第24話 地下回廊1:レベル99+

 図書館でうろうろしていたら、本からゲートが生まれて、流れでその中に突入しちゃった少女たち。

 本好きスミカと、その友人のニケ。美幼女レインと、司書見習いのリチル。この四人である。


「ふぅん。見た感じ坑道、地下道、あるいは地下回廊ってとこかしら。ダンジョンって規模ではないようね」

 周囲の状況を確かめながらレインがつぶやいた。

 今四人がいるところは、袋小路の行き止まり部分だった。床には、多少欠けやヒビがあるが、レンガが敷きつめられている。歩くのに問題はないようだ。

 周囲の壁は、レンガだったり木材だったり石材だったり様々だが、それらを利用して支えた頑丈なつくりだ。天井に向かって弧を描くような形になっていて、それなりに高さもある。なので地下道といっても意外に閉塞感は少ない。

 そして奥を見ると、薄暗い通路がずーっと伸びていた。窓は見当たらないが、かがり火に似た照明が等間隔で続いていて、ゆらゆらと揺れている。そのさらに奥は——とろんとした、ぬばたまのような暗がりに沈んでいた。


「私たちが入ってきたゲートは……この行き止まりのところだったのでしょうか。消えてますね。脱出はクリアしないとダメってことかもしれません……」

 壁に触れながらリチルが言った。


「わくわく、わくわくっ」

 ニケは新たな冒険の予感にみなぎっているようだ。

「へぇ〜、ここが……。ふぅ〜ん」

 スミカがものめずらしそうにあたりを見まわしていると、リチルが声をかけてきた。

「スミカさんは、何かクエストやイベントをやったことは……?」

「あ、いえ、初めてで。というかログイン二日目なんだけど……」

「それでこんなレアそうなイベントに遭遇するとか……。スミカさん、人では……?」

「どうかなあ……」


「そのブレスレット効果じゃない? チュートリアルの森でつくってもらったやつ」

 ニケの指摘に、スミカは自分の手首を見た。チュートリアルちゃんにつくってもらった〈幸運のブレスレット〉だ。

「そうかなあ……。でもこれって効果は直感力? がちょっと上がるくらいだったような」

 レインものぞき込んできた。

「あら? おしゃれじゃないの。もしかしたら、それで秘密の入口を見つけられたのかもね。やるじゃない」

 そんな感じで雑談していると、再びAIによるアナウンスが聞こえてきた。


 ――四名をパーティメンバーと認識します。

 ――本イベントの達成条件はボスの撃破。

 ――ただし今回一回のみの限定挑戦です。再挑戦は不可。


「あら、シビアじゃないの」

 美幼女レインちゃんは余裕の口ぶり。

「腕がなるぜー」

「ふんふんっ……」

 ニケとリチルも慣れた様子だ。


 ――パーティの習熟度を計測、能力偏差値スコアを算出し、換算、……エリア内の構成を規定フィックスします。

 ――解析中……、……。……解析完了。

 ――当パーティの、本イベントにおけるクリア難易度は、レベル99プラスです。それではご武運を。


「「「は!?」」」

 ここでスミカ以外の三人から驚きの声があがった。


「ちょっと待って!?」

「そういえばゲートに入るときに難易度レベルの提示がなかったですね……。うかつでした……」

 ニケとリチルがとまどっている。

「くっそ!! 後出しとかっ!?」

 レインは悪態をついている……。


「レベルきゅうじゅうきゅうプラス? どういうこと……?」

 よくわからないスミカがたずねると、

「激ムズ」

「ワンチャンクリアできないこともないかもってくらいですね……」

「簡単にいうとクソゲーってことね」

 ニケ、リチル、レインがそれぞれ似たような嘆きを伝えてきた。


「敵さんがめちゃくちゃ強いってこと……なのかな?」

「強いのは強いんだけど――強さの質が違うって感じだよ」

「WBCでは、挑戦するプレイヤーのランクなどにあわせて相手の強さが調整される場合があります……。今回もそういう仕組みです。だから倒せない、ということはないのですが……」

「たとえば相手のHPが無限にあってお手上げとか、防御が完全無敵でどうにもならない、ってことにはならないわけなのね。でも気づきにくい妙なギミックがあったり、初見殺しで全滅させられて何度も挑戦する必要があったりするんだけど。再挑戦不可でレベル99+とか! くっそ!」

