第25話 地下回廊2:宝箱のある部屋

 対スケルトンの初戦をクリアし、地下回廊の探検に乗り出したスミカたち四人。

 それからもときおり、わちゃわちゃと出没するスケルトンたちを倒して進んでいった。

 道中、ニケとリチルで書き手ライテル談義も行われた。

「あれ……? ニケさんの魔法って、ふつうより発動がはやくないですか……?」

「おっと、気づかれたかー。実はね、画数の少ない簡易文字を使えばね、ちょっぴりはやくてるんだよ。その分威力は落ちるんだけどね。逆に旧字? みたいな難しい字を使えば威力アップ!」

「なんと……! それは初耳です。お詳しい……」

「えへへ、わたしも知らなかったんだけどね。シズキさんって人がつくった本の中に書いてあって――」

「シズキさん……? もしかしてときどき中央広場でアクセサリーを売っている人……?」

「そうそう! その人!」

「なるほど……。意外なところから意外な情報が。あと威力アップですが単純に詠唱を組みあわせてもいいかと……」

「ほうほう、たとえば?」

「カクカク、シカジカ……」

「ふんふん、なるほど、シカり」

 みたいな会話である。


 それからスミカには、簡単なバトルレクチャーが開催された。

「スミカ、いいかな? よくあるゲームと同じように、この世界にもHP/MPの考えが一応あります。けれどかなりおおざっぱです」

「おおざっぱ」

 スミカの復唱。

「HPはおおよそこの魔法使いの服があれば、と思っていいよ。あとはふつうの服のときにダメージを受けると、当たりどころによっては即死判定されるときもあるから。そこは気をつけてね」

「即死……(ぶるぶる)」

「あとMPはね、気合!」

「き、気合……」


 続いてリチルが説明を引き取った。

「それでは私からもダメージの解説をば……」

 言いながら彼女は、スケルトンの前にわざと突出した。すると当然スケルトンの斬撃!

「ぐふぅ……!?」

「リチルちゃんっ!? ……あれ?」

 しかしリチルの身体からはブシュウゥッと血が吹き出ることもなく、平然としている。魔法使いの服が多少ボロくなった程度だ。

「……とまあこんなふうに、切られたからといってその箇所に傷ができるわけではありません。ざっくり言うと、ゲーム的なダメージを広く浅く受ける感じでしょうか……」

「なるほどー」

「範囲攻撃みたいなので体全身に受けても似たようになります。とりあえず服が破れて……肌が見えて……露出面積が大きくなっていって……あとはわかるよな? 的な感じです……」

「な、なるほどー……」

 エッチな感じになるわけだ。


 そしてレインも補足した。

「あとは回復かしら。ヒールかけてもいいけど、余裕があるなら放置でもいいわよ」

「放置!?」

「空気中に魔素があれば、ちょっとずつ自然回復していくわね。ボロボロのまま回復できなくて詰んだってことには、まずならないから安心していいわよ」

「よかったぁ〜」

 スミカが安心していると、リチルがまぜっかえしてきた。

「でも今後、魔素のないエリアが実装されるかもっていううわさもありますよね……」

「あー、それわたしも聞いたことある。スリップダメージだっけ? それでじわじわ削られていくかもって話もあるよね」

 とニケもうなずきつつ、すぐそこにわざと一体だけ残したスケルトンを示して、ニヤリと笑った。

「はい。じゃあスミカ、倒してみて?」

「う、うぇぇ〜っ……」

 という感じでスミカの戦闘訓練も並行して行いながら、歩を進めていった。


 今回は、通常とは違ってかなりイレギュラーなイベントらしい。今できること、できないことの検証もしていく。

「うーん、マップが作れない? フロアの全体表示がないのはありがちだけど、通ったところのオートマップもできないわね……というかマップ機能そのものがリジェクトされてる……」

 ウィンドウをあれこれ試しながらレインがボヤいた。

「それはなんとかなるよー。物理的にメモってるから」

 見ると、ニケの手にはスケッチブックと鉛筆が握られていた。


(あ、あのスケッチブックは……! あれ? 昨日のとは違うかも。今日のは小っちゃい)

 昨日、カフェで読書中のスミカをスケッチしたものとは別のスケッチブックのようだ。けれどちょっとだけあの絵——読書中のスミカを描いた絵を思い出して、胸がドキドキしてしまった。スミカにとって、あの出来事はそれほど衝撃的だったのだ。


「おー……。よいですよね。紙とペン。私も持ってます……」

 リチルも同じようにメモ帳とペンを取り出す。

「おっ。万年筆じゃーん」

「ふっふっふ……、これはイタリアのア◯ロラというメーカーのものでしてサリサリ〜っとした独特の書き味が特徴です、クセになります、はい、そして雑に速記してもペン先がきっちりついてきてくれる有能でかわいいヤツなのです、ちなみにこのペンの最大の特徴はリザーブタンクというギミックが組みこまれていることで、万が一インクが切れても内部で別に格納されているインクを追加で送り出すことが可能となっていて、なんとさらにA4一から二枚分の筆記をサポートするという画期的なシステムが搭載されており――」

