7話 親子
食卓に数々の料理が並ぶ。いつも向き合って座る相手は母親しかいなかった。しかし、今日は先程会ったばかりの少女が何食わぬ顔で座っている。その違和感に拓は落ち着かず、目線をあちこちに泳がせた。
「そんなにそわそわしてたらお母さんが心配するわよ」
「仕方ないだろ……いきなり未来から来たやつが俺の家で能天気にご飯食べようとしてるんだから」
「それもそうね。説明不足だったのは認めるわ」
ごめんなさいと最後に言いながらも、顔には反省の文字を浮かばせない相手に、拓は何度目かの溜息をつく。すると、メインのハンバーグを大皿に乗せ、母が笑顔で近付く。
「はい、おまたせ」
「わあ! ハンバーグ美味しそう」
年上ぶった口調で話していたアキがいきなりはしゃぐ子供のような声を出した。
(……すげー演技力だな)
呆れ半分、感心半分、拓は黙ったままアキを見つめる。そして、いつも静かに話す母がどこか楽しそうに声を弾ませている姿に懐かしさも感じていた。
昔は、家の中は常に明るく、食卓を囲む時間は特に賑やかだった。いつから静かになってしまったのだろうかと思い返すと、拓の目線は自然とカレンダーへと向けられた。
父が死んでからではない。自分が生きることを諦めた日からだ。
そう気づいた瞬間、拓はひどく罪悪感に苛まれた。
(……全部俺のせいだ)
母から明るさを奪い、食卓を静かにさせてしまったのは自分が原因だと今更ながらに痛感した。
「アキちゃんが家に住むことになっておばさん嬉しいわ。拓だけだとなにかと心配だったけど、アキちゃんが居れば安心だわ」
「そんな。急に居候なんて迷惑かけちゃって」
「迷惑だなんて! わたしは娘が出来たみたいで嬉しいわよ。ここで暮らす以上は家族だって思って、遠慮せずに何でも言ってね」
「ありがとうございます」
久しぶりに楽しそうに話しながら食事をする母の姿を拓は申し訳なさそうに見つめる。
「拓、どうしたの? 全然箸つけてないじゃない!」
視線に気づいた母が拓を見るなり、今だ空の状態の取り皿に不満そうな顔をした。
「ごめんごめん。ぼーっとしてた」
拓が慌ててハンバーグに手を伸ばそうとしたと同時に、母の手が顔へと近付き、優しく額を包み込む。
「熱はないみたいね。よかった」
そう言って、安堵の笑みを零した母の姿が痛々しく映り、拓はそっと目を背ける。
「大丈夫だよ。具合は悪くないから」
「気をつけてよ。朝に雨が降るって何度も言ったのに玄関に傘忘れていくんだもの」
「おばさん、安心してください。これからはわたしが拓をしっかりサポートするんで」
「あらやだ、アキちゃん。お姉ちゃんみたいに頼もしいわ」
また食卓に笑い声が戻った。
「ふたりして俺を子ども扱いかよ」
拓は明るくなった食卓を壊したくない一心で笑顔で文句を言いながら、母のお手製ハンバーグに箸を伸ばした。
先に食べ終わった母がキッチンへと立つ。食後のお茶の用意のためにやかんに水を注ぎ入れる。
「おばさん、わたしも手伝うよ」
「いいわよ。ゆっくり食べてて……デザートにケーキとか買ってくれば良かったわ。拓とふたりだと食後のデザートなんて話にならないから」
明日はケーキを用意するからと、どこか張り切る母に拓は困ったよう返した。
「明日は朝から仕事だろ? 俺が変わりに買って帰るから」
「あら、いいの? じゃあ、アキちゃんと一緒に好きなケーキ買ってきなさい」
そんな会話の後、拓がアキに視線を戻すと、何故か不思議そうな顔で母を眺めている。さっきまでにこにこ子供みたいに笑っていたから、いきなりの表情変化に拓は思わず声を掛けた。
「どうかしたか?」
その問い掛けにアキは一瞬迷ったように目線を下げ、何やら考え込んでいる。
「なんだよ。言わないと気になるだろ」
「……言って良いかどうか」
「俺たちはこれから一年一緒に住んで、世界を守る協力者なんだろ? 気になったことを隠してたって仕方がないだろ」
「それもそうね」
アキはいったん箸を置き、拓に近付くように身を乗り出した。そして、後ろにいる母に聞こえないように小声で言う。
「拓とお母さんって本当の親子じゃないよね」
それは鋭く、確信的な指摘だった。
「……お母さんってどう見たって60代ぐらいでしょ? 若く見ても50代後半……それに拓とはあまり似てない」
拓は何も答えずアキを真っ直ぐ見つめる。
「だからってどうしたってことじゃないのよ」
血の繋がらない親子なんて世界には何万もいるんだから、そう言って優しく微笑む。アキはどこか切ない眼差しを母に向けながら、小さく呟いた。
「ただ……いいお母さんだなって、思っただけ」
あまりにも自然な表情で言ったアキに拓は暫し言葉に困るも、母の後ろ姿を一度見てから答えた。
「俺にはもったいないぐらい良い母さんだよ」
その言葉にアキは何も返さず、それ以上何かを聞き出すことはしなかった。
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