第11話 街の入口3:スミカはエッチな子

 ゲームを始めて街に入ろうとしたら、入口の小さな受付の事務係が有名ピアニストさんだったわけだ。

(うん、わけがわからない)

 とスミカが思っていると、

「ココネさんはね、リスネルなんだよ」

 とニケが教えてくれた。

 四つの魔法職カテゴリの一つ、聞き手リスネル。さっきのチュートリアルの森のことを思い出す。読み手リーデル書き手ライテル話し手スピーケル、そして聞き手リスネル。なかでもスミカがあまりにもわけがわからなくて、あまりにも適性がなさすぎたっぽいのが、リスネルだった。

 そんなリスネル職にさらりとついている、きれいなおねえさん。

「すごい……」

 なんだかもう感嘆の言葉しか出てこない。


「そしてココネさんはね、前回の無差別ランク勝ち抜きバトルでね、準優勝した人なんだよ!」

 ニケの声が自分のことのように誇らしげだ。

「へええ……」

 スミカはため息のような返事しかできない。

 ランク? とかまだよくわからないけど、何か無差別対抗型のバトルがあって、それで準優勝したっぽくてすごい、というのはわかる。


「あのバトル戦はパブリックビューイングで中継されてたからねー。いやーすごかった。ココネさんはね、襲いかかってくる猛者どもを片っ端からちぎっては投げちぎっては投げしまくって勝ちまくってね。そんな勇ましくも凛々しい姿、そして可憐かれんな立ち居ふるまいを見た観客は、心臓がドキドキバクバク、ドッキュンキュン!――」

「ちょ、ちょっとー! 『ちぎっては投げ』とか捏造ねつぞうしないの! 『ドッキュンキュン』もなし!」

 ココネさんがあわてている。

「えへへ、ごめんごめん。けど『あのメチャクチャ強いおねえさんは誰だ!?』って観客がざわついたのはほんとで、そしたら現実世界のココネさんを知っている人がいてね。『あの顔、あの姿……。髪の色は違うけど、もしかしたら虎堂心音タンでは!?』と身バレしてから、さあたいへん! 『お、おれ昔からファンだったんだー』『な、なにおう、おれはココネたんが生まれる前からファンだったんだからな!?』って感じにハートをわしづかみにされたにわかファンが、たくさんわいてきたんだよ! そしていつしかココネさんに二つ名がついたわけ。その名も『タイガー・ハートビート』! かっこいい!」

「それは広めちゃだめーっ」


「ほえええ……」

 スミカはもう言葉にならない。

(人気ピアニストさんで、ゲーム内でもすごいプレイヤーさん……っぽい?)

 となるとやっぱり先の疑問がふくらんでくる。そんなすごい人がどうして受付の仕事? ふつうに考えれば、ゲーム内でも音楽活動をしたり、難しいクエストとかをこなしたりできそうなものだけれど……。

 スミカが心の中の疑問を顔にダダ漏れさせていると、ココネさんが説明してくれた。


「あのね。私は現実世界ではピアノをたくさん弾かせてもらって、それで忙しくさせてもらってるんだけど……。なんというかね、なの」

「それだけ?」

「そうなの。ほかの人たちがしてるいろんなお仕事――営業とか事務とか工事とか工芸とかのね、そういう経験がないから。ゲームの中でなら、それが体験できないかなあって思って」

「なる……ほど?」

 わかるような、わからないような。スミカはそんな感じだ。

「つまり、いろんな人と話をして人生経験をつんでみたいかなー? って感じかな。バイトとかそういう経験もないから。世間知らずなんだよ、私。自分で言うのもなんだけど」

 とココネさんは恥ずかしげに微笑んでいる。

「いえいえ。そんなことは……。華やかな世界でバリバリピアノを弾いてらっしゃるだけで、もう尊敬するというか……」

 とスミカがフォローしていると、

「あと、本もたくさん読めるしねー?」

 とニケが口を挟んできた。

「そうそう! ここでまったりお仕事しながら、ちょっと時間ができたら、本を読みつつ、またまったりお仕事! こういうの、やってみたかったの!」

 ココネさんは心底楽しそうだった。

 そんな感じで談笑していると、スミカは手続き中に気になる用語があったことを思い出した。


「あのー……それで、さっき話してた〈ランク〉というのは?」

「ランクはねー。ランクなんだな、これが」

 ニケさんの回答がトートロジー的に循環している。

「スミカちゃん。ランクはゲーム内の実力度をおもにあらわします。たとえば現実世界でも、占いとか、人気順とか、そういうとき『ランキング』って言葉を使うでしょ? あれに近い感じかな。ランクが上になるってことは、いろんな魔法が使えて、難しいクエストもこなせる、みたいな?」

「ランクかあ……」

 スミカがつぶやいていると、ココネさんがさらにつけくわえた。

「で、スミカちゃんは、まずはエッチなのね」


(エ、エッチ!? 『まずはエッチ』!? 『まずは』ってことは、もっと上があるってこと? べ、べつに私はエッチじゃないと思うんだけどな……っ!)

