6話 同居人
協力関係となったが問題や疑問は山積みのまま。
今も拓の頭にはアキに訊きたい質問が次々に浮かび上がっている。しかし、今アキにそれを投げ掛けることを躊躇った。
拓はベッド脇に置かれたデジタル時計に目を遣る。
時刻は午後7時。もうじき、母がパートを終えて帰宅する時間だったからだ。
「ひとまず、詳しい話は明日聞くよ。もうそろそろ母さんが帰ってくるから、アキも帰ってくれ」
話を切り上げようとした拓の耳に微かに届く物音。その正体が分かった瞬間、顔から血の気が引いた。
「まずい、帰ってきた!」
今度ははっきりとした音が下の階からしたのを聞き、思わず拓はアキに目線を注ぐ。母がカギを開け、もう玄関に入ってきてしまった。
「ただいまー」
階段下で母が声を上げる。
「どうしよう」
返事をしたいのに、今の状況をどう母に説明すればいいのか分からず、言葉に詰まる。
「拓、心配しないで……大丈夫だから」
「何が大丈夫だよ! こんな時間まで女の子を連れ込んでたなんて知ったら……」
一体どうなるんだろうと、拓は一瞬想像を膨らました。驚愕のあまり倒れるか、それとも彼女だと勘違いされアキをもてなすのか、その二択だろう。どれも拓にとっては良い展開とは言えない。しかし、母が帰ってきた以上、彼女の存在を隠したまま家から出すのは無理だ。ここは二階で、窓から逃がすのも難しい。いろんなことを考えていた拓の耳にまたも母の声がした。
「拓いないの? 部屋にいるんでしょ?」
階段が軋む音が聞こえる。返事のないことを心配してか一歩一歩二階へと上がってくる母の気配に、拓は息を飲んでドアに目を凝らす。
「大丈夫だから」
こんな時にアキは暢気な声で言った。焦りと混乱と苛立ちが混ざり合い、拓の脳内はパンク寸前だった。そんな状況の中、部屋のドアノブがゆっくりと母の手によって回されてしまう。
「拓?」
「お、おかえり! 早かったね!」
隙間から顔を出しながら入ってきた母に、拓は明らかにひきつった笑顔を向ける。無駄とは分かりながらも、アキを隠すように立ち位置を変えた。
「いるんなら返事しなきゃ心配するじゃない。夕飯今から作るから待っててね」
「分かった」
すると、母の目がアキに向けられる。
(……やばい、気付かれた)
嫌な想像が拓の頭を埋め尽くす。しかし、母の口から発せられたのは意外な言葉だった。
「あら、アキちゃん。ここに居たのね……今日はアキちゃんの好きなハンバーグ作るから楽しみにしてて」
「ありがとう、おばさん」
アキを前から知っているような口調で話す母に対し、当たり前のように返事をするアキ。拓は目を丸くしながら母を見つめた。
「じゃ、ご飯できたら呼ぶからね」
この家にいる彼女の存在に違和感を抱く素振りなく、母は部屋から出て行く。
「どうなってるんだよ!」
驚きのあまり声を上げた。
「説明するから落ち着いて……これを使ったの」
アキは耳に光るピアスを拓に見えやすいように近付ける。しかし、見た目はただのピアス。拓は状況が飲み込めないままアキを凝視した。
「もしかしたら、いきなり現れたわたしを見て怪しむ人だっているかもしれない。それを気にしてたら守りたいものも守れないじゃない? だから、これを使ったの」
「それはなんなんだ?」
「ここから人の記憶を操作する電磁波みたいなものが常に流れているの。拓のお母さんはこれのせいでわたしを親戚の子供だって思い込んでる……だから、わたしがここに居ることを怪しむことはない」
「お前、初めからそのつもりで俺の前に現れたのか」
「拓なら協力してくれるって信じてたからね」
アキはここに来て初めて満面の笑みを浮かべた。彼女はお世辞抜きで奇麗だ。間違いなく美人の部類に入る。彼女に好意がなくとも、男性であれば思わずドキッとしてしまう。
だが、すぐに拓は現実へと頭を切り替えた。
「っていうか、アキのことを親戚って母さんが思ってるってことは……一年、ここに住む気なのか?」
「そのつもりよ。よろしくね、拓」
未来から来たというだけでも理解に苦しむというのに、いきなり同居人になってしまった彼女を見て、拓は深い溜息を零す。
「アキ……君は一体何者なんだ?」
「何者って?」
「さっきタイムマシーンは誰もが乗れるものではないと言った。極一部しか知られていないようなものに乗れて、尚且つ危険な組織に君ひとりで立ち向かうために時を遡ってきた……どう見ても、君は警察関係者じゃないし、年齢的にも俺と同じ高校生。だとしたら、組織が未来を変えるためにここへ来たなんて情報を一体どこで手に入れたんだ? そして、どうして頼ったのが一年後に死ぬような俺じゃなきゃいけなかったんだ?」
アキの表情が一気に変化する。緊張のせいか強張った顔付きをするアキを見て、拓は再度溜息をつく。
「もういい。けどこれだけは答えてくれ」
「……なに?」
「アキは俺をどこまで知ってるんだ?」
「狭山 拓……一年後に爆破テロで亡くなる。そして、唯一彼女が信頼していた人物があなただったから」
「……彼女?」
「世界を救った救世主……あなたは彼女を知ってるから、必ずわたしに協力してくれるって思ったの」
それは誰だと質問しようとした矢先、下の階から夕飯だと叫ぶ母の声がした。
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