25話 それぞれの夜

 全てを見透かしたような眼差しを向けてきたアキに、拓は僅かに動揺を瞳に宿す。もしかしたら真実を知ってしまったのではないかという焦りが汗として手のひらに広がった。


「まさか……そんな」


 何か誤魔化しの利く言葉を探そうと口を開くものの、そんな都合のいい言い訳がすぐに出てくるはずもなく、出てきた声は濁り途切れる。そんな拓の態度にアキは呆れさを強調させた溜息を零す。


「全く、あなたは平凡な学生でしかないんだから無理しないの。確かに一年後に拓が死ぬ運命にあると伝えたのはわたしだけど……あんな無鉄砲なやり方で組織の人を相手にしてたら身が持たない。無茶をすれば一年も経たずに死ぬって可能性だってあるの。相手はガラスを吹き飛ばすような危険な武器を所持してるんだから、満里奈さんを守るのもいいけど、自分の体を大事にしないと」


 息をつく間もなく話したアキはそこで脱力したようにまた大きく息を吐いた。険しかった顔が今度は悲しげに歪む。そして、冷たかった声が次にはいつもより優しい口調に変わった。


「おばさんが悲しむ……おばさんにはあなたしかいないんだから、あなたが生きる時間を狭めたらダメでしょ」


 その台詞に拓は小さく微笑んで頷く。拓が微笑んだことで、そこは笑うところじゃないとアキが言いたげに眉間に皺を寄せた。


「もう無茶はしないよ」


 アキが口を開く前に拓は笑いを訂正するように告げる。すると、アキはまた溜息をつく。全然反省してないと言いたいのだろうが、どうやら小言を言うのはさっきで疲れ果ててしまったようだった。


「……分かったわ。その言葉を信じる」


「心配させて悪かった」


「今日は満里奈さん、家に泊めるから。あと今、相田さんと宮下さんが来てるけど面会謝絶だから、明日一緒に来ると思う」


「そうか、みんなにも謝らなきゃだな」


「そうね。みんなあなたが心配なの」


 アキが一歩、拓の側へと近付いた。


「最初に死因を伝えたんだから、それを回避できれば一年先もあなたは生きることができる」


 それを聞いて拓は目を見開く。そう、確かアキが言っていたのはビルの爆破に巻き込まれての事故死。それを回避もしくは阻止できたとするならば、自分の寿命は確実に伸びるということ。ただ、予告された死を逃れたとしても、病から逃げられたことにはならない。寿命が尽きる日はその事故の翌日かもしれないし、一週間後かもしれない。それを予想することは出来ないにしろ、どのみち拓に残された時間はさほど変わらないということだ。

 それでも、宣告された時間よりも長く生きれるという事実を今更知らされて気付いた。拓は自分の胸が一気に熱くなる感覚に、思わず手を押し当てる。

 これは紛れもなく喜びだった。


「そうだよな……生きれるんだもんな、俺」


 みんな下で待ってるからと、アキが別れを切り出す合図を示す。


「アキ、お前には話しておかなきゃならないことがある」


 アキの目が大きく見開かれた。


「明日、ふたりで……それを話したい」


 アキは分かったと一言呟くと、そのままカーテンの裏へと姿を消した。

 病室のドアが静かに閉じる音を確認し、拓は浮かしっぱなしだった頭を枕へと戻す。


「アキにぐらいには言わなきゃな……」


 拓はすっかり暗くなった窓を眺めながら、ぼんやりと呟いた。


「まだ俺も生きることを諦めきれてなかったんだな」


 ずっと生きたいという感情を閉ざしてきた日々。だから、いつしか自分は死を望んでいると本当の気持ちを心の奥底に閉じ込めていた。だがらだろうか。自分の寿命が僅かに伸びただけのことにひどく感動を覚えてしまう。そして、同時に自分の死がそう遠くないことに苦しくなった。