 とスミカがあたふたしていると、

「このゲームでは、Hからランクが始まるのね。そこからG、F、E――というふうにランクが上がっていくことになります。ランクアップするとゲームがやりやすくなるから、がんばって!」


「あ。エッチって、そういう……」

 Hなスミカが胸をなでおろしていると、

「ふふーん? スミカさんよぅ? どういうエッチと勘違いなさってたのかな〜? この、このぉう」

「ちょ、ちょっと、ニケ…………ちゃんっ」

 ニケが脇腹をちょいちょいつっついてきたので、なんとか逃げる。そんな二人の姿をココネさんは微笑ましげに眺めていた。


「ランクのことをもう少し言っておくと、ある特定のモンスターを倒せたかとか、数をこなせたかとか、世界の各エリアをクリアしたとか、いろいろな条件を達成することでアップします。なのでもしかしたらすっごく強いモンスターがたくさん出てくるクエストやミッションをクリアしちゃったら、いきなり高ランクになれたりも……まあ、そんなすごい人は今のところいないんだけどね。たいていは地道に上がっていくことになります」


「そっか、じゃあがんばってレベル上げないとだね。ふんす」

 とスミカが気合を入れていると、

「ふっふっふ。スミカさんよ、このゲームにはレベルは存在しないんだよー?」

 とニケ。

「ほんと?」

「ほんとうよ。わかりやすい例でいえば、Hランクのスミカちゃんが、Gランクモンスターを討伐できるようになると、Gランクにアップできます」

「エッチなスミカはエッチのままでもいいんだけどね」

 ニケが混ぜっかえしてきた。

「もうっ! ちなみにニケ…………ちゃんは、どのランクなの?」

「もう〜っ! スミカちゃん? そろそろわたしのこと、『ニ・ケ♡』って親しげに呼び捨ててくれてもいいんだけどな〜? 待ってるんだけどな〜?」

「……っ!」

 予想外の角度からつっつかれて、スミカはタジタジになってしまった。

「あ、そういえばさっきチュートリアルの森を走ってるとき、風の便りにナニか聞こえたような気がしたんだけどな〜? たしか、『待ってよ、ニケ――』」 

「そ、そ、それは置いといて! どのランクなの?」

「ちぇ……。わたしはGだよー」

「Gかぁ……」

 じゃあちょっとがんばれば追いつけるかな、とスミカは思う。

「ちなみにココネさんはCランクでございます」

「うふふ」

 ニケの紹介にやわらかな笑みのココネさん。


「C! ……って、すごいの?」

 初心者のスミカにはよくわからない。

「今のプレイヤーでCより上の人はいないはずだよ。ということでココネさんは実質最強の一角を占める最強の女……!」

「そうなんだ。すごい人なんだ……」

「うふふ」

 ココネさんのやわらかい笑顔がちょっとこわくなってきた……。いつも柔和な雰囲気をくずさない人ほど怒ると恐いというのは、なんとなく身に覚えがある。


「そしてもうひとつ。さっきもちらっと説明したけど、ランクとは別に〈ステージ〉というのがあって、スミカさんは〈ルーキー〉始まりなんだけど、ここから〈レギュラー、ブロンズ、シルバー、ゴールド〉みたいにステージがアップしていきます。これは社会的な信用度……ってわかるかしら?」

「わ、わかる……ような気がします!」

 スミカががんばって理解しようとしていると、

「まあ家が買えたり、とかかな」

 ニケが例をあげた。

「おうち買えちゃうの!?」

「うわさによれば、お屋敷なんかも買えちゃうとか、だったかな?」

「おやしき……広いおやしき、本棚がたくさん置けるおやしき……本のおやしき……」

 スミカの脳内が、本のお屋敷の妄想で侵食されていく……。


「うふふ。まあ冒険者ギルド関係は〈ランク〉、商業ギルド関係は〈ステージ〉っておぼえてもらうといいかしらね」

「それわかりやすい説明かも!」

 ココネさんの簡潔なまとめに、ニケが大きくうなずく。


(あ、やっぱりギルドもあるんだ。そりゃあるよね)

 スミカがちらりと思っているうちに、

「はい、じゃあ受付での説明はそんなところかしら。何かわからないことが出てきたら、またここに聞きに来てくれてもいいし、街中で見かけたら声をかけてくれてもいいわよ?」

「は、はいっ」

 元気に返事するスミカさんだ。


「あ、そうそう。それからこちらはね――」

 そして目の前にジャラリと置かれたのは、小さな布袋を紐で結んだものだった。

「『ルーキーの方に、商業ギルドからささやかな贈り物です』だそうよ。5000Gです。好きに使ってね」

「……ごせん! って、ええと……?」

 この世界での相場がまだわからない。

「まあ日本円とだいたい同じと考えればいいよ」

 とニケがアドバイスした。

「なるほど……ごせんえん……大金だ……」

 袋を持ち上げるとジャラジャラと音がした。どうやら硬貨らしい。

 神妙に手に持っていると――フォン。


〈ギフトを受け取りますか? はい/いいえ〉というウィンドウがあらわれた。

〈はい〉をタップ。


 すると袋の実体が消失し、〈ウォレットに5000Gが加算されました〉というアナウンス表示が出た。これで受け取り完了らしい。

 おっかなびっくり操作するスミカを二人が温かい目で見守っている。そして、

「――はい。じゃあ登録も完了しましたね。では説明は以上です。スミカさん、WBCにようこそ! 楽しんでいってね」

 受付嬢ことココネさんの声を背中に、スミカは羽島里はじまりの街への第一歩を踏み出したのだった。

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