8話 救世主と協力者

 夕食を終えたふたりは、再び拓の自室へと集合した。


「さて、続きだけど……」


 と、切り出した拓だったが質問の順位がつけられずに沈黙してしまった。


「最初はそうね……記憶に関して、説明するわ」


 困って口籠る拓を見兼ねて、アキが仕切るように喋り始める。もう頭の中の整理が追いつかずにいた拓は素直にそれを受け入れた。


「このピアスから出る電磁波が届く範囲はこの町の広さが限界だから、町から出れば効果は無くなってしまう。この町にいる限り、関わりのある人はみんな、わたしを拓の親戚の人だと認識するわ」


「ちょっと確認なんだけど……アキはどうして俺と同居することになったのか、設定を教えてほしい。誰かに聞かれた時のために知っておきたいんだ」


「そうね。細かな設定を拓も知っておかないと話の辻褄が合わなくなるし、教えるからちゃんと頭に入れておいてよ?」


 拓はただ頷く。


「わたしの名前は葛城 亜紀かつらぎ あき。遠縁の親戚で狭山家とはあまり交流はなかったけど、今回両親が仕事で海外へ行くことになり、高校卒業するまでは日本に残りたいと希望したわたしの意思でここへ来たという流れになってるわ。学校の先生やクラスメイトはわたしはずっと拓の高校に通っていたってことになってるから、拓も同級生らしく振舞ってね」


「わ、わかった……」


「ただし、今回守らなきゃならない救世主と協力者、あと拓もね。記憶の操作をすると困る人物にはこの電磁波が影響しないように設定してあるから、わたしのことで混乱させる前に早く説明しておかないといけない」


「ってことは、明日にでもその人たちを探しに行かないといけないのか」


「探す必要はないわ」


 アキの言葉に拓ははっと目を見開く。


「もしかして、その救世主と協力者って俺の高校に居るってことか? しかも救世主は俺のことを知ってるんだよな? まさか同級生とかってわけじゃないよな?」


 拓の頭に過ったまさかは核心をついていたらしく、アキは意味ありげな笑みを浮かべながら頷いた。


「そのまさかよ」


「だ、誰だよ!」


 と、言い返したのだが、協力者に関してはなんとなく予想できてしまっていた。なぜなら自分のことを信じて、尚且つ世界を救うなんて前代未聞のことに付き合ってくれそうなのはあのふたりしかいない。

 しかし、救世主だけは拓自身検討がつかず、考えても分からなかった。


「言葉で説明するよりも、これを見てもらった方が拓も分かりやすいかもしれないわ」


 アキはワンピースのポケットからスマートフォンを取り出す。きっと10年後のものだろうが、それは今使っているのとあまり違いはなさそうに見えた。


「これが救世主と協力者の10年後の写真よ」


 アキがスマホを操作し、手のひらの上に乗せた瞬間、淡い光が画面から漏れ始める。そしてその光の中にぼんやりと人影が見え始めた。


「立体映像!?」


 思わず声を上げる。さっきまで進化を感じなかったスマホの予想外の機能に、拓はじっとできず立ち上がった。光の中にはっきりと浮かび上がる人物は、ひとりの女性。

 サイズは縦60cm、横30cmのケースの中に人形が飾られているというイメージだろうか。それは写真であって、ちゃんと周りの風景もリアルに映し出されている。今にも音や風の感触、匂いも感じられそうだ。

 拓は興味を掻き立てられ、顔を側に寄せて眺めた。そして、気付く。


「あれ?」


 その映し出されている人物に見覚えがあった。化粧をして、大人っぽい服装をしていたせいで初めは気付かなかったが、拓の知る人物と酷似していた。


「これって……まさか」


「その人が世界を守る救世主よ」


「そんな」


 あまりにも予想外で、驚愕のあまり言葉を失う。


「そしてこの人たちがあなたの協力者」


 アキが画面を操作したことで光に映し出された人物が切り替わる。光の中にふたりの人物が映り、拓は目を見開きはするものの、今回は驚かなかった。それは予想通り、拓が毎日顔を合わす馴染みのふたりが映し出されたからだ。


「やっぱり博と文也だったか」


「知り合いでしょ? 救世主のことも、協力者のことも拓はよく知っているはずよ」


「ああ……よく知ってる」


 博と文也は尚更だった。しかし、救世主だけは納得いかなかった。


「救世主って……満里奈で間違いないのか?」


「ええ、満里奈さんよ」


 片倉 満里奈かたくら まりな。高校から同じクラスになり、部活も同じという接点があり、よく話す数少ない女子のひとりである。しかし、なぜ拓は満里奈が救世主であることに納得がいかないのか。それには理由があった。


「信じられない……満里奈はそんな救世主になれるようなタイプじゃない」


 彼女は見た目、中身、話し方、全てにおいて頼れる救世主と言えるようなところが見当たらない。見た目は女性らしい柔らかさと可愛らしさが備わり、癒され系女子と言えよう。話し方もゆっくり口調で、性格も争いを好まないマイペース型。勉強はそこそこできるではあろうが、ワクチンを開発するような大それたことをするタイプにも思えない。

 今の彼女を見る限り、命を狙われるような要素など、どこにもなかった。


「いろいろ思うことはあるだろうけど、彼女が正真正銘の救世主で、いずれ世界を救う人なの。そして、拓が守ってあげなきゃならない人……彼女を殺されたくないでしょ?」


 アキの表情が危機迫ったような険しいものに変わる。


「まだ信じられないけど……分かったよ」


 拓は決意した目をアキへ真っ直ぐに向けた。


「必ず満里奈を守る……未来のために」


「拓……」


「アキ、事がある」


「なに?」


「俺が一年後死ぬかもしれないことは三人には黙ったままにしてくれ」


「なんで!?」


「頼む」


 拓は少し切なそうに笑う。


「世界の危機に俺の死は余計だろ?」


 あまりのもその笑顔が悲しげで、アキは分かったと、受け入れることしか出来なかった。

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