第3話 サインインとアバター作成
ということで、かすみは「ただいまー」と学校から帰宅したあと、「ええと、どこだっけ?」とゲーム用のヘッドセットをクローゼットから探し出し、ねんのため充電、同時に必要データのダウンロード。それから少し気もそぞろな感じで宿題、お風呂にご飯、歯磨きをすませたら――いい時間帯になっていた。
「おやすみー」
自室にこもると、いざ就寝! ……じゃなかった、ヘッドセットをつけてボフッとベッドの上に寝転がり、「ちょっとだけ寒いかな?」と布団の中の人になり、灯りを落として準備万端。
——ニューラルリンク開始。
目を閉じていると、明らかに自分が別の空間に移動しているのがわかった。自分の体というか、意識が、だ。
そして声が聞こえた。
少しくぐもったような、はっきりしない声だ。
霧の中にいるような。
あるいは
——確認中。……、……。
——環境チューニングを行います。
——キャリブレーション中……、……。
——確認完了。
——ゲームにサインインします。
そして今度は、はっきりとしたアナウンス音声が聞こえてきた。
『WBC――Wizard Book Chronicleにようこそ!』
目を開けると……。
「おおーっ! って、あれ? ぼんやりしたところだなあ……」
あたりを眺めまわすと、なんだかもやもや〜っとしたところだった。
壁の構造からするとだいたい四角い部屋。だけど「部屋」というには曖昧な感じだ。けれど「空間」というほど散漫なわけではない。
そして自分の体を確かめる。身体が存在しない!
「ええーっ」
と驚いたけど、「そうか」とも思う。まだ体がないんだ。意識だけがあるんだ。
AIアナウンスとおぼしき声が再び聞こえた。
『これからあなたは様々な出会いをし、冒険をし、経験していくことになるでしょう。あなたという
「ふむふむ。このAI、何言ってるのか全然わかんない」
するとAIの声が急にフランクになった。
『――ここはこういうセリフなんですよ! 言わせてくださいよ! 雰囲気大事! ……ええと、おほん。ひとことで言うと、まずはこの世界での、あなたの名前を決めましょうーってことです!』
「なるほど」
フォン……と音がして、眼前にウィンドウがあらわれた。名前の入力欄。そこは確かに、まっさらだ。
「名前ねえ……」
かすみはしばし考える。
「名字とか必要なのかな? 名前だけ?」
『名前だけでもいいですよー』
名前か。じゃあどうしよう?
まずは名前を「かすみ」と入力してみる。
(本名はちょっとなあ……)
入れかえて「すみか」とする。
うーん? これでもいいかもだけど、何か違う気がする。カタカナで「スミカ」にしてみよう。
(これかなあ……?)
「ねえ、名前ってあとからでも変えられるの?」
『可能です。一定のクールダウンの期間があり、その後変更できます』
「わかった。じゃあ、ひとまずこれで」
名前を「スミカ」に決定。
「あ、そうだ。あと友だ……クラスメートから招待コードもらってるんだけど」
『はい。ご友人から承っております。のちほど特典もおつけいたしますね』
「あるんだ特典」
ちょっとうれしい。ご友人は何だか照れるなぁ、と思う。
『それでは次にアバターを作成してください』
「アバター……。こういうのって、自由度高すぎると逆にわからなくなるんだよね……」
ずいぶんと前にやった別のゲームのことを思い出す。あのときはなかなか決められなくて、迷いに迷って……結局数日かかったっけ?
ゲームにもよるが、アバターの細かな調整ができるものだと、バリエーションの幅が広すぎて逆に困ったりするものである。あーでもないこーでもないと考え始めると、時間がいくらあっても足りない。
こういうときスミカはけっこう迷うタイプだった。この流れだと、チュートリアルを終えるまで数日かかる可能性も――
『ふぅっふっふっー』
アナウンスAIさんの声が妙にノリノリだ。
『まずはこちらをご覧あれー』
得意げな声のあと、光とともにスミカの前にあらわれたのは、
「私だ!」
目の前に自分の姿がふわっと出現したのである。
体の周囲にほんのり光のオーラをまとい、中空にふわりと浮いて、目を閉じている。
首から下はすっぽんぽんなのだけれど、いい感じに光をまとっていて、シルエットだけがわかるくらいに調整してあった。
今現在の彼女は実体のない意識体だ。通常なら鏡越しでないと見られない自分の姿をしげしげと眺める。
「なんだか……自分を眺めるのって不思議な感じだなあ。目を閉じてるからかな?」
さらにじろじろと自分を観察していくと——違和感があった。
「あれ? 私こんなに美人じゃないよ?」
『いえいえ何をおっしゃいますー。ええとですね、実はですね、みなさんのアバター作成時には、ほんのちょっと容姿を整える方にパラメータを操作しています。ちょっとだけ盛るのがポイントで、たいていの方にはそれでご満足していただけるようですねー』
「ふ〜ん……」
『けれどスミカさんの容姿に関しては、ほとんど変更しておりません。眉毛をすこし整えた程度です。もとが大変よろしくていらっしゃる。これなら学校でモテモテで困ることでしょうー』
「そんなことは……全然ないんだけどなあ……。あ、でもほんとだ。眉はこんな感じにすれば似合うのかぁ。ふむふむ」
キャラメイクじゃなくて、ふつうのメイクの勉強を始めるスミカだった。
