4話 余命宣告

「わたし……10年後の未来からタイムスリップしてきたの」


 相変わらず彼女はベッドの上で足組した状態のまま、その言葉を唐突に投げ掛けた。それを聞いた拓は椅子に座りながら呆けた表情をアキに向ける。それ以外の反応の仕方しか出来なかった。


「えっと……未来?」


「そう、未来から来たの」


 彼女の顔は至って真剣だ。しかし、そんな突拍子もない事を突然言われてもすぐに信用する人などこの世にはいない。


「悪い。話を最後まで聞けって言われたけど……そんなの信じるわけないだろ。どんなに科学が発達したからって、現実的にタイムスリップなんて非現実的すぎる。なんかの漫画や映画じゃあるまいし」


「10年後、それが開発されたのよ」


「そんなのが出来てたら今頃この街に未来人が溢れてるだろ」


「馬鹿ね。誰もがタイムマシーンを使えるわけじゃないんだから当たり前じゃない! そんな簡単にみんなが使えたら世界が混乱しちゃうわ」


 それはごもっともと拓は頷く。


「なら、その貴重なタイムマシーンに乗って……どうして、知り合いでもない俺の家に来たんだよ。どう考えたっておかしな話じゃないか? 俺たちには接点なんて何もないのに」


「接点があるから拓に会いに来たのよ」


「アホらしい……俺と10年後の君に接点なんてあり得ない」


「どうしてそう断言できるの? あなたに未来は見えないでしょ? 嘘をついている証拠はないわ」


「証拠なんてなくても俺には分かるんだよ」


 拓は声のトーンを落としてアキに告げた。


「なぜ分かるの?」


「未来人なら言わなくても理由は分かるはずだろ?」


 その問いにアキは無言で返した。


(やっぱり答えられるはずないよな……)


 彼女が本当に未来から来た人間で、拓と接点のある人間であるならば、知らない筈はない。


(そもそも俺は10年後存在していないんだ)


 医者から言われた自分の命のタイムリミットを知る人物はふたりだけ。拓自身と年老いた母のみ。あと一年しか生きられない拓がアキと出会うことはないだろう。そもそも、未来から来たという彼女が拓と同い年なら、今の時代で生きている彼女は小学生ぐらいということになる。そんな子供と知り合うなんて場面は記憶を掘り起こしても思い当たらない。まだ出会っていないだけだとしても、10年も記憶に残るような出会いをするとは思えなかった。

 拓はまだ黙ったままでいるアキに静かに告げた。


「もういいだろ? 今出て行くなら警察も呼ばないから」


「勝手に終わらさないでくれない?」


 ようやく追い払えると安堵していた拓にアキの強気な声が響く。


「最後まで話を聞く……それが約束でしょ?」


「いや、そうは言ったけど」


 はじめそう約束してしまったのは自分。数秒前の自分の発言を少し後悔した。


「なら、これでどう?」


 彼女は背中に何かを隠していたのか、片手を後ろに回す。そして、ベッドから立ち上がり拓へと一気に迫ってきた。もしかしたら武器で脅すという強硬手段に出たのかと思い、拓は身構え、思わず強く目を瞑る。だが、いくら待っても痛みや物音がしない。恐る恐る瞼を開く。


「これ見て」


 アキの手には武器ではなく、小さな紙切れが握られていた。それも、古びた新聞の切り抜きだ。差し出されたそれを拓は躊躇い気味に受け取り、言われるがまま目を通す。


【爆破テロ!? 突然ビルが爆発……200人死傷!!】


 でかでか強調されたタイトルとともに、爆発の瞬間を収めたノモクロ写真が載せられていた。そして左上に小さく記載された日付に目が行く。彼女が10年後の未来から来たと言い張っているのにもかかわらず、その日付は一年後の7月23日となっていた。

 頭の中で疑問が過るも、拓は記事の内容に目を通す。

 何者かがビルを爆発。タイトルに爆破テロとは書かれているが、脅迫状や予告状がない突然の騒動からテロの因果関係は不明と疑問視する文が書かれてあった。そして、何も警戒していない真昼間の出来事だったために多くの犠牲者が出ていること、まだ生存しているのか分からない行方不明者も多く、被害は未知だと、そこで記事は終わっていた。


 読み終えた拓は暫し考えた。

 確かにこれは重大な事件だ。これが自分を騙すためにだけ作り上げられた偽物の記事だとしたら手が込み過ぎている気がする。何の面識もない彼女が自分にそこまでする理由が全く浮かばなかった。

 だがしかしだ。疑問がないわけじゃない。逆に記事を読んでより彼女に対しての不信感が深まった。

 それを解消するべく、拓は改めてアキを見据え質問を投げた。


「アキが事実だけを俺に言ってると仮定して質問は大きく分けて三つある。ひとつはどうして10年後の未来から来たと言いながら、この記事が一年後のものなのか。十年後のことが分かるものを差し出せば信用性は上がる。ふたつめ、敢えてこの記事を見せたかったのだとしたら……その理由は何なのか。みっつ、君が俺に会いに来た理由とこの記事には何か関係性があるのかだ」


 この三つを答えなければ、このアキと名乗る彼女は嘘をついていることになる。そもそも、フルネームを名乗らない時点で怪しさが漂っていた。もしかしたら“アキ”というのも偽名かもしれない。そう考えれば、嘘ばかりを並べるのにも限界は来る。

 それを見越し、拓はわざと挑発するように、


「答えられないなら俺の前から消えてくれ……警察沙汰にされて困るのは君なんだから」


 強気で言った。これで観念して嘘を認めるかどうかは二の次で、この家から出て行くことを選ぶに違いないこと拓は確信していた。

 しかし、拓の予想はあっさり裏切られてしまう。


「拓はせっかちなのね。さっきから最後まで聞いてとわたしは言ってるのに、まるで話せないことを前提に話を進めるんだから……でもいいわ。まどろっこしい言い回しがいけなかったのね――」


 アキはまたベッドに座ると、怖いぐらいに真剣な眼差しを向けた。

 その刹那、胸がざわざわと騒ぎ出す。


「“ドリーム・レボリューションズ”という製薬会社のビルが突然一年後、何者かに爆破された……その犠牲者の中のひとりが」


 アキが真っ直ぐこちらを見据える。拓はその目で何を言いたいのか瞬時に感じ取ってしまった。


「俺なのか?」


 アキが言う前に拓は呟くように訊く。その問い掛けにアキは少し驚いたように目を見開くが、肯定を示すように小さく頷いた。


「……そう、あなたは一年後に死ぬの」


 一気に全身から力が抜けていくのを感じながら、拓はもう一度手元にある新聞記事を眺めた。


「そうか、俺……この日に死ぬのか」


 力なく呟いた拓の言葉に、アキは反応するように眉を上げた。いきなり余命宣告を受けた筈なのに、ショックを受けているような面持ちではなく、どこか安堵しているように見受けられたからだ。そんな拓の予想反する反応にアキは戸惑った。

 すると、拓は小さく微笑んでアキを見つめる。


「分かった。アキ……君を信じるよ」


 拓の瞳は不安に揺らぐことなく、ただ真っ直ぐ彼女を映していた。

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