が同時に顔を上げた。図書館に来て2時間も経つのだから、そろそろ集中力も切れつつあった。そんな中、未来の話になればそちらに意識を持っていかれるのは当然だろう。アキは少し迷った顔を浮かべたが、またにっこりと微笑む。
「まあ、ここだけの話にしてくれれば問題ないか」
アキは持っていたペンをノートの上に転がす。
「タイムマシンって言っても、みんなが思ってるようなものじゃないわ」
「それはつまり、でかい機械に乗り込むとか異次元空間の扉を潜るとか?」
「そんなんじゃない」
文也の質問にアキは首を横に振った。
「わたしはプールに飛び込んだだけだけ」
「プール?」
「プールに特殊な電磁波を流すことによって時空に歪みをつくるの。そこに飛び込んで過去に飛んだ感じかな? ガッカリした?」
「いや、逆に面白い」
博はなるほどと頷きながら、溢れ出す好奇心に目を輝かせる。
「そのタイムマシンがあれば未来にも過去にも自由に行き来できるのか?」
「そんな都合よくはいかない。行ける時代、年代だけは設定できるんだけど……残念なことに細かい日付や時刻は決められないの。本来なら爆破テロの起こる少し前くらいの日に来たかったんだけど、結局1年前になっちゃった。まだまだ開発段階だったから、好きなようにはならないわね……あと未来に戻る日は設定できても変更ができないから、その日が来たら強制的にもとの時代に戻されちゃう」
そう話したアキに拓はハッと顔を上げた。
「なら、アキが帰ったら俺たちはアキがいたことを忘れちゃったりするのか?」
「拓たちはそうはならない。前にこのピアスが記憶操作する電磁波を出してるって言ったじゃない? けど、拓たちには記憶操作はしてないから、わたしが帰ったあとも記憶は残ってると思う」
その返答に拓だけではなく、みんな安堵したような表情になる。まだ出会って間もないアキだが、やはりこうして接しているからか情みたいなのがそれなりに芽生えてしまうものだ。アキの記憶が全く残らないのだとしたら、記憶を無くしたあとなんて悲しくもないのだろうが、それはそれで寂しく感じてしまう。
「あ、けど……学校の人とか拓のお母さんとかは記憶操作してわたしの記憶を作っちゃってるから、わたしが消えたら忘れちゃうかな」
「そうか、母さん娘ができたみたいだって喜んでたのに忘れちゃうんだな」
「寂しいけどね。でもわたしの記憶がいつまでも残ってたら大変なことだし……忘れた方がいいことだってあるよ」
「そうだな」
拓は切なさの心痛むも前向きに考え直し、アキに笑顔を向けた。
「なら帰るまでは母さんの娘でいてやって……俺とふたりだった時より明るくなったからさ。今は満里奈も居るし、母さん生き生きしてて見てて嬉しいんだ」
「わかった」
「狭山くんのお母さんすごく優しくてわたしも大好きです!!」
アキが静かに答えた横で満里奈が気合いの入ったように大きめの声を出す。その瞬間、周りにいた人たちから一斉に冷たい視線を浴びる。満里奈は立ち上がり、ペコペコと頭を下げ、申し訳なさそうに椅子へと腰を落とした。
「片倉、ありがとう」
拓がこそっとお礼を小声で言うと、沈んでいた満里奈の表情がまたパッと明るさを取り戻した。
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