18話 約束

って、どういう意味ですか?」


 アキの言ったことの意味が分からず、満里奈は聞き返す。


「拓は博さんが反対していることを見越してたのよ」


「え? それって……」


「わざと喧嘩に持ち込んで、ふたりを危険から遠ざけようとしたんでしょ?」


 そう言うと、拓は苦笑いを浮かべる。


「ちょっと待ってください。なら、はじめから狭山くんは相田さんや宮下くんを巻き込むつもりじゃなかったってことですか?」


「もし拓が何が何でも博さんたちに協力してほしかったら、ちゃんと警察に行ってもを言ってたはずよ。拓、気が付いてるんでしょ?」


 アキが再度言うも、拓は微笑むばかりで返事をしない。満里奈は状況がつかめず、答えを求めるようにアキに質問を投げかけた。


「警察に行っても無駄な理由って……わたしが狙われてる証拠がないからなんじゃないんですか?」


「それは初めから想定してたわ。彼らも自分たちの存在が世間に知られれば動きずらくなって、ウイルス完成に支障が出てしまう。だから、満里奈さんを襲うにしても面と向かっては攻撃してこないだろうって……証拠を残さないためには事故に見せかけるしか方法はない」


「けど、組織とか未来とか伏せて……違う理由で警察に頼めば、何かしら捜査してくれるんじゃないでしょうか?」


「違うのよ、満里奈さん。もっと根本的な理由があるの」


「根本的?」


 そこで、ようやく拓が口を開く。


「もし、俺たちの頼みを聞いて、警察が満里奈を守ってくれたとしても……今の警察だと組織には敵わない。警察に行ったところで意味がないんだよ」


「なんで分かるんですか?」


「見たんだよ。窓ガラスが割られる寸前に、屋上からこっちに向けられた光を……たぶんレーザーを当てたんだろう」


 満里奈にも何となく想像できた。よく警察ドラマで、レーザー銃を使って犯人を狙うシーン。しかし、それは未来ではなくとも、今でも使われている武器であって、現在の警察でも対抗できそうに思えた。


「けど、そのレーザーは満里奈を狙ってはいなかった」


「え?」


「あの時、レーザーは違う場所を狙ってた。そのおかげで光に気付けて、満里奈のところへ駆けつけるのにも間に合えたんだと思う」


「……それは、わたしではなく別の何かに狙いを定めてたってことですか?」


「きっと、最初から窓ガラスを割る目的で撃ってきたんだ」


 しかし、満里奈はそこまで聞いてもよく分からないと言いたいように首を傾げる。その姿を見た拓が真剣な顔をして、ゆっくり話し始めた。


「これは俺の予測だけど、あの時使った銃は普通の銃ではない。窓ガラスは強烈な突風にでも吹き付けられたかのような勢いで割られた……普通の銃なら当たった部分が割れる程度なのに、完全に窓ガラスが吹き飛ぶほどの威力があるってことは、かなり強力な武器を使ったことになる。けど、そんな武器を使ったのにもかかわらず、銃声が聞こえなかったんだ」


 一気に背筋に寒気を感じ、満里奈は片手を無意識に肩先へと移す。部屋にクーラーはないから暑いはずなのに、この瞬間だけ寒気が全身に走り渡った。


「恐らくあれはちょっとした挨拶だったのかもしれない。武器を試したかったのか、それとも騒ぎを起こしても警察がどれだけ動くのか見たかったか……あれだけの破壊力の武器を使ったんだから、少なくとも満里奈は負傷して身動きできなくなる。そうすれば組織にも都合がいい。病院の個室や家にいる方が次に狙うときに好都合だから」


「でも、わたしは狭山くんのおかげで助かったわけですから……それにどんな武器を使ったにしても、銃なら嫌でも証拠が……」


 そう言ってから、満里奈はなにかを察したのか表情を強張らせていく。


「普通の銃なら証拠は残ったのかもしれない。けど、組織が使った銃は普通のものではないとしたら……銃弾すら残らないものの可能性がある。空気砲みたいに、狙った場所に風の威力だけで破壊できる武器なら、どこにも証拠は残らない。ただ、ガラスが脆くなってて割れただけ……事故扱いにされてしまう。当たりでいいか?」


