24話 冷たい声
息を切らしながら博と文也は病院の入口へと駆け込む。
「相田さん、宮下くん!」
総合待合室でふたりが来るのを待っていたのか、姿を見るなり勢いよく駆け寄ってきたのは満里奈だった。涙目になりながら、必死に不安と戦っている様子に博は平静を装う。少しでも焦りを出せば、満里奈以上に取り乱してしまいそうだった。なるべく自分の感情を制御しながら、落ち着いた声を出した。
「片倉さん、拓の様子は?」
あの公園で知らない番号を映し出したスマホ画面。それは満里奈の自宅電話だと把握するのに少しだけ時間がかかった。拓が倒れたという第一声とともに泣きじゃくられ、博もそれに動揺してしまい、会話らしい会話ができなくなってしまったのだ。相手が満里奈だと気付くのにも数秒かかってしまうくらいに、あの時は混乱していたと言えよう。
数分経って、ようやく満里奈が喋られるようになったことで状況が読み取れた。
組織が満里奈自宅に現れ、攻撃を受けることはなかったが何故か拓が倒れてしまった。
事情としてはかなり大雑把な説明で、拓の身に何が起こったのかさっぱり分からないまま。しかし、その理由を考えるよりも博と文也の体は自然と病院に向かって走り出していた。
そして、今に至るのだが状況はあまり変化しないことを満里奈を見てから思った。
「分からないんです」
そう一言言って、首を力なく振る様子に博は肩を落とす。
「拓は今どこにいるの? 会えないの?」
文也が聞くと、満里奈は落胆するように頭を低く下げた。
「今……検査は終わって、病室に移ったみたいなんですが……家族以外は面会謝絶になっていて、アキさんとお母さんしか入れないんです。アキさんが様子を見てから、報告しに来ることになってるんですけど、まだなにもなくて」
「そう、なんだ……」
文也もどこか不安そうにそわそわと落ち着かない。
「それで……組織の人が来たって言ってたけど、何をしに来たんだ? 片倉さんを狙ってきたのに何もしなかったんだろ?」
「はい。というより……わたしではなく、狭山くんに会いに来たと言ってました。学校でわたしを庇った狭山くんに興味があったのか、今回はわたしを狙ってという理由ではないみたいです」
「そうか……そうだよな。俺も迂闊だった」
未来から来た組織が拓に目を向けるという危険性はあったはずなのに、あの時は考える余裕がなかった。満里奈を狙っていることは組織だけしか知る者はいないのに、それを察知したように助けた拓の存在は少なからずも組織にとっては脅威になるかもしれない。それに気付けたはずなのにと、博はあの時の自分の行動に後悔した。
「意地なんて張ってる場合じゃないのに……喧嘩なんかしなきゃよかった」
「博だけが悪いんじゃないよ。俺だって止められたのにしなかった」
また満里奈が泣きそうに肩を震わす。
「全部わたしのせいです。わたしが巻き込んでしまったようなものだから……狭山くんに何かあったら」
「片倉さん」
掛ける言葉など見付からなかった。こんな状況、普通の生活を送っていたら経験するものではない。大人ならもっと気の利いた台詞も言えるのかもしれないが、今の自分たちは高校生。まだ子供でしかないと痛感した。
「みんなっ!」
暗くなっていく雰囲気を断ち切るように声が掛かる。
「アキさん」
満里奈が焦るようにアキのもとへと駆け寄るのを見て、博と文也もその後を追った。
「狭山くんは!? 大丈夫なんですか!?」
「うん。今は落ち着いてる。ガラスで負った怪我も大したことはない……けど、倒れた時に頭を打ってるかもしれないから経過観察したいみたいで今日は入院みたいなの」
「倒れた理由は分かったのか?」
「それは明日、また検査するって……あと詳しいことはお母さんと話すからってわたしも病室から出されちゃって分からないの」
「けど無事なんだな」
「今は寝てるけど……じきに目は覚ますだろうって」
その言葉を聞いた博と文也は安堵したように息を吐いた。
「良かった」
「倒れたって聞いたからびっくりしたよ」
「そうよね。原因は分からないけど貧血じゃないかってお母さん笑ってたから大丈夫じゃないかな」
アキは場を和まそうとしているのか、より一層明るい声を出した。
「明日には何もなかったような顔してるだろうから心配ないわよ! だから今日はこのまま帰って、明日また来てくれない? 明日の朝には面会もできるだろうから」
「分かった。片倉さんはどうするんだ?」
博が心配そうな眼差しを満里奈に向ける。
「組織の人が押し入った部屋になんか居たくないだろ?」
「けど、ひとりでホテルっていうのも心細いんじゃないかな?」
文也も困ったように考え込む。その様子を見て、アキが大げさに胸を叩いて見せた。
「それなら問題ないわ。満里奈さん、今日はわたしと拓の家に行きましょう。それなら少しは心強いでしょ?」
「はい。ありがとうございます……でも勝手に泊まってしまっていいんですか?」
「拓のお母さんには適当に言って誤魔化すから……じゃあ、わたし話してくるから待ってて」
満里奈たちに背を向け、アキは病室の方へ歩き出す。
瞬時、その顔からは先ほどの笑顔は消え去っていた。
拓のいる病室。アキが囲っているカーテンを開けると、目を覚ました拓と視線がぶつかる。
「アキ……」
お母さんの姿はまだない。きっとまだ先生と話し込んでいるのだろう。
「俺、倒れたんだって? 心配かけて悪かったな」
笑顔で言う拓とは裏腹に、アキの表情は険しくなった。
「……あなた、死にたいの?」
その声は冷たく、どこか切なげだった。
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