 美幼女レインちゃんが口汚くののしった。

「なるほど……」

 なんとなくわかってきた。たぶん「クリアできるように設定はされているんだけど、クリアできるとは言ってない」みたいな感じなのだろう、とスミカは思う。


「だ、だいじょうぶ、かなぁ……」

 不安になっていると――カチャリ……カチャリ……カツーン、カツーンンン……。

 通路の奥、暗がりの奥から、不気味な物音が聞こえてきた。



 ◇



 細長い通路の奥、光の届かない暗がりから複数の足音。

 硬質な音を響かせて、何かが迫ってくる。

「「「っ!」」」

 すかさずスミカ以外の三人が臨戦態勢にはいった。

「「「〈魔術衣装いそう〉!」」」

 三人の出で立ちが、ローブに帽子の魔法使い然とした姿に変化した。レインにいたっては魔法使いの杖も用意している。

「そういえばまだみんなの魔法職カテゴリを聞いてなかったわね。私は読み手リーデルだけど」

 レインが確認をとった。

書き手ライテルだよー」

「私もライテルです……」

 ニケとリチルは同業者のようだ。

「わ、私はリーデル? です……っ!」

 まだ自称するには自信がないスミカちゃんである。

「あれ? リーデル、ライテル二人ずつ? かたよりすぎてない……?」

 そしてニケがとまどっていた。

 それぞれが、ちらりと視線を交わしあっている。


(魔法職カテゴリ……あとは話し手スピーケル聞き手リスネルだよね? 私が知ってるスピーケルはシズキさん、リスネルはココネさん。でも今から二人を呼んでくるわけにもいかないし。もしかして、いろんなカテゴリの人たちがいないと都合が悪いのかな……)


「まあいいわ。さすがに高難易度で単職パは無理でしょうけど、二職パーティはそこそこあるし。これでいっちゃうわよっ! というか、これしかないけど!」

 レインが発破をかけた。

「おーっ」

「おー……」

「ぉ、おぅ……?」

 ニケ、リチル、スミカの応答。微妙にニュアンスの色がことなる。


「って、あれ? スミカお着替えお着替え!」

「えっ!? あー、そっか。変身かぁ」

 スミカはうっかりした、という顔だ。しかし、

「えー、でも……」

「何モジモジしてるんだよ!? もしかして衣装いそうできない?」

「そんなんじゃないんだけど……」

「……?」

「ねぇ。変身って、もっとこう、呪文を唱えて、キラキラ〜ってした光に包まれながらやるほうがかわいいと思うんだけど……」

「「「……」」」

 三人絶句……。

 そして三人ともニヤリ。悪い顔である。

「まあ? それもできなくもないわね?」

「そうですね……。できなくもないです。誰もが通る道です……」

「わたしもやっちゃったことあるしなー」

「……??」

 レイン、リチル、ニケがうなずいている意味が、スミカにはわからない。


 するとニケが、スミカの肩をガッシとつかんだ。ついでにスミカの体を上から下まで舐めまわすように見まわしている。

「あのねスミカ。そういう変身はできなくもない。できなくもないんだよ。そしてやってみたくなるのもわかる。すごーくわかる。でもね……そうするとね、変身バンクに入ることになる……。バンクに入っているときは無防備になるんだよね」

「そっか……それはあぶないね……」

「いやそれはたいしたことないんだよね。だいたいモンスターも待ってくれるし」

「待ってくれるの!?」

 スミカは目を見開いた。


「はい……。待ってくれます。待ってはくれるのですが……」

「よだれたらしながらね……」

 リチルとレインが光を失った瞳でつぶやいている……。

「よだれ!?」

 スミカはわけがわからない。

 するとリチルもガッシとスミカの肩をつかんだ。そして舐めまわすように――以下略。

「あのですね……スミカさん……」

「ひゃ、ひゃぃ!?」

「変身バンクを利用して変身するということは、今着ている衣装が消えるということです。もちろんその間、私たちの体は光に包まれています。けれど光につつまれているとはいえ、体型――というか体のラインが全部出てしまうのです。丸出しなのです……」

「まる……だし……っ!?」

「そうなのです……。いってみれば全裸で強い光をあびて、白飛びしているだけの痴女状態が一定時間続くわけです。それを外から『ぐへへへ……』と眺められるわけで……」

「あっ……あぁぁぁぁっ!?」

 スミカも理解してきた。


 そしてパーティの最前列に立って杖を構えながら、レインが話を引きとった。

「しかもねぇ、そのあと魔法使いの衣装が手足の末端から少しずつ作られていくのよねぇ。まるで私たちの体の線を舐めるように、じっくりと、ねっとりと。パッと変わっても問題ないのに……。まったく、これつくったやつどうかしてるわよ。どんな趣味してるんだか――って来たわよ! スケルトン! スミカちゃんはひとまず衣装いそう! 通常状態でダメージ受けると即死もあるから!」

「は、はいっ! 〈衣装いそう〉!」

 スミカのスワイプ!

 一瞬で衣装完了!

