17話 擦れ違い
博は姿勢を整えると、アキへと真っ直ぐ目線を注ぐ。
「……不満なのは分かってるわ。満里奈さんが危険なことが分かった今、わたしたちが組織に立ち向かうのは無謀だって言いたいんでしょ? その気持ちは重々承知してるけど、わたしが頼れるのはこの時代にあなた達以外存在しないのを分かってほしいの」
強い視線を浴びながらも、アキは物怖じせず言い終えた。しかし、博の顔色に変化はない。
「アキさんの事情は分かる。だけど、それでも納得がいかない……今日のようにいきなり襲撃を受けたら、俺たちではどう考えても太刀打ちできない。そう考えるなら、どんな嘘をついてでも警察の協力を得て、片倉さんを保護してもらうのが一番安全だと俺は思う。それなのに頑なに俺たちの手だけで片倉さんを守ることに執着しているのには理由があるのか?」
「……それは」
アキが一瞬、表情を強張らせた。
「未来で片倉さんを頼むように言ったのは誰なんだ? アキさんは未来の俺たちとどういう関わりがあるんだ?」
その質問に拓も反応を示すように顔をアキに向けた。
その疑問は、拓自身も抱いていたことだった。
どんな経緯でアキは満里奈たちと知り合い、どんな理由で自分のもとへたどり着いたのか。拓の死を知っているならば、はじめに博や文也を頼るのがアキにとっては都合がいいはずなのに、それをしなかった。それにはどんな訳があるのか。
拓は固唾を飲んで、アキの言葉を待つ。
「満里奈さんと偶然出会ったのが始まりだったの」
「わたしと?」
少し驚くように満里奈が声を漏らす。
「その頃の満里奈さんは誰もが知る有名人で、偶然カフェで見かけた時は嬉しさで声を掛けるのも緊張したけど……思い切ってサインを頼んだの。そしたら、一般市民のわたしにも優しく対応してくれて……よく満里奈さんがそのカフェに来ていることを知って、会えた時は声を掛けて……そのうち、一緒にお茶をする仲になったのがきっかけ」
「ということは、片倉さんから頼まれたってことか?」
その問いにアキは首を振る。
「違う。こんな危険なこと満里奈さんがわたしに頼むわけない……はじめは満里奈さんが未来へ行くと計画してたことだったから」
驚きの真相にみんな目を見開き、アキを凝視した。
「なら、一体誰が?」
「それは……」
どこか悲しげに揺らぐ瞳をしながら言い淀むアキに拓は堪らず声を上げた。
「俺が頼んだんだ」
どうしてだか、アキは真実を話すことを躊躇っている。そう感じた。
誰にでも隠し事はある。けれど、アキは確かに満里奈を助けるべく未来へ来た。
その事実があるならば、誰の指示であろうが問題はない。それを隠しておきたいのならば、その嘘に付き合うことを拓は選んだのだ。
「未来の俺がアキに頼んだんだ。満里奈の危険を知らせるのに、まさか満里奈自身を行かせるわけにはいかないから……ほら、満里奈もいきなり自分が現れたら混乱するだろ? だったら、未来の俺たちと関わりのあるアキが行くのが最適だって、俺が言ったみたいなんだよな。最初に俺に会うようにっていうのも、未来の俺の指示だったんだよ」
アキは驚きながらも、その嘘に対し、肯定するように頷く。
これだけ嘘のような出来事が続いていた博たちが拓の誤魔化しに気付くことはない。
しかし、その嘘が博の疑念を消したわけではなかった。
「頼んだのが未来の拓なのは分かった。アキさんも頼まれた通りの行動をしただけだとしたら、そこを責めるつもりはない……けど、いくら拓に頼まれたからと言っても執着するのは違う。確かに警察に未来だのウイルスを開発している組織だの言っても信用されないのは当たり前だ。けど、今は違うだろ? 学校であれだけの騒ぎが起きたんだから、警察だって聞く耳ぐらいもってくれるかもしれないだろ!」
博は人一倍、友達思いな奴だ。誰かが危険な目にあうことを避けたがっている。
