20話 誰かのために

 いきなり自分の死を言い渡された幸太郎は絶望の中にいた。

 他の3人は、鴇に秘密を明かされた驚きからか言葉を失ってしまっている。


『社長が造ろうとしているものをここにいる三名が全て消し去ってしまったんです。そして、社長も……だから、わたしはあなたの意思を受け継ぎ、ウイルスを完成するべく未来へやってきたんです』


 鴇が言い終えると、黙っていた彰が震える声で告げた。


「君は……誰なんだ」


 それに対しての返事は聞こえてこない。

 彼女の言葉を待つことはせず、今度は幸太郎にその声は向けられる。


「さっき、実の親と言ってましたよね? 社長、彼女は一体何者なんですか? 未来ってどういう意味ですか?」


「あの声はこの中の誰かの関係者なんですか!?」


 修司も彰に続くように幸太郎に詰め寄った。


「……未来から来た、君たちの子供だそうだ」


 幸太郎は力なく呟く。

 予想だにしないことに、また沈黙が流れる。


「まさか……そんなの作り話ですよね?」


 縋るように由紀が聞く。


「わたし達の子供ってことは……彼女は」


「君の子だ」


「あの声は……鴇なの?」


 震える手で口を押えながら、カメラの先にいる彼女を見つめる。


「鴇、あなたなの?」


 だが、返事はない。


「なら、わたし達をここへ連れてきた男の子は……浬?」


「馬鹿を言うな! そんなことあるはずがないだろ! 騙されるんじゃない!!」


 由紀が徐々にこの現実を受け入れ始める中で、彰はそれを拒絶した。


「社長! やっぱりあんたはあいつらとグルだったんだろ!? 爆破のことをどこで知ったかは知らないが、俺たちはあんたを巻き込むつもりなんてない。ただウイルスだけを消すつもりで」


「おいっ!」


 彰の言葉を修司が慌てたように遮る。しかし、それは遅かった。


『やはりもう計画を目論んでいたんですね。きっと爆弾はもう設置済みかしら? けど、あなた達がここにいる限りは爆破はできない……ウイルスが完成するまではここでせいぜい社長と絆を深めてください』


 ブツッと音声が切れる音が鳴る。

 彰は脱力したように壁へと凭れ込んだ。


「なぜだ」


 幸太郎の呟きに3人は目線を向ける。


「わたしは世界を救う新薬になりうる物質だと信じ、あれを完成させようとしていた。しかし、なぜそれを爆破なんて……そこまでして消し去る理由はなんだ!! わたしは殺されるほどのことを君たちにしたのか!? どうして裏切った!!」


 もし自由がきくならば、このどうしようもない悔しさをぶつけるべく、壁を思いっきり殴っていただろう。それぐらいに幸太郎の目は血走っていた。


「わたしにだって妻と幼い子供がいるんだ!! なのに、それなのに……」


「待ってください!! なにか誤解してます!!」


「誤解とはなんなんだ!? どう誤解しているというんだ!!」


 強く言い返されたことで、由紀はびくりと体を震わせ、怯んだように彰の肩に体を寄せる。


「落ち着いて下さい、社長……わたしからご説明しますから」


 冷静な口調で修司が間に入る。彼もまだ動揺からか体の動きがぎこちない。しかし、感情的に物事を進めないのが彼の特徴だった。


「わたし達は確かにこのビルに爆弾を仕掛けました。主に研究所に……それは彼女の言う通り、今開発中のあの物質を抹消するためのものです」


「やっぱり裏切ったんじゃないか!」


「違います。違うんですよ……裏切りとかあなたを殺すとかそんな目的で仕掛けたわけじゃないんです」


 修司の瞳はどこか悲しそうに歪む。


「このウイルス開発を打ち切るための交渉手段として、爆弾を仕掛けたんです。もしも交渉がうまくいかなかった時……ウイルスが世界に広まる前に消し去るつもりで」


「それは……あのウイルスが危険なものだと君は言いたいのか?」


 鴇と話をしていた時から、幸太郎はそんな感覚を抱いていた。もしかしたら、自分が完成させようとしているものは自分では想像もできないほど恐ろしいものなのではないのかと。しかし、その考えを必死に抑え込もうとしていた。


「実はわたし達3人の独断で動物実験を行いました。その結果、あの物質には人体に大きな悪影響を及ぼす可能性があることが分かったんです……どんな性質で、どんな悪影響が出るのかまではまだ未知ではあります。しかし、未知だからこそ……どんなものかを知る前に引き返せばと思うようになったんです」


「なぜその事実を伝えなかった!? 危険なものなら取りやめれば済む話だ!」


「何度もあなたに伝えようと上に交渉しました! しかし、ここまでに費やした研究費用が無駄になるからと完成を催促されたんです。今は危険な物質でも、研究を重ねれば新薬に繋がると……けど、あれはどうかんがえても新薬にはなりえないものだ。きっと、想像絶するほど恐ろしいウイルスを生み出してしまうかもしれない」


「生み出してしまう前に消そうとしたのか? わたしごと」


「決して社長をどうこうなんて考えていません! ただ、この恐ろしいウイルスが完成してしまう前に研究の打ち切りを交渉するために、脅しとして用意したんです。俺たちの声は道具なしでは到底あなたにまで届かないですから」


 悔しそうに唇を嚙む修司を幸太郎は呆然と見つめる。

 研究員とは信頼関係が築けていると、一体どこで勘違いしたのだろうかと頭を巡らす。

 研究室のガラス越しで働いている姿を見守り、研究の進みや報告は書類か秘書からの口頭報告。考えてみれば幸太郎は彼らと言葉を交わすなどほとんどなかった。それなのに、人づてに聞いただけの言葉を直接本人から聞いた言葉だと誤った考えをしていた。


「だとしたら……君たちに殺されたのではなく、そうせざる負えない事態をわたしが知らず知らずのうちに招いてしまっていたということか」


 幸太郎は悔しさから額を床に擦り付ける。


「社長!?」


「ずっと、この研究が成功して新しい新薬ができさえすれば……きっとうまくいくと……誰かのための未来を守れるものになるのだと信じ込んでいた」


「でも、爆破をしたことが間違いを生むのだとしたら……わたし達のしようとしたことも誰かのためだと思い込んだ愚かな決断だったのかもしれません」


 由紀は切ない表情を見てるのかもわからないカメラへ向けた。


「わたし達はあの子たちをどれだけ苦しめたのでしょうか?」


 その問いには誰も答えられなかった。

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