 急に早口になったリチルのヲタトークが止まらない。


「――あら。あそこ、部屋があるわね」

「「「っ!!」」」

 レインの発言にみなの注意が前方に集まった。通路の先、扉のない、ぽっかりと開いた部屋である。

 入口のところから、そ〜っとのぞき込む。一番上がなぜか小柄なニケ、その下にちょっとしゃがんでリチル、さらにしゃがんでスミカ、最後にレインの順番で鈴なりになっていた。なので逆に室内からだと、四つの生首がなかよく縦に並んで見えることだろう。

 ガランとした部屋だ。

 それほど大きな部屋ではないが、小さいわけでもない。学校の教室程度の広さだろうか。その最奥のくぼみに――

「(宝箱だ)」

「(宝箱ですね……)」

「(おぉぉ)」

「(でもそばにスケルトンが一匹……一体? まあどうでもいいわ。骨が赤っぽいどう色よ。たぶんさっきの白いやつらより強いはず)」


 室内の上下左右も確認する。

 天井の中央付近。そこには不自然な感じで骨がぶら下がっていた。いかにも怪しい。

 そして部屋の左右両角にも、骨が少々散らばっている。これも怪しい。

 どうする? と顔を見あわせた。

「(正攻法で攻めてもいいかもだけど。他に案がある人?)」

 小声でのニケの問いかけに、リチルが応じる。

「(そうですね……スミカさんの変身バンクを魅せつけて、透け透けのあられもない姿にスケルトンがよだれをたらしている間に宝箱をかっさらう……とかどうでしょう?)」

「(なっ……なっ……なっ!?)」

「(まあ冗談はともかくとして、スミカちゃんの実力も知りたいところよね?)」

 最後のレインの案に、他の二人が賛同の意を表した。

 三人の視線がスミカに集中する。


(う……。これって私一人でやる展開?)

 ということで今回はスミカ一人で挑戦することになってしまった……。



 ◇



「こ、こんにちは〜?」

 おそるおそる室内に足を踏み入れる新人魔法使い。

「ギ……」

 しかし宝箱近くの赤銅色のスケルトンは動かない。スミカの存在を認識してはいるようだが、今のところ襲ってくる気配はない。

「(なるほどなるほど)」

「(まあそうですよね……)」

「(煽ったら攻めてくるかしら?)」

 ニケ、リチル、レインは入口のところで観察しながら策略を練っていた。

「(煽るならお尻ペンペンとかどうかな?)」

「(いえ、ここはお色気ポーズでチラリズム……)」

「(さっきから思ってたけど、リチルちゃん意外にむっつりよねぇ?)」

 三人は攻略方法について検討しているはず……。真剣に検討している、はずだ……!


(うう……全部聞こえてるんだけどぉ!)

 スミカは立場上、大きな声は出しづらい。

 そして部屋の中央付近に進んだところで動きがあった。

 ――カラン……。

 頭上で音。

 パッと見上げると、二体の白色スケルトンが飛び降りてきた!

「おぉっ……と!」

 初撃をかわし、

「〈硬い本ソリッドブック〉!」

 薄い……もとい硬い本を手に、振り回し、物理で殴る! 

 カシャーン! と骨が砕け、スケルトンはお亡くなりになった。返す本でもう一体にも一撃!

 カシャーン!

「(スミカが持ってるの、あれ……何?)」

「(本に見えますね……)」

「(まさか魔法でつくった……本?)」

 観戦者たちにもアレが何かよくわからない代物しろものだ。


 続いて――カラン……と今度は部屋の左右から同時に音。

 さっと見渡すと、地面に転がっていた骨が浮き上がり、組み上がり、髑髏しゃれこうべのカラカラと笑うスケルトンが形成されていく。

 そしてその場で踏ん張り、キリ……キリ……キリ……。弓を引き絞る音。どちらも弓使いだ。

 ここに至って入り口の三人が動いた。

「行きます……!」

「リチルちゃんそっちは頼んだ! ニケちゃんはスミカちゃんのサポートをお願い!」

「オッケ!」

 ニケがまっすぐ飛び出し、リチルとレインが弓使いの対応に分散した。


 レインはまだアバターが体になじんでいない。

「けど、足止めくらいはできるのよ……と! 〈ほのおブレイズ〉!」

 シンプルな詠唱により、小さな火炎弾が切れ目なくスケルトンを襲う。

「ギ……ギ……!」

 弓スケルトンは集中力をそがれて的が定まらない。

 間髪を入れずレインは杖を振り上げた。

「〈打ち杖、杖打ちロッド・アターーーック〉!」

 ぐにん、と杖が力強くしなり、パリン、ガシャン! スケルトンの頭蓋を砕いた!

