第4話 チュートリアルの森

 さらさらさら――

 風にこずえのゆれる音。

 転移魔法陣をぬけると、そこは森の中だった。


 今スミカが立っているのは、森の中にぽっかりとひらけている広場。その端の部分。木々との境目のところだった。

 広場全体が見渡せる。周囲をぐるっと緑の木々が取り囲んでいた。

 陽は明るく、空も青い。ところどころにぽっかりと白い雲が浮かんでいた。のんびりとした風景だ。

 広場の中央には大きな木が一本横たわっていた。

 あちこち苔むしていることから、ずいぶん昔に倒れたことがわかる。

 リスが幹を走ったり、をくぐったりして楽しそうに遊んでいる。草花のまわりを蝶がはたはたと舞い、ミツバチは花粉の採集に余念がない。


 その草花のあたりに、人がしゃがみこんでいた。

 明るい金髪の小柄な女の子で、小さめのスケッチブックを手にしている。花のスケッチをしているようだ。

「ん?」

 やがてその子はこちらの気配に気づいたらしい。森の端にボケっと突っ立っているスミカを見ると、

「おっ。来た来た。やっほーっ」

 うれしそうに手を振っているのは、昼間教室で話したかきニケである。

 たしかにニケである。

 どう見てもニケちゃんである。しかし——

 スミカはあぜんとしながら近づいていって、近づいていくときも相手をまじまじと眺め、さらに近づいてからもしげしげと眺め、

「遅いからどうしたのかと思ってたよー」

 と声をかけられても大きな目を見開いて見つめ続け、そして言うことには――

「き、き、きんぱつ!」

「ん? うん、そうだよー。へへへ。似合ってる?」

「似合ってるけど……。きんぱつ……先生にしかられるよ?」

「……?」

 ニケは一瞬きょとんとした顔になったけれど、

「あっははは! ここゲームの中だよ? だいじょうぶだいじょうぶっ! 学校関係ない!」

 と大笑いしたのだった。



 ◇



「しまった……。私も髪の色変えればよかったなぁ。金髪ほどじゃなくても銀髪とか、赤髪とか、青髪とか……ぶつぶつ」

 ちょっと後悔した顔でスミカがぶつぶつ言っている。

「あはは……。このへんは性格が出るよね」

 そう言いながら、片手を軽く腰にあてて立っているニケの姿は、セーラー服に似せたノースリーブに、ショートパンツとオーバーニーソックスをあわせた軽快な出で立ちだった。


「かすみっち遅いからさ。入るときにバグか何かあったのかなって思いはじめてたんだけど。どうだった?」

「うーん。あれ? そんなに時間かかったかな? アバター作ったくらいだし」

「なるほど。アバターねえ……」

 そう言いながら今度はニケがじっくりと観察してきた。

「ちょ……近い」

「ふーん? 学校にいるときよりも目がぱっちりしてる?」

「う」

「顔もちょっぴり小顔になった?」

「うう……」

 よく見てるなあ……。

「あとは――ほほーぅ?」

 じーっとスミカの胸もとを注視するニケたん。

「えっち!」

 恥じらうスミカたん。

「よいではないか、よいではないか〜」

「ちょ、待って! のわ〜っ」

 肉薄してくる美少女と、それに抵抗する美少女。あれやこれや触りたい美少女と、それに対抗する美少女。しばし拮抗きっこうする二人。広場では、そんな光景が繰り広げられた。


 そんな遊びをしばらくしたあと。

「いよーし、それじゃチュートリアルをしますか!」

 ニケが朗らかに宣言した。

「ニケ……ちゃんは、このゲーム長いの?」

「ん〜? まだそれほどでもないよ。そこそこ? くらいかな」

「そんなこと言って……やりこんでるタイプとか?」

「いやいや。クエストちょっとやったくらい、かな?」

「ふーん」

「そういえば、かすみっちは名前は何にした?」

「ええと、〈スミカ〉」

「ほほーぅ。いい名前じゃーん」

「えへへ。ニケ……ちゃんは?」

「わたし? わたしは〈ニケ〉だよ」

「いやだから名前……」

「〈ニケ〉だよ?」

「――そのままかよっ!」

 みたいな会話をした。スミカがだんだんツッコミ役になっていく……。


 それからスミカはあたりを見回してみた。

「ここは森の中……だよね?」

「視界の端っこ、タップしてみて?」

「うん」

 そう言われてポチッとしてみると、フォン、とウィンドウがあらわれた。

 その場の説明が書いてある。「チュートリアルを行う場」。シンプルな説明だ。

 地名もつけられている。〈中鳥実在の森〉。

「ここって、中鳥なかとり実在さねありの森?」

 武士でいそうな名前だ。中鳥実在。

中鳥実在チュートリアルの森だよ?」

「は?」

「だから、チュートリアルの森」

「……だじゃれか!」

「らしいね(笑)」

「このネーミングはないと思うよぉ」

 スミカがあきれ顔になった。

「たはは……やっぱりそう思うよねえ……」

 ニケも同様だったが、やがて気を取りなおした顔になって、

「よっし。それじゃ魔法使ってみる?」

「魔法っ!」

 スミカは目を輝かせた。

 魔法。やはりこの言葉の響きには魅力がある。

 生身の存在が、風をあやつり、火をおこし、水を生み出す——

 ファンタジー世界ではよくあることかもしれないが、現実世界ではどうころんでも不可能な能力。それを今我が手に! みたいな厨二心もくすぐられる。


「よし、中鳥なかとりちゃん、チュートリアル開始!」

『やだなー、ニケさん。そっちの名前で呼んじゃイヤですよ? ワタクシの名前は〈実在ミア〉、由緒正しきチュートリアルAIのミアですよー?』

 さっきのアバター作成するときのAIちゃんと同じ声だ。同一人物AI


(あのAI、中鳥ちゃんって言うんだ……。下の名前は実在さねありじゃなくて、実在ミアっていうのかぁ)

 というスミカの心のつぶやきが終わらぬうちに、

『はい、それじゃスミカさん向けのチュートリアル、引き続きはりきっていきましょーっ』

 そして唐突に、スミカたちからやや離れたところに、木切れがコロンと転がった。薪割りとかに使えそうな手ごろなサイズ感である。


 するとニケががぜんやる気を出した。

「ふふんっ。さてここはまずわたしがお手本をば、ってね。見ててね。〈衣装いそう〉!」

 言うがはやいかニケの姿が変化し――魔法使いの帽子とマントが、彼女の身を包む。そして、

「〈火よ、飛べ〉!」

 シンプルな詠唱と同時に――指で「火」の字を書いたように……見えた?


 すると書かれた文字が炎をまとい、魔法の火が飛んでいく。そして見事目標の木切れに命中。燃え上がった木は、モザイク状のブロックノイズのような分解を起こし――やがて消失した。

「おおーっ」

 思わずパチパチと拍手してしまう。

「へへへ。今のが書き手ライテルの魔法の使い方ね」


〈ライテル〉。聞き慣れない言葉だ。

「このゲームではね、ひとくちに『魔法使い』っていっても四つのカテゴリがあってね……」

 ニケさんがチュートリアル的な説明をしていく。

「ライテル、というのが文字を書いて魔法を出す感じ。書く人、つまりライターね。学校の英語でもライティングって言うでしょ」


「ライテルかあ……。ほかには何があるの?」

「ほかには読み手リーデル。これはrの方のリーダーからきてる。それから聞き手リスネル。英語のリスナーね。あとは話し手スピーケル。話す人のスピーカーから」

 ニケの解説がすらすらと続いていく。

 しかしスミカには、妙に引っかかるものがあった。


(リーデル、ライテル、リスネル、スピーケルかぁ。んんー? 何か聞き覚えがあるような……?)

 なんだろう?

 何かを思い出せそうで、思い出せない。そんな感じが頭の中でモヤモヤしている。


(たぶん日常生活で……いや学校でかな? ちょいちょい聞いて、私たちもよく使う言葉のような……)

 しばらく考えて――そしてピタッと行き当たるものがあった。


「あ! リーディング、ライティング、リスニング、スピーキング!」

 英語の四大ジャンルである。

「ご名答〜。そこからもってきたっぽいんだよね」

「ゲ、ゲームの世界にまで……勉強が追いかけてくる……」

 スミカがやや放心した様子になってしまった……。

 しかしたいていの人は英語の授業を受けたことがあるし、四つの用語にも聞き覚えがあるはずだ。だから、このカテゴリ分けは案外名案なのかもしれない。

 しばらくして、スミカはそう思った。



 ◇



 それで、ものは試しというものだ。四つの魔法職カテゴリ、その全部を体験してみよう、というのが今回のチュートリアルの内容らしい。

「まずどれやってみたい?」

 ニケの問いに、

(わかるところから始めてみようかな……)

 とスミカは思う。となるとニケのやり方をまねしてみよう。

「じゃあ、とりあえずさっきのやつ?」

「おぉっ。ライテルいっちゃう? ライテルは、いいぞ!」

 ニケのテンションがわかりやすく急上昇した。いにしえのネットスラングまで使って、熱心に布教してきた。


「ライテルって、いいの?」

「いいよいいよ! すごくいいよ! 魔法を使うのにさ、空中にサササって字を書くってさ、すごくかっこいいでしょ! それに威力も四カテゴリの中で最強! ちから・イズ・パワーッ!」

 ここぞとばかりにライテルのメリットを強調しまくるニケさん。


『ニケさんニケさん、それはちょっと誇張こちょうしすぎですよ? ライテルは必ず文字を書かなければいけません。威力が強いのと引き換えにですね、魔法発動に時間がかかるというデメリットにもちゃんと言及しませんことにはね〜? それはフェアではありませんぜ〜?』

 アナウンスAIから冷静なつっこみが入った。

「く……ッ!」

 ニケさんは、ぐうの音も出ない。

「そうなの?」

 スミカが尋ねると、

『呪文をささっと口走るのと、えっちらおっちら文字を書くのと、どっちが速いかってことですよ。ちょっと考えたら誰でもわかることなんですけどねー?』

「で、でも威力は強いもん! リーデルが簡単に倒せないモンスターも一撃で倒せるんだから!」

 ニケがぷくっと頬を膨らませている。

「ま、まあ……。とりあえずやってみるから、さ?」

 スミカは苦笑いである。


『ではまず、〈魔術衣装いそう〉をしましょう。スミカさん、視界の端にむかってスワイプしてみてください』

 AIちゃんのアナウンス。

「はい」

 スワイプ。はたから見ると、手をシュッと横に動かす変身ポーズに見えなくもない。

「おおぉっ!?」

 するとスミカの肩に魔法使いのローブがふんわりとかかった。そして頭にはトンガリ帽子。

「よぉし、じゃあやってみようか!」

 ニケの声に熱がこもってきた。

 スミカはしかし、とまどったままだった。

「……で、どうすればいいの?」


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