「やっぱり、そこまで気が付いてたのね」


 拓の問いかけに、アキは感心したように呟いた。


「ずっと疑問に感じてたんだ。どうしてアキは戦うこともできない俺たちに助けを求めてきたんだろうって……確かに未来から来たなんて言えば警察は信じてくれないだろうけど、別の方法はいくらでもあったはずだ。けど、それをしなかったのにはもっと別の事情があるんじゃないかって思ったんだ……それが今日の出来事で分かった気がする」


「ええ、警察に頼んでもこの状況は変わらない。それだけの武器を組織は持っている……だから、誰に頼んでも満里奈さんが危険なことに変わりがないなら、真剣に満里奈さんを守ってくれそうな拓たちに頼んだほうが一番安心なんじゃないかって思えたの」


 アキは満里奈に目線を向けると、優しく微笑みかける。


「それに、警察より組織の正体を知っているわたしがいた方が何倍も力になれるから」


「アキさん……」


「確かにな。武器のことや組織のことをよく分かってるのはアキしかいないし……なんの事情も知らない警察よりは対策も立てやすいかもしれないな」


「けど、問題は山積みよ? 相田さんと宮下さんが抜けた今、怪我した拓とわたしだけでどうやって満里奈さんを守っていくつもりなの? せっかくの協力者をふたり同時に失うなんて予想外よ!」


 頭を抱えるアキに拓はまた苦笑いした。


「ごめんごめん。博は思いやりの強いやつだから、俺が怪我した時点で絶対猛反対するの予想ついたし……無理維持して協力させるの、俺が嫌だと思った。だったら、この段階で突き放した方があいつらも危険に巻き込まれることはないし、組織から狙われるリスクも防げる」


「そうは言ってもね……」


「正直、これからのことはあまり考えてないけど……組織も満里奈が無事なことが分かれば、いったん襲撃はやめるはずだ。何度もあんなことをやらかせば、それこそ警察だって騒ぎ出すだろうから」


 拓は迷いのないスッキリした表情で宣言する。


「それに、何が起きても俺は片倉を命がけで守るって誓うよ!」


 そう言い切った拓だったが、満里奈の顔を見てぎょっとした顔付きになる。

 なぜだかまた泣き出しそうな顔をしてこちらを凝視していたからだ。そんな姿に、拓は焦ったように慌てふためく。


「か、片倉!? 俺、なんかした!?」


 ただ純粋に思ったことを言っただけだったけど、どこかで満里奈を困らせたんだろうかと、拓は自分の発言を思い返す。しかし、変なことを口走ってはいないはずと、満里奈をもう一度瞳に映した。


「わたしはっ」


 満里奈の瞳からとうとう大粒の涙が零れる。


「わたしは命を懸けてまで守ってほしくありません」


「満里奈さん……」


 アキは満里奈の気持ちが汲み取ったのか、ベッドから離れ、そっと寄り添い立つ。


「また狭山くんが怪我をしたり、苦しい顔をしたりするのはわたしは嫌です。わたしのせいで誰かが傷つくところなんて見たくないです!!」


「満里奈……」


 ようやく満里奈の涙を理解した拓は申し訳なさそうに頭に手をやった。


「いや、悪かったよ。そういう意味で言ったわけじゃなかったんだけど……命を懸けるなんて、少し軽々しかったよな」


 お父さんのことを知ったばかりなのに、死を連想させるような言い方は良くなかったと拓は反省し、満里奈に深く頭を下げた。


「本当にごめん!!」


「いえっ……そんな、頭なんて」


 まさか頭まで下げられるとは思ってもみなかった満里奈は慌てて制止を求めるように手を伸ばす。拓の肩に手を置き、元の態勢へと促す。


「あの、狭山くんに守ってもらうのはとても心強いんです。もちろんアキさんも……けど、今日のように怪我をしてもしものことがあったら、わたしは後悔してしまうかもしれません」


「後悔……」


「わたしを守ったせいだって、きっと一生悔やんでしまいます……だから危険だと思ったら、その時は誰かの助けを借りましょう。絶対に命は懸けない……それだけは約束してください」


 満里奈の切実な言葉に、拓は優しく微笑み、強く頷いた。


「約束する。絶対に死なない」


 そんなふたりのやり取りをどこか複雑な表情で見つめるアキ。


(やっぱり、そういうことか……)


 アキはふたりに気付かれないよう、小さくため息をついた。

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