目の前で友達が怪我を負った光景を見てしまったのだから、その思いはより一層強くなっていても仕方がないことだ。
アキはなにも言い返せず、ただ俯き黙ってしまっている。
それは今自分たちが進む道を引き返す選択肢がないけれど、それを説得する術がないからだろう。
拓は迷った挙句、立ち上がり博を見下ろした。
「博が言いたいことは分かるけど、今の段階で警察は事件だとは扱ってくれない。誰を狙ったかなんて分からないわけだし……」
拓は記憶の中を辿りながら告げる。
「ただガラスが突然割れただけの事故で解決される……そうなったら、俺たちの訴えなんて誰も聞いてはくれない。満里奈を守ってくれる人は誰も居ないってことになってしまう」
「だから警察へ頼むのは諦めろって?」
博はそっと立ち上がり、拓と目線を合わせた。
「まだ狙われている証拠がなくても、あれが事故で片づけられたとしても、誰かを頼らなきゃお前みたいにまた怪我人が出るかもしれないんだぞ!? 俺たちがどうにかなったら、誰が片倉さんを守るんだよ!!」
「どうにかならないようにするよ!!」
「そんなの無理に決まってるだろ!? 拓、少しは冷静に考えろ! 今日のことだって、場合によっては怪我だけで済まなかったかもしれないんだぞ!! 次に何か起きたらこんな軽傷じゃ終わらないかもしれない。死ぬ可能性だってあるんだ!!」
「分かってるよ!」
「お前はなにも分かってないだろ!!」
博の手が拓の胸元へと延び、勢いよく襟元を掴み上げる。お互い睨み合うようにして視線をぶつけ、今にも殴り合いが始まるんじゃないかという殺気立った空気が流れた。
「ちょっと! ふたりとも落ち着いて!」
アキが止めるべく立ち上がるも、近付くなと言わんばかりに拓が手でアキに制止を伝える。満里奈も文也もあまりにも突然のことに戸惑いの表情を浮かべていた。しかし、今のふたりにそれを気にする余裕などないのだと、アキは悟る。そっと、近付こうと踏み出していた足をもとの位置に戻す。
「……俺は絶対に死なない。最後まで片倉を守ってみせる」
「死なないなんて、どうして分かるんだよ!! 俺だって片倉さんが心配だよ……けどな、高校生の俺たちだけじゃできることに限度があることぐらい分かるだろ! 人の命を守ること、簡単に考えるな!!」
「博、俺は決めたんだ。片倉を守って、俺たちの未来を救うって……それに俺は簡単になんて考えてない。真剣に考えたから、決めたんだよ」
「そんな重大なこと勝手に決めるなよ!!」
今にも殴り付けるかのように掲げられた博の右手。拓は目を閉じることなく、ただ真っ直ぐ博の瞳を見つめる。すると、博は右手を下げ、襟元からもそっと左手を放した。
「俺たちが協力しないって言ったら? 拓、お前はどうする?」
その問いに、拓は迷うことなく答える。
「たとえ俺ひとりになったとしても、片倉を守ることを諦めない。俺は簡単に死んだりしないから」
「なら、勝手にしろ」
「ああ、勝手にするから……協力しないなら、俺に関わらないでくれ」
博は無言のまま文也の腕を掴み、そのまま部屋の出口へ向かう。
「悪いな、片倉さん」
そう言い残し、部屋を出ていくふたり。バタンという音だけが虚しく響いた。こんな展開になってしまったことを予想すらしていなかった満里奈は、ただオドオドと焦ることしかできない。
しかし、拓は違った。
「いやー、博と喧嘩なんて何年ぶりかな」
どこか安堵したような表情で、その場に座り込んだ。満里奈は拓の反応の意図が分からず、思わず首を傾げる。
「わざとよ」
アキの一言に、満里奈は目を見開く。
「そうなんでしょ、拓」
その問いかけに、拓は観念したようにただ笑みを浮かべた。
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