 これで四人全員が魔法使いになった。


 前方からはスケルトンの群体だ。

 剣と盾で武装し、ややガニ股でカッチャカッチャと迫りくる。


(うわぁ、ほんとにスケルトンだ。戦闘かあ、どうなるんだろ……)


「ところでみんなのランクはどのくらいかしら?」

 レインの質問にニケとリチルは、

「わたしはG」

「私はFです……」

「……何よ。二人とも大っきいのね。うらやましい」

「――そのネタいいから」

「――そのネタいいですから……」

 ニケとリチルが同時につっこんだ。

「わ、私は……!」

 Hなランクのスミカちゃんだが、「私はエッチです!」とは言いづらいお年ごろだ。

「「「……」」」

 他の三人からの「わかってる、みなまで言うな」の顔……。

「う、うぅぅ……」

 もうスミカは泣きたくなってきた……。


「まあそれならね? ここは私にまかせなさい。ランクEのリーデル、レインさまの実力、とくとご覧あれってね!」

「「「おおーっ」」」

 急にテンションの上がってきたレインの気配が変わった。

 小さな美幼女の周囲に魔力が集積していく。

「ふふん、〈天気予報をしてあげるわ、白骨兵士スケルトンさんたち〉!」

 いや、屋内の通路にいるのに天気予報も何もないんじゃない!? と思った人もいたが、あえて何も言わない。詠唱の一環なのだろう。

「〈――そして激しい、激しい、激しい、激しい! 激しい雨がおまえたちに降りそそぐだろうAnd It's A Hard Raiiiiiiiiiiiiiiiin's A-Gonna Fall〉!!」


 迫るスケルトンたちの頭上に、にわかに暗雲がたなびいた。そこに蓄えられていくのは雨粒だ。雨粒が育っていく。ただしそれはふつうの雨ではなくて、魔力のこもった水魔法。それらの粒はやがて飽和し、重さをもって、スケルトンたちに降りそそぐ! そう、それはまるで激しい雨のように――え? 細かな雨がシャワーっと降っているだけ……?

「あら?」

 レインが仕掛けた魔法は、なぜかシャワーくらいの水量しかなかった! それを浴びたスケルトンさんたちも気持ちよさそうな顔で前進してくる!


「「「なっ!?」」」

 驚くスミカたち。そしてレインが絶望的な声をあげた。

「何よ……魔力効率がここまで悪いなんて聞いてないわよぉ……。うぁぁ……」

 極端なアバター変更の弊害へいがいだ。

 ここでまずいことに、レインにスキができた。


 ヒュッ――距離をつめてきた一体のスケルトンが、斜め上から袈裟けさ斬りに剣をふるう!

「――ひっ」

 思わずスミカは目を閉じた。

 ガキンッッ!

 何かを防いだ音に目を開けると……。

「いよっと!」

 前に出たニケが手を突き出し、手のひらで受け止めている――と思いきや、手のひらには魔法陣が浮かびあがっていた。どうやら防御的な魔法で攻撃を防いだらしい。そして叫んだ。

「リチルちゃん!」

「了解です……。〈風圧Wind Pressure〉!」

 同じく前に出たリチルがくうに文字を書く。風魔法だ。強烈な圧力の風がブワッと放たれ、スケルトンを吹き飛ば――ふょょ〜〜……。


「あれっ……?」

 なんと! リチルちゃんが繰り出した風が、スケルトンのスカスカの骨の間をすり抜けていってしまった!


 ズァッ――二体目スケルトンの振り上げた剣が襲いかかる!

 ガッキィンッ!

「ふん、ぬぬぬっ!!」

 それをニケのもう片方の手が受け止めた! そして叫んだ!

「ど〜〜〜すんの、これぇぇっ!」


「あー……。リチルちゃん、風魔法よりも土魔法のほうがいいかもね。物理的にぶつける感じで」

 スミカのそばまで後退したレインがアドバイスした。

「なるほどです……。〈石の弾Gravel Bullet〉!」

 水平に飛んだ小石がマシンガンのごとく叩きつけた。しかしいくらかは骨のすき間からすり抜けていくようだ。

「ではもっと大きいのです……? じゃあ……、ん〜、ん〜、でもこの魔法名ちょっとダサくて……」

「はやくしてぇ〜〜」

 ニケの悲鳴。

「了解です……。〈ロックな球Rock'n'Ball〉!」

 今度は大当たりだった。ガシガシと命中した岩球がスケルトンたちを打ち砕いていく。

 そしてそのまま、その場のスケルトンたちをすべて砕いてしまった。

 戦闘終了である。


「いやあ、まいったまいった」

「ふぅ、あぶなかったです……」

 ニケとリチルが一息ついた。

「あれ? もしかして私、役立たず……?」

 レインは落ちこんでいる……。

「おぉぉ……」

 スミカはただただ感嘆していた。

 それから、ニケやリチルたちのようなライテルの詠唱にはシンプルなものが多い、ということにもスミカは気づいた。

(手で書かなきゃならないからかな? レインちゃんのさっきの詠唱はかっこよかったな。あんな感じなのやってみたいなあ……)

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