第7話 チュートリアルの終わり

 魔法使いのカテゴリのうち、読み手リーデル書き手ライテル話し手スピーケルを体験し、最後の聞き手リスネルをスミカが試したところだった。


 しかし、よくわからないままリスネルの体験が終わってしまった……ような?

 スミカがとまどっていると、何となく察した様子のニケが言った。

「んー。まあリスネルはちょっとわかりにくいよね……どのくらいまでチュートリアルしてきた?」

「どれくらいって……。音のさざなみが……どうとか?」

『あー。そこで音楽が聞こえてくれば適性があるってことなんですけどねー』

 チュートリアルAIちゃんがウンウンとうなずく様子。AIちゃんは実体がなく声だけが聞こえてくる状態なのだが、いかにもウンウンとうなずいている。


「音楽かあ……」

 スミカがつぶやく。するとニケが、

「わたしのチュートリアルのときは、もうちょっと先までいけたんだけどね」

「ほんと!?」

「うん。でもそれから途中でよくわかんなくなって、それで終わっちゃった」

「そうなんだ……」

『まあ、リスネルは音感とかを必要としますからねー。歌や楽器のうまい人に適性があるのは確かです』

「なるほど……」

『逆にいえば、音痴な人ほど適性がない、とも言えまして――』

「それならこれでチュートリアル終わりだね! やった!」

 なぜかスミカが早口でシメにかかった。


『ちょちょちょ、ちょーっと待ってください! それでどうしますかスミカさん? どの魔法職のカテゴリを選びますか?』

「あ、そうか。決めなきゃだった。うーん……どれにしよう?」

「ライテル一択だよ?」

 すかさずニケがライテル推ししてきた。

「それもアリかもだけど……」

「でしょでしょ? わたしと一緒なら、わからないことがあったら、いろいろ手助けできるかもだし! ライテル!」

「リスネルは置いといて。やっぱりリーデルスピーケルモフモフのどちらか……」

「あれー? ライテルは……?」

 スミカの選択からさらりとライテルがはずれた。ニケさんは涙目だ。

「本……モフモフ……。本……モフモフ……」

 スミカの中ではどうやら二択にしぼられたようだ。

 しばし本とモフモフで迷っている。

 その姿をニケは眺めていたが、ふと思い出した顔つきになった。

「そういえばスピーケルでドラ子ちゃんを召喚するとき、ものすごい詠唱してたよね。あれ、何か元ネタみたいなのがあるの?」

「ん〜、本、モフモフ……。ん? 詠唱? あー……あれはなんとなくだよ?」

「えっ、なんとなくてあんなにできるものなの!?」

「んー? なんだかこの森の景色を見てたら言葉がするする浮かんできちゃって、あとは流れで……でへへ」

 照れ笑いしているスミカに、ニケは「マジか……」と半ばあきれぎみの顔になった。

『(なるほど……そうなのですか……。それならをスミカさんに託すのも……)』

 チュートリアルAIが小声で何か言っている。

「どうしたの?」

 ニケがたずねた。

『……! いえいえいえ! 何でも!?』

「?」


 そうこうしているうちに、スミカの魔法職選びは佳境を迎えていた。

「本……。いやでもモフモフも捨てがたい……。けど、本、かあ……本、本だよね」

 少しずつ彼女の中で本の比重が高まっていき――

「よし、決めた! 私リーデルになる!」

「……(涙)」

『ファイナルアンサー?』

「それで」

『わっかりましたー。スミカさんはリーデルのカテゴリに所属することになります。おめでとうございます!』

「あ、ありがとう?」

 何がめでたいのかよくわからないけど、とりあえず返礼をした。


『よし、それではこれでチュートリアルのおおまかなところは終わりました。それでは先へお進みくださいー』

 すると森の広場の一角、そこの空間が広がり――道がひらけた。

 気持ちのいい雰囲気の林道が、「こちらへどうぞ」と明るい姿をみせている。

「あれ? あと『色』とか決めるんじゃなかったっけ?」

 すでにチュートリアルを経験済みのニケが指摘した。

『あー……。あれニケさんがテキトウにやっちゃってくださいよー。わかるでしょ?』

「いや雑すぎない!?」

 ニケがつっこむ。

『だって私も飽きちゃったんですよー。もう何回も何回も、なーんかいも! ご新規さんに同じチュートリアルを案内し続けてるんですよー? ちょっとくらいサボってもいいじゃーありませんかー?』


