第2話 NRMMORPGのあらまし
近未来――
〈NRMMORPG〉。それは、それまで主流であったVRMMORPGの次世代型として登場した、新しいゲームシステムである。
〈NR〉とは〈ニューラルリンク・リアリティ〉を略したもの。このシステムの大きな特徴は、ゲーム機器と脳の神経細胞のシグナルをリンクさせることで、より高精度、高感覚、高レスポンスの表現を可能したことだ。早い話がこれまで以上に「より自然に」「リアルに」「違和感なく」「ふつうにその場にいるように」ゲームの世界に没入できるようになった。
このNRMMORPGの技術は、狭義的に見ればVRMMOとフルダイブ型MMOの橋渡しをする役割を果たしたといえる。過渡期のゲーム形態であったためかリリースされた作品の絶対数は少なかったものの、ゲーム史的にはエポックメイキング的な出来事だったと後世にも評価されている。
しかし広義的に
つまり、このNR技術は初めからゲーム制作を企図して開発されていたわけではない。
開発のきっかけは、まず脳科学の分野において起こった、ある発見からだった。
一般にヒトの睡眠時――とくに夢を見ているといわれるレム睡眠時に、脳の特定部位が活性化することは、よく知られている。
しかしそれとは別に、これまでとはまったくことなる未知の領域が見出されたのである。それはヒトの後頭葉にある特定の部位で、それ自体はこれまでの脳研究でももちろん認識され、研究されていた。睡眠時に特に活発な活動がみられるので、夢に関する働き――起きているときに経験した出来事の情報処理や精査等を行っているのであろうと考えられてきた箇所である。
ところがここにきて、その脳領域あたりから「何やら未知の脳波が検出されたらしい」という話がささやかれはじめた。当初は真偽がわからずウワサ話程度のものだった。けれどそれがだんだん「実は本当らしい」と話が具体的になってくると、耳の早い者たちが聞きつけてくる。やがて活発な議論と研究が繰り広げられるようになった。
そして研究が進んでいくと、その脳領域では、まったく想定外の脳活動が行われていることが明らかになった。そこでは認知・知覚・感覚等の情報分析処理を高次元でこなしていることが判明したのである。
〈広範解析高次知覚脳領域〉と呼ばれたそれは、
General
Analyzable
Meta-
Esthesia
Brain area
この頭文字をとって、〈GAMEブレイン〉と呼ばれるようになった。
GAMEブレインの仕組みでポイントとなるのは、「ヒトの就寝時にのみ活性化すること」。つまり寝ているときでないと、この領域は働かないし、機能しない。
研究の初期段階からGAMEブレインの情報処理能力が高いことは判明していたので、もしこの脳領域にアプローチして適切な運用が可能になるならば、相当のパフォーマンスを発揮するだろう、ということはわかる。
しかし中身があまりにも不明すぎて分析手法が確立せず、どうすればそこにアクセスできるのかがわからない。
しかもそこから有用な活用方法を見出すとなると——さらなる困難が待ち受けていた。
人体をパソコンにたとえるなら、特定のドライブに爆速の高性能CPUなりGPUがあることはわかったのだけれど、パソコンがスリープ状態のときにしか機能しないという謎設計。
このあたりのことついては、当時相当な苦労があったことが、関係者へインタビューした回顧記事でも散見される。
そんな感じで、以降の具体的な研究が一時
だがあるとき転機がおとずれた。
とある脳科学の研究者が、「脳波と電気シグナルを利用して神経細胞に外部からリンクできる」ことに気づいた。
このときに研究者が思ったのは、「何かパソコンとかゲームっぽいな?」という、ひらめきにも満たない小さな感想だった。
そしてあるとき、知人との飲みの席で、とあるゲームベンチャーの関係者と一緒になったという。流れで話題が脳研究の話になったので、最近の関心事として、ひらめいたことを話してみた。すると関係者氏は言った。
「それって、ゲームのような仮想空間をつくれば、そこからアクセスできるかもですねぇ……。うまくやれば既存のVRを発展させたシステムがつくれるかもですよ!?」
こう指摘されて、研究者はハッと目を見開いたという。
後にこの研究者が記した回顧録には、こうある。「それは衝撃だった。まさに『雷に打たれたような』という比喩を、私は身をもって体感してしまったのだ」と。
ここからNR研究が急展開していくことになる。
