第6話 『記憶』
夢が覚めた。
「何を今更……」
俺が、中村洋介に恋していることを、認めたくなかった。
中村洋介は、俺のクラスメートで小学生の頃に助けてくれた、だけで良かったのに。そんな余計なことに気づく必要なんてなかったのに。
「でも……あいつは」
きっと、俺のことなんて好きなんかじゃない。だって、助けてくれたのにお礼すら言わず、中村洋介がいじめられていたのを見てみぬふりをした。
中村洋介はきっと俺のことを恨んでいるだろう。
「俺は……最低だ」
俺は中村洋介のことが、好きだ。でも、そんな気持ちを知られるわけにはいかない。
もし、俺が中村洋介に告白したらきっとあいつを困らせることになるし、そもそも、
『は?お前が俺のことが好き?寝言は寝て言え』なんて、言われるに決まっている。
だから、俺はこの気持ちを隠し続ける。
いつか、中村洋介が俺以外の誰かと恋をして結ばれて幸せになる日まで……
△▼△▼
あれから数日が経った。中村洋介は笹川みのりに告白したらしい。
俺は、その噂を聞いた時、嬉しいのにどこか悲しい気持ちになった。
笹川みのりと中村洋介が付き合ったという噂は瞬く間に学校中に広まった。
中村洋介は、笹川みのりと付き合うことになって、幸せそうだった。そんな2人を見るのが辛かった。だから、中村洋介を避けた。
まぁ、そもそも、中村洋介に挨拶する程度の仲の俺が避けたところで気にも止められてない訳だが……
「天野くん……」
久しぶりの声がした。その声の主は――
「………み、三嶋さん…?」
今更彼女が、俺に声を掛ける理由が分からなかった。相変わらず、美しい顔立ちをしている。だからこそ、分からない。……何故、彼女は、俺に話しかけたのだろう。
何故、彼女は俺なんか選んだのだろう。……俺は、彼女のことを傷付けたのに。
「俺に用ですか」
「うん、天野くん。私ね、ずっと考えてたの。天野くんは……私のこと好きじゃないって分かってる。でも、それでも私は――」
「何ですか。好きだと言うのですか?」
バカみたいだ。あんな風に逃げた俺のことを好きになんてなるはずがないのに。
俺は彼女のことを傷つけたのに。それでも、好きだって言ってくれるのか……?
それなら、何って都合のいい女なのだろう。俺が作った、俺を守るための都合のいい女、だと言われても一切違和感はない。
でも、紛れもなく彼女は本物。俺が作った都合のいい存在ではなく、本物だ。ちゃんと、歩いて動いて生きている。
「私ね、貴方に助けられたの。貴方は全く覚えてないって言ったけど、私はずっと覚えてる。私はそのお礼が言えないことをずっと気にしてたの」
知らない。そんな記憶はない。俺がそんなことをする訳がない。
だって、俺は――。
「俺はそんなことする度胸なんてないです。だから人違いですよ」
「ううん、人違いなんかじゃない。私、覚えてるよ。天野くんが私を守ってくれたこと」
彼女は、俺のことを真っ直ぐ見つめてそう言った。その目は真剣で嘘偽りのない目だった。
「……嘘、だ」
「嘘じゃない。私は、ちゃんと覚えてる。忘れたりしない」
「でも、俺は……」
「……天野くんは、私のヒーローだったんだよ。強くて優しい男の子だったの」
俺が、彼女のヒーロー?そんな訳ない。だって俺は……弱いから。強くなんてないから。だから――。
「俺は……そんな人間じゃない」
「ううん、天野くんはそんな人だよ。」
断言するように、彼女はそう言った。
彼女の目は、まっすぐで真剣そのものだった。嘘を付いているようには見えない。でも、それでも俺は……
「……俺は……そんな人間じゃない。だって!俺は……弱い上に、卑怯者だから!」
ずっと、思っていた。俺は……卑怯者だ。自分の保身のために中村洋介を傷付けた。
「その上、俺は覚えてない。俺が三嶋さんを助けた記憶なんて……俺にはない!」
「それは……」
ずっと思っていた。俺には三嶋さんを助けた記憶なんて一切ない。だから、彼女に好かれる理由が全く分からなかった。
どうして、俺に好きだなんて言うのか……俺には分からない。
「俺は三嶋さんを助けた記憶なんてない。だから、やっぱり人違い――」
「人違いなんかじゃない!私は……覚えてるの!だって、私……ずっと見てたから。天野くんが私を助けてくれたこと」
わからない。俺には、三嶋さんが言っていることが分からない。だって、俺は……そんな記憶はない。
だから、きっと人違いだ。でも、彼女は俺が三嶋さんを助けたという。
「……本当に覚えてないの?天野くん」
「覚えてない……です。俺は、三嶋さんを助けた記憶なんてないです……ごめんなさい」
彼女に謝ることしか出来なかった。だって本当に三嶋さんを助けた記憶がないから。でも、彼女は……
俺の目を真っ直ぐ見て言った。
「じゃあ、私が思い出してあげる」
そう言いながら、彼女は俺の手を握った。
「は?!いや、ちょっと、三嶋さん……?!」
俺の声は聞こえていないかの様に、彼女はズンズンと俺の手を引っ張って行った。
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