『またまたー。そう言いながら隠れファンとかが大勢いるタイプなんじゃありませんかー?』
「いやいや……基本ボッチだし」
このAIやたらフレンドリーだな、と思っているうちに、AIちゃんは話を進めていった。
『んでは、この姿をデフォルトとして、どこか調整したいところはございますか?』
「……えっと、アバターって、自分に近い姿じゃなきゃだめ? もっとガバッと――たとえば性別変えたり、もふもふキャラにしてみたり、いっそ白熊さんとか動物系?」
『そういう方もいらっしゃいます。けれどひとまずデフォルトとして、このような提案をしておりますねー。ゲーム内での行動に違和感が出ることが多いようですので』
「違和感?」
『背丈や体格等を変えますと、慣れるのに意外と時間がかかる事例がけっこうあるんですよー。バグってほどじゃないかもですが。ゲーム内では、モンスターと戦闘するときとかシビアな行動が求められるケースも多々ありますからね。そんなときご自身の慣れ親しんだ身体サイズのほうが動きやすい傾向にある、というデータもとれているんですよー』
「あー、なるほど……」
一理あるな、と思いながら自分の姿を眺める。
黒髪ボブの、ぱっと見は地味なヘアスタイルなんだけど、この前美容師さんの「ちょっと軽くしてみる?」という提案にのってみたら思いのほか仕上がりがよくて、そよ風にさらさらするのが気持ちよかったりする。今かなり気に入っている髪型だ。
「んー?」
自分の周囲をまわりながら考えてみる。
(今は体がふわっとした光に包まれてるからかな? 光のあたり方でいろんな色がついてるみたいに見える……)
七色よりももっと多彩な色がきらきらと身体をコーティングしているようで、きれいだった。
そしてぐるぐるまわりながら何度目かの正面に来たところで、自分の顔を見てみる。軽く浮いて、立ったまま眠っているような顔をしている自分自身。
「あの……目、開けられるかな」
『はい』
スッと目が開いた。まだ何も見ていない目。何も感じていない自分の目。かといって生気がないわけではない。
「もうちょっとぱっちりめの目に……できる?」
『はいっと』
彼女の目がさらにぱっちりした。
「おお……じゃあ――」
調子に乗ったスミカは、それから心持ち小顔に、鼻筋をもうすこしシュッと、リップは多めに、みたいな注文を繰り出し、
『もーう。これ以上美少女にしてどうなさるんですかー。
とチュートリアルAIをあきれさせたのだった。
さて、あらかた容姿が決まったところで、
『じゃあ、アバターの中に入ってみますか?』
「よ、よしっ」
『はい目を閉じてー』
「いや、私意識だけだから閉じる目がないんだけど!?」
目の前のアバターが目を閉じる。
これから自分の中に自分が入るのだ。なんだか変な気分だった。
ほどなくして、ドクン、という感覚がきた。自分に身体があること、手足があること、自由に動かせることがわかる。
スッと目を開けてみた。
「……」
『どうですか、スミカさん?』
「なんか……いつもどおり?」
『はい、成功ですね。違和感がないのがよいのです』
「そんなもんかー」
つぶやきながら視線を下に落とす。
それは胸もと。
「……」
ナニがとはいわないけれど、ないわけではない。けれどけっして満足しているわけではない。
「あのぅ……、ちょっとだけ盛ったりとか……」
『はいはーい。ほいよっと』
やれやれ、という口調だ。AIもだんだんいい加減になってきた。
◇
『では服を選んでいただきます』
「よしきた」
だんだんスミカとAIのノリがあってきた。
『そ〜れっ』
かけ声とともに身体に服があらわれていく。
(そういえばここまで私はある意味全裸だったんだなー。いちおう光で処理されてたけど。ははは……)
さて、スミカが着ている服は――
古風なデザインの柔らかいコットンブラウスに、膝丈のプリーツスカート。ロングブーツという出で立ち。ブラウスの中央にいくつものタックが入っていて、クラシックな雰囲気だ。
全体的にナチュラルカラーの配色。落ち着いた——といえば聞こえはいいが、正直地味でもある。
「ふ……むぅ?」
スミカが微妙な反応をしていると、
『まあ最初はそんなものですよー。こういうのはあとから好きなものを買えばいいのです』
「なるほど。でももっと魔法使いみたいなカッコなのかと思ってた。本と魔法の世界なんでしょ?」
『はい。戦闘時は魔法使いのローブ等を着ていないと危ないですよ。けれど日常時は思い思いの格好をなさってかまいませんので』
「ふーん。バトルのときはどうするのかな? 魔法を詠唱とか? 〈いでよ! ファイヤーボール!〉みたいな?」
手を前に出して構えをとるスミカさん。形だけは一人前の魔法使いだ。
けれども手のひらからは何も出てこない。
『そのへんに関してのチュートリアルは場所を移して行います。がっ!』
「が?」
『そちらはご友人もご一緒してもらいましょー』
「え」
『じゃあ、このまま転移させますね』
「ええー」
『そ〜れ〜』
「えええ〜……」
とまどっているうちに――フォン、という音が鳴って、足もとに魔法陣があらわれた。
そして、あれよあれよといううちに、スミカはチュートリアルの森へと転移していくのだった。
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