「よしっ、おっとっとっと!?」

 そのまま勢い余って前のめりに倒れたレインちゃんだ。けれどきっちり仕事は果たした!


 反対側の弓兵の対応に出ているリチルは、

「狙いは変わらずスミカさん……まずはこちらに注意を引きつけて……〈明滅ブリンク〉」

 チラチラと妨害の光がスケルトンの注意を削ぐ。

「ギッ……!」

 イラッとしたスケルトンの顔がこちらに向いたところで、

「〈ロックな球Rock'n'Ball〉……!」

 再びの岩球が粉砕した。

「ふぅ……。もっといいネーミングを考えないとですね……」

 こちらも危なげなく勝利に終わった。


 そして残るは宝箱の守護者だ。

「ギ……」

 赤銅色のスケルトンは、一般の白色体よりも落ち着いた雰囲気を帯びている。いいかえれば強者のすごみを持ちあわせていた。

「うーん、強そう……」

 スミカはすでに及び腰になっている。

「でもまあ、ヤツが持ってるのは剣だけだし、ね? 攻撃範囲は、ね? そしてわたしたちは魔法使いだし」

 ニケが攻略方法をほのめかす。近距離だけの剣と、距離をたもてる魔法との差である。

「あ、なるほどー」

「ほいじゃースミカ、行くよーっ」

「うん」

 二人そろって魔法の準備。

「…………ギ?」

 いろいろ察してしまって、赤銅色の骨の血の気が引いて青白くなっているが、時すでに遅し。

「ギーーーーーーーッッ!!」

 その後、魔法弾の集中砲火をあびたスケルトンの断末魔がその部屋からあふれだしたのだった……。



 ◇



「さ〜て、宝箱の状態はどうかな〜?」

 ニケが手を出そうとしているが、

「ミミックということも……」

 宝箱型モンスターの可能性を指摘するリチルの言葉に、「おおっと?」と手を引っこめている。

「だいじょうぶだと思うけど」

 レインが杖で叩くと、コーン! 小気味良い音がした。

「ここはスミカちゃんに開けてもらいたいわね。開け方もおぼえられるし」

「なるほど」

「そうですね……」

 レインの提案に、他の二人も同意の表情だ。

 スミカは「え、私?」ととまどったが、宝箱の開け方はマスターしておきたい。教わりながら解錠を試みる。

 まずは手をかざし、〈解錠〉の術式を発動。

 そのまま開くケースもあるが、なんらかのロックがかかっていることもある。パズル的なギミックがあることもある。……もちろんミミックに襲われることもある。

 今回は特に何事も起こらず、無事宝箱は開いた。

 そして肝心の中身は――


「じゅ、じゅうまんG!?」

 まずは10万Gである。日本円にしておよそ10万円。

「大金だ……これはみんなで山分けして……」

 とスミカがぶつぶつ言っていると、

「あー、それはスミカが取っておいていいと思うんだけど」

「そうですね……」

「問題ないわね」

 三人はお金には興味ない様子だ。

「いいの!?」

 三人とも、うんうんとうなずいている。

 ということで、10万Gはすべてスミカの取り分となった。

(じゅうまん……じゅうまん……本が何冊買えるんだろう……)

 天にも昇る心地で頭の中がぐるぐるする。その間に、

「お。龍の骨のかけらじゃーん!」

「こちらは魔鉱石……。等級もなかなかよいものが……」

「これは宝石? まあ商業ギルド行きかしらね」

 他の三人は素材方面に興味があるようだった。

 実際、素材をアイテム作成に使ったり、ギルドで引きとってもらったり、換金してもらった方が効率がよかったりする。

 初心者スミカさんは現ナマにほくほくし、手慣れた三人は良質の素材にえびす顔。両者ウィンウィンの状態だ。


 それからも先へ進んでいった。

 ときおり道が枝分かれするが、そこまで深くはならない。そこそこ歩くと行き止まってメインのルートに引き返せる。行き止まりには宝箱があったりなかったり、スケルトンが待ち伏せしていたりいなかったり、という状況がしばらく続いた。

 ニケがマップを作ってくれているおかげで、行程は順調である。

 しかし――そうしているうちに通路内の気配が変わってきた。

 言葉では形容しづらいが、奥の方からじわり、じわりと何か変化のきざしがある。


「何だろ?」

 ニケがスケッチブックから目を上げて、まわりを見まわした。

「何か、変わりましたね……」

 リチルもちょっと緊張した面持ちになってきた。

「後半戦ってとこかしら?」

 レインは比較的平然としている。

 そしてスミカは、じぃっと前を注視していたが、「あっ。あれ――」と何かに気づいたようだ。

 見ると、前方の暗がりで何か動いているものがある。

 ふよふよと宙に浮いて、かすかに上下している。幅広はばひろの羽をパタパタと動かすそのさまは、遠目には風変わりな蝶にも見えるが――

「本だ!」

 本好きスミカさんは、それをひと目で看破かんぱした。

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