13話 組織の陰謀

 屋上からガラスが割れたのを確認したひとりの人物は、満足げな笑みを漏らしながら構えていた銃を下ろす。


「挨拶はこんなもんかな」


 ただ少し引っ掛かった。引き金を引く寸前、狙っていた満里奈を庇うようにして現れた男の存在。


(俺に気付いた? 偶然ってわけでもないだろうが……)


 しかし、その真相を知る術は彼にはなかった。


かいりさん、そろそろ戻らないといけませんよ」


 幼い高めの声に浬は深い溜息を吐きながら振り返る。


「もうそんな時間かよ」


「鴇さんに怒られるのはひめ、嫌です」


「分かった」


 少し面倒くさそうにしながらも、浬は銃を丁寧にケースへとしまい込んだ。


「救世主、殺しましたか?」


 少女の口から残酷とも言える言葉が漏れる。


「いや、簡単に殺したって面白味もないだろ。そもそも相手は武器も持たない平和ボケしたただの学生なんだ。殺す日が来たらでいい……」


「それもそうですね。けど、本当に殺してしまってもいいんでしょうか?」


 その疑問を口にした途端、浬は姫を鋭い目つきで睨み付けた。


「口を慎め。俺たちのやろうとしていることが正しいか正しくないかなんて二の次だ……少しでも迷いが生じれば見抜かれる。気を引き締めろ」


「すみません」


 姫の瞳に涙が滲む。浬は乱暴ながらも姫の頭を数回手のひらで叩く。


「戻るぞ。鴇に会う前にその顔は直しておけ」


「はい」


 そこで耳にしていたイヤホンから鴇の声が届く。


「浬、どこで遊んでるの? 早く戻ってきなさい」


 その声に浬はイヤホンを指で二度タップし、マイクをオンに切り替える。


「姉さん、今戻る」


 そう返すと通話は途切れた。


「鴇が呼んでる。戻ろう」


 静かな声で言うと、姫は涙を拭い、大きく頷く。ふたりは誰にも見られぬよう屋上から立ち去った。



 ドリーム・レボリューションズ社の社長室へと戻ってきた浬と姫は、社長専用のデスクに座る鴇に対し軽く頭を下げる。


「遅くなりました」


「……この忙しい時に何をしていたの?」


 苛立つように手に持っていた煙草を灰皿に擦り付ける。来客向けのソファに座る孝太朗はどこか不安そうに浬と姫を見つめていた。


「すみません、少し偵察に」


「なにか気になることは?」


「いえ、特には何も」


 鴇には自分の感じた違和感は口にしなかった。


「問題がなければいいわ。それじゃ、ふたりもソファに座りなさい」


 言われるがまま、浬と姫は孝太朗の向かい側へと腰を落とす。


「朝礼で臨時で社長を交代することを社員たちには伝えたわ。浬、動いてちょうだい」


「ここへ連れてくればいいんですか?」


「いえ、どこか監禁のできそうな部屋を探して……ちゃんと監視ができるように監視カメラも用意して」


「了解」


 浬は座ったばかりのソファから腰を浮かせ、また部屋を出て行く。それを見届けたと同時に、孝太朗は鴇へと視線を移した。


「君たちは一体何をしようとしているんだ。ウイルスの開発だけが目的ではないのか?」


「そのウイルス開発を阻止しようとしている者がこの会社の内部にいるんです。裏切り者を封じ込めなければ計画は成功しませんから……」


「裏切り者とは誰のことだ?」


 その問いに鴇の顔が僅かに引き攣る。彼女の反応に孝太朗は察してしまう。


「もしかして、君の両親か?」


 孝太朗の言葉に、鴇はうっすらと笑みを浮かべた。


「ご明察です。わたしと浬の両親、隼 あきら由紀ゆき……そして、姫の父親の樋渡ひわたり 修司しゅうじ。この三名が邪魔したことによってウイルスの開発が遅れ、完成した時にはそのウイルスを抹消するワクチンを持つ者が現れてしまった。わたし達はそれを変えるべく、この時代へやってきたんです。全ては運命を変えるため」


 裏切り者だと知った人物は優秀な開発者で、孝太朗も信頼していた。一気にいろいろな情報が頭を埋め尽くし、しばし考え込む。そして、息を吐くように鴇に質問を投げ掛けた。


「彼らを監禁して、その後はどうする? ウイルスが完成すれば、君は両親を殺すのか?」


「まさかっ」


 鴇はおかしそうに笑い声を上げる。


「一応あんな人でも親ですから……殺すなんてしません。ただ、わたし達が未来へ帰るその日まで大人しくわたし達に協力してくれればいいんです」


「協力しなければ?」


 突如、孝太朗を睨んだ鴇は、徐にデスクにある写真立てを持ちながら近付いてきた。


「協力してもらわなければ、一番困るのは須波社長……あなたご自身です。奥様とお子さんの未来のためにもウイルスを成功させたいでしょう?」


 孝太朗は思わず息を飲む。

 この時、悟ってしまった。

 彼女の成功させようとしているウイルスは自分が思っている以上に恐ろしいモノではないのかと。


 だが、この場で抵抗することは出来なかった。潔く彼女に従う道を選んだ。


「分かった。協力しよう……だから、そのためにも……わたしも彼らと一緒に監禁してほしい。わたしが彼らを説得し、君たちの力になるようにすると誓おう」


 鴇は満足げな笑顔を返事の代わりに見せた。

 孝太朗は写真に映る妻にそっと目を遣る。その写真は、前見た時よりもなぜだか色褪せて見えた。

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