19話 裏切り者

 普段、倉庫として使われている段ボールだらけの狭い一室。窓はなく、動いているのか怪しい換気扇一つしかないため、ツンとカビ臭さが辺りに漂う。清掃もほとんど来ない場所のせいか、段ボールや棚の隅には埃が溜まっているのが見て分かった。

 照明が付いているだけでも救いかと、幸太郎は壁を背にぼんやり考え込む。


「社長、大丈夫ですか?」


 心配げな声が隣から漏れる。

 その声の主は、先ほど鴇が裏切り者だと言い、浬に連れてこられたひとり・樋渡 修司だった。


「いや、問題ない」


「そうですか……」


 かれこれ、数時間監禁されてるのだから問題ないというのは噓になる。何か小細工しないために手足は縛られ自由はきかないし、ただ黙ったままでも人は空腹を感じるものだ。喉だって乾く。

 しかし、ここは辛抱しかない。幸太郎はなんとか自我を保とうと心を強く持った。


「あの……どうして、わたし達は監禁されたんでしょうか?」


 唯一、女性の由紀が恐る恐る声を出す。


「いや、わたしにもよく分からん」


 幸太郎は首を振った。

 ここへやってきた時、この部屋では拷問が始まるのかもしれないと、幸太郎は内心ひやひやしていた。

 裏切り者を監禁、なんてドラマでたまに見かける。そういう時はたいてい、裏切り者に制裁を加えるか、秘密を吐かせるために拷問するのが王道の展開と言えよう。

 自分たちの会社内部での裏切り行為なら、その理由を探るべく、そのような状況になってもおかしくない。

 しかし、鴇は何もしなかった。

 というより、何一つ説明もされないまま監禁されてしまったのだ。そうなると、いきなり監禁された3人は訳も分からない状況だろう。


「社長はなにか言われていないんですか? 彼らがどうして俺たちを監禁したのか、何が目的なのか」


 少し疑った目をしながら隼 彰が小さく声を抑えながら聞いてきた。幸太郎は正直迷った。


(これは鴇が仕向けてるか? わたしが居ることで、なんの事情も知らない3人が油断して情報を漏らすとでも思ってるのか?)


 だから、あえて何も言わずに出て行った。

 幸太郎の目線が天井の防犯カメラに向けられる。


(……音声も分かるなら、そこから聞いているんだろうか?)


 拷問という手間を省き口走ることを待っているのだろうかと、鴇の意図が分からず、幸太郎は身動きに苦しんだ。その時、修司が身を寄せ囁く。


「社長、心配いりません。あのカメラは先月故障して動いていないはずです。警備員が誰も居ない部屋だから直ぐじゃなくてもって、忘れられたままなんです」


「そ、そうなのか?」


 幸太郎の反応に、彰の目から疑惑の色が消え去る。


「では、社長はこの監禁には無関係なんですか? あの人に会社を任せると宣言して、すぐ俺たちが監禁されて……社長は奴らとグルなのかと。一緒に監禁させたのはなにか探るためだと思ってました」


「すみません、主人が失礼をしてしまって」


「いやいや、お前だって疑ってたから監禁の理由を社長に聞いたんだろ?」


「あなたほど疑ってたわけじゃないわよ!」


 いきなり夫婦喧嘩勃発にたまらず幸太郎は笑い声をあげた。

 ずっとお互いを疑い、ピリピリした空気だったのが一変したことからの反動だろう。安心感からか、些細な夫婦の言い合いが妙におかしく思えた。

 そんな幸太郎を見て、3人は反応に困り、顔を見合わせている。


「すまない。いや……わたしこそ、君たちに疑念を抱いてしまっていた。この会社で一番優秀な君たちが裏切り者なんてあり得ない」


 そう言った途端、また空気が重くなった。

 目の前の3人の顔が一瞬で恐怖に凍り付いたかのように蒼白していた。


「……君たちは、?」


 幸太郎は震える声で問う。しかし、返事などあるはずもない。

 すると、放送用のスピーカーから急に雑音が聞こえ出した。


『裏切り者の皆様、ご機嫌いかかでしょうか?』


 声の主は鴇だと、すぐ察した。

 彼女の刺々しさのある声が室内に響き渡る。


『あなた達を監視するにあたってカメラはこちらで直しておきましたので正常に機能していますから、ご安心ください。ちなみに音声機能も追加してあるので、先ほどの会話もしっかり聞かせていただいています』


 やはりかと、幸太郎は落胆の溜息をつく。


「君は一体誰なんだ!?」


 研究員のリーダー的存在の彰が威勢よく声を上げた。


『わたし達の正体は須波社長が知っておりますので、後でお聞きになってください。何度も同じことを喋るつもりはありません』


「お願いします! ここから出してください!! わたし達には子供がいるんです。わたし達が帰らないと子供がっ」


 そう涙ながらに訴え始めた由紀だったが、スピーカーから不気味な笑い声が漏れ出し、言いかけた言葉を思わず飲み込んだ。


『子供が心配ですか? あなた達がこれからしようとしていることは、その大事な子供を巻き込むと知っていての発言だったら、とんだ間抜けですね』


「な、なにを言っているんだ! いいからここから出しなさい!!」


 強気な言葉をぶつける彰だったが、どこか動揺を滲ませている。やはり、鴇の言っていることはあながち間違いではないのかもしれないと、幸太郎は思った。


『そもそも、あなた達は子供を親戚に預けっぱなしなのですから、面倒を見る心配はいらないのではないですか? 無事なことはこちらで連絡しておきますから、ここで大人しくしてください。あなた達に危害を加える気は毛頭ありません。食事も用意します』


「君は何の目的でわたし達を監禁する必要がある? 危害を加える気がないなら、こんな監禁なんて無意味じゃないのか?」


 修司が恐る恐る訊いたが、またもスピーカーから笑いが漏れ出す。


『やはり裏切り者だけあって、善意ぶるのが得意なのですね。感心しすぎて、拍手を送りたいくらいです……けど、もう茶番はやめにしませんか?』


 急に声が冷たいものに変わる。


『あなた達を監禁しておかないと、わたし達の目的は成功しない。だから、それまではここにいてもらいます』


「彼らは君に一体何をしたんだ?」


 幸太郎が抑えきれず声を上げた。


「実の親を監禁してまで、君は何を止めようとしているんだ!?」


 幸太郎の言葉に違和感を覚えた3人は同時に目を見合わせる。


『……そんなに知りたいですか? この3人が未来で何を起こすのか』


 3人の顔が急激に青ざめていく様を見つめながら、幸太郎は覚悟を決めて頷く。


『一年後、彼らは社長ともどもこのビルを爆破したんですよ』


 自分の絶望的結末を知らされ、幸太郎の目から生気が失われていった。

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