ひとまず3D空間を試作して動かすことから始まったが、その結果明らかになったのは、「ヒト本体が寝ているのにも関わらずアバターは起きていて、仮想空間を自由に動きまわれるみたい、なんだが……?」という謎仕様だった。
仕組みはよくわからない。しかしGAMEブレイン領域がヒトの就寝時に活発化することに
このような経緯でニューラルリンクをベースにしたゲームシステムの開発が進められていく。
基本的にはVRシステムからの応用・発展型だ。
なので一見すると、VRMMOと似たようなシステムなのだが、明らかな差異があった。
特にゲーム内で身体感覚にフィードバックしてくる迫真的なリアリティが、それだ。驚くほど鮮明で、生き生きとし、生の実感を得られるほどのリアル感は、テストプレイをした人もすぐ気づいたようだった。「やばい」「私はここで……生きている……」「これはもう転生では」「いやもうこっちの世界で暮らしたい……」という感想もちらほら見受けられた。おおむね好意的な評価が得られたのである。
一方NRMMOのシステムで大きな難点をあげるとすれば、ゲームへの接続手段に制限があることだろう。「人体が睡眠状態にあることを必要とする」ため、起床時にはリンクできない。つまりゲーム世界に常時入り浸ったりはできないのだ。だがそれに関しては「寝ているときに動けるのはメリット。時間を有効活用できて、いろいろはかどる」「もうひとつの人生を送ってる感じでおもしろい」とポジティブに解釈された。
もちろんネガティブな意見もあった。代表的なものは「寝ることで脳を休ませているのに逆に酷使するなんて! あとからどんな弊害が!」というものだ。
しかし開発ラボ内および有志のテスト段階では特に不具合は見つからなかったし、ヘッドセットの量産化にいちおうのめどがついたところで、一般化へのゴーサインが出るに至った。
だがここにきて新たな問題が出てきた。ユーザーの増加があまりにも急激だった場合、その負荷にサーバーが耐えられるか? という問題だ。なので、ひとまずは枠を狭め、プレイ希望者に順次入場コードを送りつつ、既存のテストユーザーがリアルの友人知人をゲームに誘う招待制を採用。
結果として、なんとなーくゆるいつながりの人たちが多く集まった。そのせいか、ゲーム内の雰囲気が比較的ゆるふわな感じで今のところはおさまっている。
ときには「昔、初期のSNSが流行りはじめたときがこんな感じだったんじゃがのう、なつかしのう――」という
◇
さて、ここまでの話を三行でまとめると――
一:脳に未知の領域が見つかった。寝てるときに活発化。
二:どうやらゲームと相性がいいと判明。
三:寝てるとき限定でゲーム世界に入れる。実質人生の活動時間が八時間ほど増える。
ところでNRMMOへの接続に関してだが、ヘッドセットを用いるのはVR時代と同じく従来どおり。けれど大きな違いは、すべて脳の神経系のみでリンクをすませることにある。
これまでゲームプレイ時に大型のヘルメット形状のものが必要とされていたところを、比較的小型の筐体で事足りるようになったのは、大きなメリットだった。ゆえに以前は必須だったアクセサリ――グローブ等も必要なくなった。
なんらかの要因で現実世界での体が目覚めたり、その必要があると機器が判断したときには強制ログアウトするセーフティ機能も搭載している。
人間の体は、邪魔の入らない環境で、ベッドなどで安楽な状態を維持できればよい。
あとは寝るだけである。
ゲーム内のアバターで活動しているときでも、本体とリンクしている感覚を適度に共有しつつ、リアルでちょっとした動作をすることも可能だ。ベッドで寝返りをうったり、一緒に寝ている猫を抱っこしたり、撫でたり、愛でたり、吸ったり……。
これができるのは、「アバターから本体を見ている感覚」があることに起因するらしい。あるテストユーザーはこれを「何か幽体離脱して自分を見てるみたい……」と表現した。
あるつわものは、本体(リアルの人体)が尿意をもよおしたとき、ゲームに接続したまま、そのままトイレに行ったという。ここまでいくと
簡易なヘッドセットを準備するだけでいいし、ゲーム内で実生活の延長にも使える——これはなかなかいいのでは!? ということで売上も順調にのびていた。
今、かすみがサインインしようとしているNRMMOのゲームは、そんな新世代のゲームだったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます