33話 拓のいない未来②

 文也が警察庁の捜査官というだけでも突飛過ぎる内容なのに、次の発言は想像の斜め上をいっていた。

 文也はあからさまに満里奈を見ないように視線を泳がせ、満里奈は恥ずかしさからか目を伏せてしまった。どこからどう見ても互いを意識してしまい、かなり気まずい。

 アキもその様子を見て、この話は未来でのお楽しみにしておいた方が良かったね、なんて付け加えたが後の祭り。さっきまで賑やかだった部屋は静まり返ってしまい、今は蝉の声だけが耳に響いた。


「い、意外だな」


 博が沈黙に耐えきれず、声を絞り上げる。


「そう、だよな」


 なんとか場の空気を和ませたかった拓は博に続いて、大袈裟に明るく答えた。

 しかし、先程から拓の心臓はバクバクと大きな音を立てている。ここまでふたりの結婚を知ったことで動揺してしまう自分に、僅かながらに驚いていた。


(……未来には俺が居ないんだから、満里奈だって、文也や博だって結婚ぐらいするよ)


 ただ、自分のいない未来を目の当たりにしてショックを受けただけのこと。拓はゆっくりとした呼吸を繰り返し、波打つ鼓動を沈めようと努めた。ふっと、満里奈と視線がぶつかる。先程まで俯いていた彼女がどういうわけかこちらをじっと不安そうに見つめていた。


「狭山くんは……」


 そう躊躇い気味に発せられた声で、満里奈が何を言おうとしているのか聞かずとも察しがついた。


「俺の未来は大したことないよ」


「写真見ましたか? 狭山くんの写真も見てみたいです」


「あ、俺も気になってたんだよ! アキさん、拓の写真は?」


 満里奈が言い出したことで、拓の恐れていた事態が起きてしまう。博が場の雰囲気を取り戻そうとアキに催促の言葉を投げ出した。

 拓は焦りを滲ませた瞳をアキに向ける。きっと、隠してと頼んでしまったことでアキも動揺しているに違いない。そう思っていた。


「残念、拓の写真はないんだ」


 アキは平然とした様子で、スマホの電源を切ってしまう。


「博さんや文也さん、あと満里奈さんの写真もネット記事からダウンロードした画像なのよね。拓は有名人じゃないから、画像がなくて……本人は嫌がって写真撮らせてくれないし」


「なら、拓はどんなことしてるの?」


 文也がようやく調子を取り戻し始めた。


「俺はただのサラリーマン。みんなみたいに大物じゃないから」


 拓はアキの作戦に乗っかり、話を合わせた。みんなガッカリしたように、拓の未来の姿も見たかったとぼやく。戻りつつあった雰囲気をまた悪くしてしまった罪悪感はあったが、追求からうまく逃れられたことに拓は心底ホッとした。


「けどさ、未来の俺たちはアキさんにこうして会っていない人生を歩んでたんだよね? ならさ、アキさんに今出会った俺たちの未来って変わる可能性もあるってことだよね」


 文也が何気なく言った言葉に満里奈がはっと目を見開いた。


「そ、そうですね。未来のわたし達にはなかったことをわたし達がしたとしたら、未来も少しだけ変化するかもしれませんよね!」


「例えば、この時代で組織の全員が警察に捕まっちゃえば、その爆破テロや4年後の事件も起きないってことだよね。そしたらワクチンだって発見されずに片倉さんも科学者にならない人生を歩んでるかもしれない」


「なるほど、そうかもしれません」


 さっきまで気まずそうにしていたふたりがどういうわけか意気投合したように会話を弾ませていく。そんなふたりに挟まれていた博は驚きつつも、その内容に確かにそうかもしれないと同意するように相槌をうっていた。どうやら、話はすっかり軌道をそれたようだ。拓は回避成功の喜びをアイコンタクトでアキに伝えるつもりで、こっそりとアキを見遣る。だが、アキは全く別の方向を見つめていた。


 夜が更け、お風呂が沸いたと母が満里奈を呼ぶ。拓の部屋から満里奈が階段を降りていく音が微かに聞こえた。そして数秒後に、ノックもしないままヘアのドアが開けられる。


「アキ」


 ノックのことは咎めなかった。なんとなく、満里奈の目を盗んでここへ来るような気がしていたから。


「今日はありがとうな。博たちに隠してくれて助かった……」


 そう話始めるがアキの反応はどこか薄い。


「何か引っ掛かってることがあるのか?」


「今日、文也さんが言ってたじゃない。この時代で爆破テロを防いで組織の人間をすべて捕まえることが出来れば、未来が変わっていくかもって」


「ああ、言ってたな」


「未来がもしも変わって、拓が生きられる未来が来たら……満里奈さんは文也さんじゃなくて、きっと拓と結婚すると思う」


「は?」


「だって、拓と満里奈さんお互い好き合ってるじゃない」


 アキの真剣な顔からは予想もつかない言動に拓は思わず吹き出すように笑い出した。


「そんなこと、あの時考え込んでたのかよ。それはない、絶対にない」


「なんで、だって満里奈さんは拓が好きだと思うよ。これは女の勘なんだから間違いない!」


「それでも満里奈は俺とは結婚しないよ。生きるか死ぬかも分からないし、生きてたとしても寝たきりの男だよ? 誰も結婚なんかしたくないって」


「そんなことないと思うんだけど……なら、拓はどうなのよ。拓は満里奈さんのこと好きじゃないの?」


 そう問われ、文也と満里奈が結婚すると知った時に動揺してしまった自分を思い出す。


「んんー、きっとのかもしれない。高校入って同じクラスになって、同じ美術部に入って、会話する機会は他の男子より多かったし、話してて楽しかったし、満里奈はとにかく良い子だったから……もしかしたら恋してた時期もあったかもしれない。けどさ、恋とかどうでもよくなっちゃったんだよ。脳腫瘍が見付かって、先生にあとこれだけしか生きれませんって言われて、自分には未来がないって人生を勝手に終わらそうとしてたから、同時に恋も消えてなくなっちゃったんだろうな」


 話終えて、アキが申し訳なさそうに頭を下げた。


「ごめん、聞いたの失敗ね。今日は余計なことしか言ってない」


 アキが謝るなんて珍しくて、拓は焦るように否定した。


「アキは悪くないって。それにいずれは未来の話になるのは分かりきってたことだし、そこで嘘を重ねたって無意味だし」


「けど、わたしもまだ拓に話してないことたくさんあるから」


 アキが言えていないこと。アキが本当は誰に頼まれて未来へ来たのか、なぜ始めに会いに来たのが拓でなければいけなかったのか。それはアキにとってとても言いづらいことが隠されているのは、顔を見れば一目瞭然だ。


「いいよ。俺だってはじめ病気のこと隠してたし……言いたいのに言えないキツさは分かるから、無理強いするつもりはない。アキが話せる時が来たら話してくれればいいよ」


「ありがとう。拓はやっぱり優しいね」


 アキはふんわりと笑う。その姿に拓もつられるように笑顔を作った。

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