「(あとで従姉妹おねえちゃんにチクっとこうかな……)」

 ニケさんが、ゲーム開発の関係者であるところの従姉妹さんのことを、ぼそっとつぶやく。すると、

『はっ!? 失礼しました! おそれながらスミカ様、最後にテーマカラーをお決めになってくださってはいただけませぬでしょうか?』

 AIの腰が急に低くなった。

「テーマカラー?」

 スミカが小首をかしげると、ニケがつけ加える。

「好きな色とかでいいよ。選ぶのにちょっと制限あるけど。あとで色しばりのクエストとかやるかも、っていう話」

「なるほど……?」

「まだ未定だし、未実装だけどね」

 それでいいのかゲーム開発部。とスミカはちらっと思ったけど、リアルタイムで更新のあるゲームの運営とは、まあそんなものなのかも、とも思う。


『はい。こちらがカラーリストになっておりまする』

 言葉づかいがすこし変になっているAIがウィンドウを表示させた。そこにずらっと色のリストが並んでいる。

「ええと……? レッド、ローズ、ルビー、ラスト……錆色? ラズベリー、ロイヤルブルー……」

「『R』始まりの色だね。リーデルReaderだけに」

「じゃあ、ニケ……ちゃんはライテルWriterだから、『R』じゃなくて『W』かな?」

「そうそう」

「何色にしたの?」

「わたし? わたしはねえ、ワイルドWildハニーHoney

「わいるど!」

「天然ハチミツって感じかな?」

「いいなあ……」

 と言いながら、あらためてニケの出で立ちを見る。きれいな金髪は黄色系ともいえるし、ハチミツ色ともいえる。ノースリーブ型セーラーのえりのラインはハチミツ色だし、腰のベルトもハチミツっぽいイエロー系だ。

「もしかして、服装に反映される……とか?」

『お? するどいですねースミカさん? ビンゴです。目立たなくてもちょっぴり差し色が入ったりしますね』

 チュートリアルちゃんの口調が素に戻った。


「そっかー……」

 あいづちしながらリストを下までたどっていく。

(ローズとかラズベリーとか、かわいいけど……。私にはちょっと派手かなあ……。もっと地味……ええと、落ち着いたの! とか……。でも錆色Rustyとかはなんか違うし。ん、これは?)

 目に止まったのは、ローズウッドRosewoodという赤茶系の色だ。


(たしか楽器とかに使われてる木……だっけ? 楽器は弾けないけど、音楽は好きだし。○痴だけどね)

 まだほかにないかな? と別の色も見ていったけれど、また目がローズウッドに戻ってしまう。


「ローズウッドにしようかな……」

『おおー。シブいっすねスミカさん!』

「へえ。たしかアンティークの家具とかにも使われてるよね」

 AIとニケが思い思いの感想をもらす。

 そっか。家具にも使われるんだ。アンティークってしっとりした感じであこがれだし……と考えて、ポチッ。

 スミカのテーマカラーがローズウッドに決定した。


『おめでとうございますー! その色で何かおつくりいたしますよー? そうだ、アクセサリーなどはいかがでしょう? 今なら実質タダ!』

 何やらあやしいセールストークが始まった。

「アクセサリー……」

 パッと言われて、パッと思いつくものでもない。

『そうですねー。たとえばピアス、ネックレス、指輪、ブレスレット、アンクレット。こんなもんでしょうか』

「ピアス……はわかるけど、木のネックレス? 指輪? ゴツゴツして硬くないかな?」

『色は雰囲気だけですよー。それっぽい材質でモノをつくりますので』

「ふーん。じゃあ……」

 とスミカは考える。

 まずピアスのことを。もちろん興味がある。ピアスをつけるJC……。

(陽キャっぽい? でも校則が……)

 ちらっとニケの頭を見る。

(ニケ……ちゃん金髪だし。いいのかな? ゲームの中だしね。はっちゃけちゃっても……)

 しかし、とりあえずちょっと保留。


 つづいてネックレスについて考える。首元にネックレスをあしらったJC……。

(うん、もうちょっと歳とってからにしよう。あとネックレスつけるなら、首まわりが開いてる服のほうが似合いそう)

 次は指輪。

(これはアリかも。でも指輪……交換……薬指……。ドキドキ……)

 あとはブレスレットとアンクレット。手首につけるか足首かの違いだ。

 このへんが無難かなあ、と彼女は思った。何事も無難を選択するタイプである。

「じゃあ、ブレスレットをお願いします」

『まかされた! 右につけます? それとも左?』

「ん? ん〜、左で」

『よしきた。左手の黒竜を封印する魔道具っぽく、禍々まがまがしいデザインにしますね!』

「いや普通でいいからね!?」

 AIちゃんは、ライテルお試しのときのスミカの詠唱内容をしっかり憶えていたらしい。


 そしてできあがったのは、ローズウッド色の革ひもを何本かよりあわせたようなシックなブレスレットだった。細身で、品のあるたたずまいで、ちょっと大人っぽさもある。

「これ、いい!」

 スミカはすっかり気に入ってしまった。


「よーしじゃあ、チュートリアルも終わったことだし、先に行くよー?」

 グーッと伸びをしながらニケが言った。

 ノースリーブの服である。スミカの視線が、つい自然に開かれた腕のつけねに集中してしまった……。ばっちり見てしまった……。そんな自分がちょっと恥ずかしい。

(ううー……。だって見えちゃったし。つるん、てしてて、きれいだったなあ……)

 あとで自分の体の腋部分もどうなっているのか確かめとこう、と思うスミカだった。





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