32話 拓のいない未来①

 あっさりと見付かって拍子抜けした反面、これで組織の狙うものがちゃんと手元にあることを確信できた安堵で、みんなの反応はそれぞれだった。

 アキひとりは違う。


「これで組織に何かされたとしても交渉材料になるわね」


 冷静な口調でネックレスを箱にしまうと、当たり前のようにそれを持ったまま立ち上がる。


「満里奈さん、これはわたしが大事に保管しておくわ。組織があなたの周辺を探し回っても、わたしが持っている限り見つかることはない」


「あの……それにワクチンが入っていると言うことは、いずれそれを壊さなきゃいけないってことですよね」


 どこか切なそうな眼差しを浮かべる満里奈。アキはそんな満里奈に真剣な顔で向き直す。


「これはあなたの大切なもの。そして世界にとっても重要なもの……だから、どうするかは満里奈さん次第よ。例え壊すときが来たとしても、このネックレスに託された想いは永遠に世界に残る」


「分かりました」


「安心して、満里奈さんに黙って壊したりなんてしないから」


 アキの言葉に安心したのか、満里奈は安堵した表情で頷いた。


「なら、それはアキさんにお預けします」


「 ありがとう、満里奈さん」


 アキがネックレスをケースに戻したところで文也が口を開く。


「そう言えばさ、アキさんに訊いてみたいことがあったんだけど」


 いつも無表情な文也。さっきはワクチン探しに飽きてしまい、どこか暇をもて余すようなつまらない顔だった。しかし今は、長い前髪から覗く瞳は大きく見開かれ、普段とは違う輝きを放っていた。


「どうぞ、何でも訊いて」


 拓と博、そして満里奈は同時に文也に注目する。


「アキさんは未来の俺たちのことを知ってるんでしょ? それならさ、未来の俺たちがどんな事をしてるのか教えてほしいんだけど」


 文也の質問を耳にした途端、博と満里奈が興味津々いった表情に変化していく。ただ、拓に至っては違った。この流れでいくと、確実に自分のことも聞かれてしまう。しかし、ここで動揺してしまってはいけないと笑顔をつくった。


「確かに未来の文也や博がどんな仕事をしてるのか俺も気になるな」


 少しだけ拓はアキを視界に映す。彼女もどこか困ったように眉を下げている。


「片倉が救世主なんて大物だから、きっと俺たちの事を訊いてもそこまで驚きはないだろ」


 博はそう謙遜しながらも、期待に溢れた表情を隠しきれずにいた。

 それもそうだ。自分の未来を知れるなんてことはでしかあり得ない。現実に存在する占い師なんかよりも信用性の高いアキが目の前にいるのだから、自分の将来の姿を知りたいと思うのは当然のなり行きだ。


「そうね。自分の未来だもん、気になって当たり前よね」


 アキは気持ちを切り替えたのかいつもの表情に戻り、スマホを取り出した。はじめてアキが現れた日に見せられた立体画像だと拓にはすぐ予測できた。だが、気がかりなのは拓の写真がその中にはないこと。もしも博たちがそれを不振に思ったら必ず追求されるに違いなかった。

 急に居心地の悪さを覚え、拓は心を落ち着かせるためにこっそりと深呼吸をする。

 手のひらに乗せられたスマホから、あの時と同じように光に包まれた立体画像が現れた。その瞬間、拓を除いた3人が驚きの声を上げた。


「わたしですか!?」


 最初は満里奈だった。10年後の大人びた自分に少し照れ臭そうにする満里奈を他所に、博と文也は食い入るように画像を除き混む。


「なんだか片倉が本当に救世主みたいに見えてきた」


「実際救世主になるんだから、見えてきたは違うでしょ」


「やっぱり片倉さんは美人だな。大人になったら余計にそう思うよ」


「女の人ってやっぱり感じ変わるよね」


 などと言い合いながら、アキに次はと催促の眼差しを向ける。アキは再度、画面に指を走らせた。


「これが博さんと文也さんよ」


 二枚目も拓が見たものと一緒で、博と文也のツーショットだ。


「博、変わってない。ただ老けただけだ」


「それは文也も一緒だろ。けど、文也は今とは雰囲気違うな」


 博の言葉に拓は再度スマホに写し出された画像をちらりと見遣る。確かに言われてみればそうだった。あの日見せられた時は状況把握に一生懸命になっていたため、相手の変化を見逃していた。

 今は無表情で、あまりヘアスタイルにこだわりの無さそうなスタイルの文也ではあるが、ようだ。髪型は清潔感のあるショートヘアで、目まで隠れていた前髪も綺麗に整えられている。そして、表情も柔らかで笑顔を浮かべていた。そこには、誰もが目を引くであろう好青年が出来上がっていて、今の文也からは想像もできない。


「博さんは若くして自分の事務所を構えた有名な弁護士さんなのよ! いくつもの裁判に勝って、イケメン弁護士ってニュース番組で博さんを見掛けない日はないんだから」


 アキが何故か自慢げに説明を始める。確かに未来の博はビシッと高級そうなスーツを見にまとい、襟元には弁護士バッチが誇らしげに光輝いていた。

 それまで落ち着かずにソワソワしていた拓ではあったが、博がそんなに凄い人物になっていると知り、自分事のように嬉しくなってきた。


「凄いな、さすが博だよ。弁護士っぽいもんな」


 拓が素直に誉めると、次は博が照れ臭そうに眼鏡をいじる。


「成績優秀な博だから、弁護士って言われても納得だね。で? 俺は何してるの?」


 文也が緊張した面持ちでアキに訊く。


「文也さんもかなり凄い人よ! 20代で異例の昇進、警視庁国際犯罪捜査官になったの!」


 アキが両手を組んで、なんとも乙女チックなポーズをとった。しかし、かなりの衝撃を受けた拓たちは、驚愕のあまり言葉を失う。それは当の本人もだった。


「だから、こっちへ来たときは学生時代のふたりからサインをもらおうって決めてたんだ」


 拓はぼんやりと思い返す。最初にアキがふたりと会った時、まるでアイドルにでも会ったかのようなはしゃぎっぷりを見せていた。これだけの人物が勢揃いしているのだから、アキがここまで舞い上がるのに納得せずにはいられなかった。


「もういっこ訊いてもいい?」


 やっと我に返った文也が躊躇い気味に手を上げる。


「俺、結婚とかするの?」


 アキがさっと画像を変えた。その画像を見て、またもみんなが絶句する。


「文也さんは満里奈さんと結婚する」


 そこには仲睦まじいふたりが寄り添う姿が映し出されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る