 自分が選んだ道。それなのに今日は、その道を選択したことに胸が締め付けられた。


 時を同じく、ドリーム・レボリューションズ社・研究室。

 機械に囲まれた部屋に乾いた音が響く。様々な機械音がするせいか、その音は反響もなく搔き消された。


「浬、あんた何をしてるの?」


 白衣を乱しながら、鴇は冷酷な顔を弟の浬に向ける。浬は叩かれた頬を摩りながら、居心地悪そうに立ち呆けた。


「これ、なんのつもりなの? 説明しなさい」


 鴇が激怒しているのは、先ほどのことがバレた訳ではなかった。顔間近に寄せられたスマホ画面。そこに移っていたのは、今朝学校で起こった騒ぎについてのネットニュース。

 突然、校舎の窓が割れる! 突風が原因の自然現象か!? 老朽化によるものか、今も不明!

 そんな見出しの記事に浬は溜息をついた。


「悪かったよ。ただ救世主の顔を拝むついでに挨拶しただけだ。俺って遊び心あるからさ」


 おどけた様にかわす浬を鴇はより強く睨みつける。


「あれほど目立つなと言っておいたはずよ! これで騒がれて、世間から注目を浴びればいざって時に小賢しい救世主を始末できないでしょ!?」


「ガラスが割れたのだって証拠が残らない武器を使ったんだから、この世界のバカ警察には勘付かれたりしないだろ。そんなにピリピリするなって……もう何もしないって」


「浬、さっきも居なかったわね? どこへ行ってたの?」


「観光だよ、か・ん・こ・う。少しは楽しまないと損だろ?……もうこの世界だって近いうちに無くなるんだ。見納めしておいてもいいだろ?」


 鴇は軽く舌打ちをした後、白衣の乱れを直しながら浬に背を向けた。


「あなたはしばらく会社から出ないで。姫と一緒にあいつらの監視をしなさい」


「分かりましたよ、姉さんの仰せのままに」


 またふざけた言い方をしたことに対して、鴇はうんざりしたのか、返事は返ってこない。また目の前のことに集中したからというのもあるだろう。研究室には様々な機材が置かれ、鴇の手元にはケースに何本か立てられた試験管が置かれている。その中身は研究途中のウイルスが入っていた。まだ未完成なそれは人間には無害なもの。浬はそれを見つめながら、ぼんやり考えた。その考えがいつの間にか口に出ていた。


「それで日本をぶっ壊して、姉さんは満足なのか?」


「いまさら何を言い出すの」


「だよな」


 浬は研究室から出ようと足を踏み出す。


「もう裏切らないでちょうだい」


 耳を掠めるように聞こえてきた鴇の呟きに浬はふっと小さく声を漏らす。


「裏切ったら殺されそうだな」


 鴇が何かを言い返してくる前に研究室から出ると、心配そうに浬を待っていた姫と目が合う。


「叩かれたんですか?」


「こんなもん、痛くもない」


 浬は構わず歩き出すと、後を追うように姫も歩き出した。


「さっきどこへ行ってたんですか?」


「救世主のとこ」


「またバレたら大変なことになりますよ?」


 脅すという口調ではないが、鴇の怖さを知っている姫は浬に忠告を促す。


「今回は騒ぎにはなってないから大丈夫だよ。それに面白いやつに会ったから気分がいい」


「面白いやつ?」


 救世主に対して浬はそこまでよくは言わない。別の誰かだと姫はすぐに理解した。


「それは姫も興味があります」


「なんで嬉しそうな顔してんだよ」


 それは浬も一緒だと姫は心の中で思った。それを言葉にすると浬はきっとはぐらかすと知っていたからだ。


「わたしも会ってみたいですね……その面白いやつって方に」


 姫は浬に聞こえない程度に呟くと、ビルの窓から覗く夜景を物欲しそうに見つめた。


「こんなに綺麗なのに……世界って少し残酷ですね」


 今度は浬に聞こえるように言ったが、それに対して何も返事は返ってこなかった。

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