第6話 スピーケルとリスネル

 四種の魔法職詰め合わせ、おためし体験版。

 読み手リーデル書き手ライテルときて、次だ。


話し手スピーケル〉。

 話す人スピーカーが元になっていることは、すぐわかる。だからしゃべることや話すことに関係するんだろうな、とスミカは思った。

『まあスピーケルは、魔獣と仲良くできます』

「魔獣と、仲良く」

 AIちゃんのざっくりした説明を、スミカも口に出してみた。具体的には?

 するとニケが話を引き取り、

「ふつうのファンタジー用語でいうと、魔獣使いテイマーとか召喚師サモナーあたりなんだけど、わかる?」

「うーん。だいたいわかるかも、くらいかな」


 スミカの脳内イメージ的には、キリッとした感じで狼なんかと一緒に立っている立ち絵とか、背後でかっこいいドラゴンが火を吐いている姿が浮かんでいる。あ、っきな白熊さんといつも一緒にいて、もたれかかって読書したり、お昼寝するときは一緒にモフモフ……うへへへ、と思っていると、AIちゃんが補足した。

『見ようによってはマスコット獣をいつもはべらせてる感じでしょうかねー?』

 は? それすごくよくない!? とスミカは思う。

 白熊さんとかオオカミさんとかと、いつも、どこへ行くのも一緒。モンスターとの戦闘ではバッチリ頼りになって、気が向いたときにモフモフし放題、好き放題。モフモフに顔をつっこんでゴロゴロもできる。最高では?


「はべらす、かあ……。たしかに。あれ、っちゃくてかわいいよねー」

 ニケもAIちゃんに同調している。

 ん? 小っちゃくてかわいい!?

「リスとかイタチとか肩に乗っけてるのかわいいよね。あと尾の長い青い鳥とかがさ、ふわふわ〜ってまわりを飛んでるのも見たことある。あれちょっといいなって思っちゃったよ」

 ニケの言うスピーケルのスケールが、スミカの思っている規模とかなり違う……?

「ちょ、ちょっと待って!? 仲間にできるのって小さい子ばっかり!? 大っきな白熊さんは? オオカミさんは? かっこいいドラゴンさんは?」

『できなくはないですが、召喚用の素材集めの難易度がダンチですし。召喚規模に応じて魔力量もたくさん必要になりますし……』

「そうそう。日常でも召喚したまま維持するとなるとさ、じわじわMP削られるしねー。もちろんそれも織り込み済みで運用してる人もいるけどね」

 話を聞く感じでは、先述のリーデルやライテルより考えることが多い。やや難易度が上がる印象だ。スミカはちょっと不安になってきた。


 しかし、何はともあれスピーケル体験だ。

「よ、よーし。召喚? すればいいんだよね? 召喚しちゃうぞー」

 なんとなく召喚サークルを地面に描くイメージなのかな? と勝手に推測してスミカは両手を突き出した。するとニケがやんわりと、

「あーいやいやそうじゃなくて。ほら、そこの蜂」

 ん? そこの? ハチ?

 てっきりモフモフ系の魔獣を召喚してモフモフできると思っていたスミカだったが、「ほら」とニケが指さす方向を見ると――草花のまわりをブンブンブンと蜂さんが飛んでいる。

『そうですねー。初心者がテイムするには、あのあたりが最適でしょう。あの子に話しかけてみたらどうですか?』

「……。……う〜。でももっとこう、ドラゴンとか! 白熊さんとか! モフモフとか!」

『――ニケさん? スミカさんはこころざしが高い人ですね……』

「そうだね。そのけがれなき気高さをいつまでも持っていてほしいよ……」

 なぜか遠い目になって、達観した雰囲気をかもしだした一人間と一AI。


「ちょっと! どういうことか、ちゃんと説明してくれないかなっ?」

 スミカはわけがわからない。

 するとニケさんが解説してくれた。

「ごめんごめん。スピーケルはね、テイム系あるいは召喚系の魔法職カテゴリなわけ」

「それはわかった」

『つまりですねー。テイムないし召喚した魔獣と、術者はですね、スピークする必要があるわけですよ』

 AIがつけくわえる。

「スピーク?」

「スピーク。話をするってことだね」

「話を、する」

 それくらいはスミカにもわかる。

『そうです。話です。話をするのです。言葉を交わすのです。意思疎通するのです。通じあっちゃうのです。それができないと、こちらの意図通りに動いてくれないこともありますしねー』

