5話  明かされた未来

「信じてくれるの?」


 アキは受け入れがたい表情で拓を見つめている。

 拓は笑顔で頷く。


「信じてほしいって言ってきたのはアキじゃないか。まさか、ここまできて嘘とか言わないよな?」


「言わないけど……普通、自分が一年後に死ぬなんて予言されたら怒るかショックを受けるところよ? それがあっさり受け入れられたら、こっちが混乱するに決まってるじゃない」


「なら、俺は普通じゃないってことだな」


 おかしそうに笑い始める拓を見て、アキはそれを窺い見つめる。


「さて、そんなことよりも本題に入ろう。アキの存在を信じても真意は分からないままだ。どうして、一年後死んでしまう俺を訪ねてきたのか……ただ余命宣告をしに来たわけじゃないんだろ?」


「そうね。はじめから説明するわ……」


 アキはゆっくり息を吐き、目線を拓から外すように下を向く。どこから話そうかと言葉を選んでいるような難しい表情でいる。暫くして、意を決したように瞳を拓へ向け、重い口を開いた。


「一年後に爆破される社は植物や動物の遺伝子を研究しながら、画期的な医薬品を開発していく極普通の会社……けどそれは、世間を騙す表向きの姿だったの」


「騙す?」


「裏側ではある組織が存在していて、極秘であるウイルスを造り出そうとしていた」


 拓は思わず顔を顰める。

 謎の組織に、怪しいウイルス。それこそ非現実的な物語を聞いているようだったからだ。

 しかし、ここでまた口を挟めば話は一向に進まなくなってしまうだろうと考え、拓は黙ったまま聞くことを選んだ。


「そのウイルスは死に至ることはないけど、一度身体に入ってしまったら最後……ウイルスに侵された人は死ぬまで幻覚・幻聴に苛まれ続ける。所謂、麻薬のような症状と言えば分かりやすいけれど、程度はウイルスの方が厄介ね」


「けど……話を聞く限り、そんなに危機感を感じるようなものじゃない気がするんだけど」


 結局、抱いた疑問を拓は口にする。


「確かに麻薬みたいな症状が出るウイルスは怖いけど、死には至らないんだろ? だったら、治療法が見つかるまでその人たちを隔離するなりすれば問題ないんじゃないか?」


「一見はね。ただの幻覚・幻聴だけなら何も怖くないし、誰もこのウイルスに脅威なんて抱かない。けれど、その症状が感染者に恐怖心を植え付けるような幻覚・幻聴を与えるとしたらどうなると思う? 自分の周りが全て敵に見えて、自分が攻撃されるかもしれない恐怖に駆り立てられたとしたら人間はどうすると思う?」


「……そ、それは」


 間違いなく自分がそんな恐怖心に駆られたら、反撃するために攻撃的になるかもしれない。そう考えた途端、拓の中に無かったウイルスへの危機感が広がり始めた。


「組織の目的は、そのウイルスで人間兵器を作ることだったと言われている。戦争を企む国なら、喜んで大金を積む品になるでしょうね。けど、世界に広まる前に治療法が見つかってそのウイルスは脅威にはならずに済んだし、犠牲者も最小限で済んだ」


 それを聞いて拓はホッと胸を撫で下ろす。


「4年後にワクチンを発見した研究者が現れなければ、きっと世界は滅亡していたのかもしれない。ウイルスの混入経路から組織の人間も続々と逮捕され……それで世界は平和に戻っていくはずだった」


 一気に部屋の中に緊張感が広がる。拓は思わず息を飲み込んだ。


「その騒動から5年後……逮捕されずに生き残った組織の数名が行動を起こしたの。奴らの目的はウイルスをこの時代で完成させ、邪魔者であるワクチンの持ち主を消すこと」


「そんなことになったら日本はっ」


「日本どころの騒ぎじゃないわ。これが世界にまで広がり、戦争目的や犯罪にまで使われるようになれば世界はいずれ滅亡してしまう。わたし達の未来は一瞬で地獄になるわ」


 世界滅亡の危機が迫っていることを知り、驚愕のあまり拓は言葉を詰まらせる。


「拓……あなたに会いに来た理由はただひとつ。わたしと一緒に救世主とワクチンを組織の人から守ってほしい」


「え!?」


 あまりにも無謀な申し出に思わず声を上げた。それもそうだ。怪しい組織がどんな人物なのか分からないのに、高校生の自分と未来から来た見知らぬ少女だけで立ち向かうなんて、どう考えても勝ち目はない。


「……警察には頼めない。頼んだところで、未来から来たなんて信じてもらえないから信用性はゼロに近い。だからお願い、わたしに協力してほしいの」


 アキは立ち上がり、拓に向かって頭を下げた。


「あなたにしか頼める人が居ないの。彼女を救えなかったら世界は終わってしまう……未来を守るためにわたしと一緒に戦ってください!!」


 拓は困り果ててしまい、呆然とアキを見つめた。


「……俺、高校生なんだけど」


「知ってる」


「武器だって持ってないし、渡されても使えないし」


「わたしも持ってない」


 それで立ち向かうつもりだったのかと、頭の片隅で突っ込みを入れる。


「ふたりだけじゃ守り切れないかもしれない」


「あとふたり協力しれくれそうな人を知ってるから頼んでみるつもり」


「その人たちもこの時代の人なんだろ? 信用してくれるなんて分からないだろ?」


「信じてくれるまで説得する」


 どう言っても、アキの決意は固かった。それを知り、拓は観念したように息を吐きながら返した。


「分かった。一緒に戦ってみるよ」


 頭を上げ、アキは目を潤ませながら拓を見遣った。


「ほんと? 協力してくれるの?」


「どうせ協力するって俺が言うまでここを動かないつもりだったんだろ? まだ疑問点はたくさんあるけど君が嘘を言っているようにも見えないし……それに」


「それに?」


 一瞬、病気のことを言ってしまおうかと言葉が喉まで出かかったがそれを途中で飲み込む。

 まだ、完全に彼女を信じ切ったわけではなかったからだ。


「それに、俺の命は残り一年なんだ。何もしないで死ぬより、誰かの役に立って死ぬ方が余程いい」


 少し明るく誤魔化し言うと、アキはなぜか真顔で拓を見据えた。


「なんだよ……怖い顔して」


 睨まれているわけではないが、なんだか心を覗かれているような気がして拓は恐る恐るアキに訊く。


「ううん、なんでもない」


 アキはすっと笑顔を作る。


「ありがとう、拓……これから一年よろしくね」


 右手を差し出され、拓は変に感じながらもその手に自分の手を重ねた。

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