14話 守るべきもの①

 校内放送が流れたことで、登校したばかりの生徒たちは再び家へと帰るため門を潜っていく。そんな最中、博と文也は未だにベットで眠る拓を心配気に見つめていた。


「お家に電話してみたんだけど、誰も出ないみたいだから……起きたら、君たち狭山くんを家まで送ってもらえるかしら? 怪我は出血のわりに大したことはないけど、念のため病院へ行くようにって葛城さんに伝えておいてくれる? わたし、これから会議に出なくちゃならなくて」


 白衣を脱ぎながら、保健室担当の先生が笑顔で告げる。会議のためなのか、壁掛けの四角い鏡で髪や化粧念入りにチェックする様子を眺めながら、博は浮かない表情を浮かべながら一言“はい”とだけ返事をした。

 保健室から先生が出て行くと入れ替わりに、アキが姿を現わす。


「拓はどう?」


 入ってきてすぐさま、アキは拓の顔を覗き込む。穏やかな表情で眠っている拓を確認できたアキはホッと胸を撫で下ろした。


「良かった。顔色も良さそうだし……これなら心配なさそうね」


「アキ……さん、君は何者なんだ?」


 唐突な質問にアキは目を丸くしながら顔を上げた。


「先生が君は拓の親戚だって言ってたんだ。そんな話は初耳だし、君が来た途端にこんなことが起きた」


 博はアキを疑っている。手に取るように伝わってきた。それは隣に立つ文也も同じだった。


「拓が怪我したのって君が関係してるの? あれはどう見ても、偶然なんかじゃない。拓は何かを予感してたんじゃないの?」


 ふたりに詰め寄られて、さすがのアキも声を詰まらせた。


「それは……」


 否定してもいいが、あながち外れとも言えない。満里奈さんは置いてきたままだし、肝心の味方に付くはずの拓も眠ったままだ。このまま説明しても信用性はゼロに近い。しかも、学校という大勢の人間が行き交う場所では説明しずらいという難点もあった。


「もしも君が拓を傷付けようとしているんなら、俺は君を許さない」


「ひ、ろっ……ちが、う」


 呻くような声が背後から聞こえ、アキは慌ててその声へと顔を向けた。傷の痛みに耐えながら上半身を起こそうとしている拓の姿を見て、アキが素早く手を差し伸べる。


「拓、大丈夫?」


 アキの声に拓は頷き微笑んだ。


「博も文也も心配かけて悪かったな。けど、これはアキのせいじゃない……俺が望んだ結果だ。けど、初っ端から怪我するとは俺も油断してた」


「拓、どういう事か説明しろ! お前は怪我するし、隣の人はお前の親戚だとか聞かされるしで、訳が分からないことだらけなんだ」


「そうだよな。それはちゃんと説明する……あれ? 片倉は?」


 助けられたはずの満里奈の姿が保健室にないことに気が付き、拓は焦ったように辺りを見回す。


「もしかして怪我がひどかったのか!?」


「違うわ。まだ校内にいるか分からないから、安全な場所で待機してもらってる。怪我はかすり傷程度よ……拓のおかげ」


「良かった」


 心底安心したように、拓は壁に背中を預け、大きく息を吐いた。


「それより拓、学校はこの騒ぎで今日は閉鎖するみたいなの。だから、拓の家にみんなを連れて行かない? そこでなら説明もしやすいわ」


「そうだな。なら、片倉を迎えに行こう」


 ベッドから出ようと、拓は顔を歪めながら身体を起こそうとする。


「おいおい、拓……お前、今日は病院へ行って安静にするべきじゃないか?」


「そうだよ。傷が治ってからいくらでも聞くから……あまり無理するとおばさんに怒られるよ」


 あまりにも痛々しい姿に、博と文也が動くことを制止しようとした。だが、拓は首を横に振る。


「今日じゃなきゃダメなんだ。博、文也……頼む」


 あまりにも真剣な面持ちに、それ以上なにか言う素振りを博と文也は見せなかった。それだけ、危機迫るものを感じ取ったからであろう。


「なら、家まで俺の肩貸すから」


「ありがとう、博」


「俺は荷物持ってあげるよ」


「文也もありがとう……」


 それから満里奈を迎えに行き、五人は拓の自宅へと向かった。

 部屋へ着くなり、満里奈は拓に向かって深々と頭を下げた。腰まで伸びた長い奇麗な二つ結いされた髪が、今にも床についてしまいそうだった。


「狭山くん、ごめんなさい!! わたしのせいで大怪我を……本当にごめんなさい!!」


 今にも土下座しそうな勢いで上半身を下へ下へと下げていく満里奈に、拓は痛みに耐えつつ止めに入る。


「片倉、もういいから。大丈夫だから!」


 家へ向かう道中もずっとこんな感じの満里奈に、逆に罪悪感を抱きそうになってしまう。拓はなんとか宥めながら、片倉だけ椅子へと座らせた。


「……ごめんなさい」


「片倉、違うよ。ごめんなさいなんて言わなくていい……俺が勝手に片倉を庇って怪我したんだから、それに対して責任なんて感じるのは間違いだよ。もし、俺に対して言える言葉があるとしたら――」


「ありがとうございます、ですね」


 涙をうっすら浮かべながら、満里奈は小さく微笑んだ。


「どういたしまして」


 拓は満里奈の不安を取り除くように満面の笑みで返す。


「狭山くん、椅子には狭山くんが座ってください。怪我もしてるんですから」


「俺は床でいいよ。その方が楽なんだ」


 博と文也は何度も拓の家には来ていたため、当たり前のように絨毯の上で胡坐を組んでいる。アキは出会った日と同じようにベッドで足組をして、話し始めるタイミングを見計らっている様子だった。


「アキ、頼む」


 拓は窓際の壁を背もたれにし、なんとか座る。それを合図に、アキは口を開いた。


「まず初めから自己紹介が必要よね。学校では拓の遠い親戚と設定されてるけど、本当は10年後の未来から来たの……名前はアキ」


 そう言った途端、拓以外の3人はポカンと口を開けたまま固まってしまう。

 拓はつい昨日の夜の自分もこんな顔をしていたのかなと、頭の隅で思った。

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