「いし、そつう。つうじる……」

「うん。コミュニケーションするってことだね」

「こ、こけーしょん……」

 スミカの口調にだんだん力がなくなってきた。

『つまりスピーケルには、相応のコミュ力が要求されることになりますねー。ぶっちゃけるとコミュ障だとムリってことです。どうですかスミカさん? あなたに初対面のドラゴンと円滑にコミュニケートするだけの話術スキルがありますかー?』

「ぐ……そ、それは……。やってみないとわからない! かも!」


「ふぅん(にやり)」

 とニケの悪い顔。

『ふぅん(にやり)』

 とAIの悪い声。

「じゃあ、やってもらおうか? AIちゃん、強化バフできる?」

『よしきましたっ。チュートリアル限定、おためしバフ!』

 するとスミカの体の中で急な変化が起こった。何だろう、体が軽くなるような、浮きたつような、そんなこころよい感じが体の中をめぐっていく。


『はい、ではスミカさんの魔力を一時的にCランクまで引き上げました。チュートリアルなので触媒はナシでオッケーです。今なら小型の竜種くらいは召喚できますよー?』

「ほんと!?」

 言われて気づいた。

 たしかにできる、ような気がする。

 いや違う。

 できる!

 私は! 竜を呼べる!


「〈我は呼びかける! 我が足もと、踏みしめる土、そこから広がる大地、風にそよぐ草地、風駆けぬける草原くさはら、緑の色濃き森の中、丘をめぐり、山を登り、いただきを越え、空へ! 我が声よ届け! 遠く、遠く、久遠くおんの果てまで、彼方かなたまで! かなたの――そなたへと!〉」


 詠唱が進むにつれて、地面に召喚魔法陣が描かれていった。

 その合間にスミカの隣では、小声の会話がコソコソと行われていて――


『(ニケさんニケさん、ちょっとこの子、どうしてナチュラルに詠唱できてるんですか? 詠唱しまくってるんですか? ちょっと引くくらい適応力が高すぎるんですけど?)』

「(うん。自然に使えてるね。でも……)」

『(でも?)』

「(コミュニケーションの方はどうかなあ……教室でしゃべってるの、あんまり見たことないし)」

『(やはりそうでしょうねぇ……。雰囲気的にはおとなしめちゃんでボッチキャラだけど美少女でもあるので隠れファンが大勢いそうな気配がプンプンしてらっしゃいますからねー。クラスの男子たちもあわよくば仲良くなりたいって思ってるけど、微妙に牽制けんせいしあって声がかけられず、遠足、球技大会、体育祭、文化祭、合唱コンクールとかのイベントに便乗しようと試みるもなかなかうまくいかず、学年末のあのちょっと物寂しい雰囲気のところまでいって、ようやくまとまった会話をするタイプじゃないですかー。なんなら卒業式後のクラスでみんなが巣立ちの高揚感と寂寥せきりょう感がないまぜになっている独特の空気感の中でムダにはしゃいでいるときに、たまたま壁際で隣あって、ちょっと会話してみたら思いのほか話が弾んで、ここにきて共通の趣味とか判明して、もっと早く話していればよかった……! なんならつきあえちゃったりしちゃったかも!? って後悔する的なポジションの子じゃないですかー?)』

「(妙にリアリティのあるたとえだなあ……)」

『(まあ今回はどうなることやら、ですかねー?)』


 そばでそんなやり取りがこっそり行われていることはつゆ知らず、やがてスミカの魔法陣が完成した。文様の描かれた放射状の光が輝き、うずまき、空に届かんばかりの光輝を放ち、空間がゆらぐ。

 やがて現れたのは――ちょこん。


「きゅ?」

 と鳴いたのは、かわいいサイズのドラゴンだった。


「おおっ、かーわーいーっ」

 ニケが喜べば、

『これは〈ドラゴネット〉ですね。竜種の子どもです。やるじゃないですかスミカさーん!』

 チュートリアルAIもテンション高く解説する。


「お……おぉぉ……!?」

 召喚した張本人であるスミカは、うまく声が出せない。

 自分でやったことが自分でも信じられないのだ。

 それでも魔法陣の中心で、とまどいがちに小首をかしげている子ドラゴンのかわいさに我を忘れて近づき、しゃがみながら、興奮でわなわなと震える手を差し出していく。すると――

 子ドラゴンがガバっと口を開けた。


「あ、やばい?」

『〈ブレス〉ですね。やばいですねー』

 外野の二人がのんびりと警告。

 びっくりしているのか、混乱状態にあるらしいドラゴンが、いきなりブレスを吐いた。

 ごぉぉぉぉ……。

 竜の口からメラメラとした赤い炎の息が――出たけれど、

「……かわいい」

 ライターの火くらいの小さな炎が、ふよふよしているだけだった。

「かわいいかわいい!」

 スミカは叫ぶと、ドラゴンに飛びかかり、ギュッと抱きしめ、頬ずり攻撃をしかけた。

『!? ☆★”#$%&?』

 いきなりJCからのハグ攻撃を受けて、子ドラゴンは目をシロクロさせている。

「かわいいかわいいかわいい!!」

 あふれる感情をダダ漏れさせた彼女が、ドラゴンの顎のつけねあたりに、ちゅーをした。


『!? △△▽▽←→←→βα??』

 すると、ボフッと子ドラゴンの体表から蒸気みたいなのが沸き上がり――ぼひゅん。

 ドラゴンが消えた。

 あとには、魔法陣の中央で何もない空間を抱きしめたポーズのまま、呆然と座っている美少女が一人……。


「あれ? ドラ子ちゃん、消えちゃった……?」

 スミカがつぶやくと、

「ちょっとスミカー。いきなりすぎるよー? ドラ子ちゃんびっくりして帰っちゃったじゃない」

『そうですよスミカさーん。まずはあいさつから始めるのが無難です。コミュニケーションの基本ですよー?』

「えええ……」

 しばらくスミカは涙目になっていた。



 ◇



 スミカのスピーケル適性は「やや微妙」くらいの判定になるようだ。そして残る魔法職は、ひとつだけだ。

「よ、よぅし。気を取り直して次いってみよう。最後はたしか……リスネルだったよね?」

 かわいいドラ子の喪失から、何とか立ちなおったスミカである。


聞き手リスネル〉。「リスナー」からきた言葉であることはわかる。

 さて「聞く魔法使い」というのはどのようなものか――

『じゃあ、スミカさん、聞いてください』

「??」

『何か聞こえればリスネルにむいている可能性があります』

「??」

「……まあ耳をすます、感じ?」

 ニケがあいまいなアドバイスをつけくわえた。

「……やって、みる」

 わからないながらも、スミカは耳をすますことにした。


 目を閉じる。

 するとまわりの気配が

 彼女らがいるところはチュートリアルの森の中。その広場。大きな木の倒れたところの、草花の咲きほこる、明るい日射しの降りそそぐ――そよそよとした風の中から、

『風の声を聞くのです……』

 かすかな声がスミカの耳に届いてきた。チュートリアルAIちゃんとは別の声だ。

『遠くに耳をすますのです……』

 よくわからないけど、耳をすましてみる。

『ほら、聞こえるでしょう? あの遠い呼び声が……』

 全然聞こえない。

『ほら、あなたに届けと……妖精フェアリーたちの音の調べが……』

 聞こえません。

『さあ、音のさざなみに身をゆだねるのです……』

 いや待って。音聞こえないんだけど?

『…………あれ? もしかして聞こえませんか?』

 はい。

『それは残念です……ざんねんです……ざんねんなのです……』

 いかにも残念そうな声がフェードアウトしていった。それから何も起こらない。


 何だったんだろう、と思いながらスミカが目を開けると、

「お、戻ってきた」

『どうでしたかー?』

「ん……? よくわかんなかった?」

「なるほど」

『なるほどー』

 二人から微妙な反応がかえってきた。

 どういうこと……?


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