第十四話 聖女と皇子
アルベルト兄様とケティレイの結婚式は晩秋に行われた。帝宮の神殿で行われた結婚式はそれはもう華麗で素敵で、お兄様と仲良しのケティレイの結婚式なものだから私は感動して、ボロボロ泣いてしまったわね。
私は聖女なので、神殿長の祝福と同時に私も二人に大女神フェレミネーヤの祝福をする。これは少しの魔力で光を二人の上から振らせる特別な魔法なんだけど、私は気合いを入れ過ぎてちょっと盛大過ぎる光を振らせてしまった。列席の皆様は聖女の祝福を浴びて喜んでいたけれど、アルベルト兄様とケティレイは苦笑していたわね。
結婚式の後は帝宮で披露宴が行われる。次期公爵の披露宴なのだから当たり前だけど普段の夜会とは比較にならない盛大な宴席で、しかもこれが五日連続で行われるのだそうだ。大貴族が全員一回は出席出来るようにだという。もちろん私達ヴェリトン公爵家の家族は毎日出席だ。この日のために仕立てたドレスを着て宝飾品で飾り立てて、皆様に挨拶をする。
私達だけでは無く、皇帝陛下以下帝室のご一家も連日出席なさる。ヴェリトン公爵家を重視している事を示すためだ。アルベルト兄様はもう少ししたら公爵位を継いで、帝国の筆頭大臣の地位をお父様から引き継ぐ予定だ。ただ、この場合、お父様は前公爵という事でそのまま陛下にお仕えする。次の皇帝の代になって初めてお父様は引退して、完全にアルベルト兄様に全ての事が引き継がれるのだ。
次の皇帝がアルベルト兄様をそのまま筆頭大臣とするかは分からない。筆頭大臣は公爵家から出るので、アルベルト兄様か他の次期公爵の中から選ばれるのは間違いないんだけど。
帝国の帝位は終身制で、皇帝陛下が亡くなった時に次代に引き継がれるのが普通だが、次期皇帝が決まった段階でその方は皇太子に任ぜられ、皇帝陛下からかなりの権能を引き継ぐ。共同皇帝と言って良い状態になるのだ。
そして皇帝陛下が亡くなるか、引退なさると即位して皇帝位を引き継ぐ。皇帝陛下が引退なさるパターンの場合は、陛下が病弱だとか老病が進んで皇帝の任に耐えないなどの場合が多いようだ。今の陛下はまだお若いし健康なので、次期皇帝が決まっても当分は皇帝位に居続けて下さるだろう。皇太子は皇帝陛下に匹敵する存在なので、皇太子夫妻は帝国の根本に魔力を奉納する事が認められているのだ、とはちょっと前に皇帝陛下がわざわざ教えて下さった。
皇帝陛下は帝国の魔力不足の現状をヴィルヘルム兄様や私に伝えられてかなり焦っておられるようだった。
「私の魔力が足りぬ為に帝国の臣民が苦しむようでは皇帝失格だ」
と嘆いていた。陛下の魔力はけして少なくなく、カトライズ殿下と同じくらいあるし、皇妃様だって十分な魔力があるそうなんだけど、それでも足りないのだ。陛下の魔力が足りないのもあるのだろうけど、年二回の大祭で大貴族が一斉に魔力を奉納する、あの時の魔力も年々減っているのだ。
魔力に関してはよく分かっていないことも多いらしい。大女神様から大昔に授かった力で、基本的には貴族しか持っていない。特に皇族は初代皇帝や先の聖女、英雄の血を取り入れて高い魔力を維持している。しかし、この五十年くらいでかなり急激に魔力の不足が起こっていて、その原因はよく分かっていないらしい。
ただ、私の見るところ、大女神フェレミネーヤへの信仰心が衰えていたのが原因じゃ無いかと思う。魔力を色々使っていると、その力をフェレミネーヤ神から授かった力だという認識が段々無くなって行く。そうすると貴族でもフェレミネーヤ神や神々への信仰心を薄れさせてしまう。そのせいで段々フェレミネーヤ神の加護が薄くなり、魔力が無くなってしまったのじゃないかと思うのよね。
私も正直、実際にお会いしてフェレミネーヤ神には良い印象を抱いていないし、正直信仰心なんて無かったんだけど、そのお力で混沌を回復し、カトライズ殿下やヴィルヘルム兄様を癒やしてきた経験から、段々と大女神の加護を信ずるようにはなった。相変わらず女神様の性格自体は嫌いだけど。特に前回の混沌を癒やした時、大女神様のお心と繋がったようになり、その無尽蔵のお力と直結した経験は、大女神様のお力こそが魔力なのだ、と思わされた。
つまり、大女神様に祈り、その存在に心を少しでも近付けて、大女神のお力と自分の力を繋げる事が出来れば、大女神様からお借り出来るお力を増やすことに繋がるのだ。
私はそう考え、機会がある毎に大貴族達にそう伝えたわね。少なくない人たちがそれを真面目に聞いてくれて、フェレミネーヤ神を始めとする三大女神に真剣にお祈りする機会を増やしたらしい。何しろ、私は平民から聖女になったのだもの。魔力を増やしたという事にかけては他の追随を許さない。その私の言葉だから説得力があったのだろう。
そうやって大女神様のお力について説いて回る姿は如何にも聖女らしかっただろうね。あの性悪女神の思うつぼだわ。
でも、フェレミネーヤ神もおそらくはこの帝国の信仰心低下による魔力不足、それによる帝国の大地の衰退を憂いていたんだと思うのよね。あの態度は全然そうは見えなかったけど。
女神の力を見せ付けて信者を増やせ、というのは結局、帝国全体の魔力を底上げして帝国を救えという意味だしね。ならばもう少し女神らしく丁重に優しく慈悲深げに言ってくれれば良かったのだ。
魔力の回復は一朝一夕で成せる事では無い。地道に大女神様への信仰を説いて、大貴族の信仰心を増してもらい、そして世代を経て徐々に増えるというくらいのものだと思う。その為には私の聖女としても活動は必要だし、当座の間に合わせに私が魔力で混沌を回復して、皇妃として帝国の根本に魔力を注いで行くのは必要な事なのだろう。そういう風に頑張る姿を見て、貴族達は一層フェレミネーヤ神のお力を信ずるようになって、それが帝国に魔力を増やして行く事になるのだろうから。
◇◇◇
アルベルト兄様の披露宴でも相変わらず次の皇帝候補、つまり私の結婚相手の話で持ちきりだった。私はヴェリトン公爵家の長女で宴席のホストだったから、完全に大人の社交をしなければならなかった。もう七十日もすると成人のお披露目式があって私は完全に大人として扱われるようになる。それまでは子供でいたいんだけどね。
私だけでは無くルドワーズも完全に大人の格好で大貴族と渡り合っている。あれを見ていると姉として負けられないじゃない? 私も教育の成果を発揮して立派な淑女なんですよ、という所を見せ付けなければ。
ということで、私は逃げ場を失っていろんな人に質問攻めにあったわよね。特に皇族の皆さんやその係累の方は、私がカトライズ殿下とルドワーズのどちらを選ぶかによって、次代の皇帝陛下の御代での対応の仕方が全く変わってくるので、笑顔ながら真剣に、根掘り葉掘り私の気持ちを知ろうとして来た。
ヤックリード公爵家のイルコティアは年齢も年齢なので、私に早く相手を選んで婚約しろと婉曲ながらもの凄い圧で迫って来たわね。彼女はカトライズ殿下が好きで、彼との結婚を熱望しているのだけど、それはそれとして貴族の令嬢であるから、結婚相手が想い人とは限らない事は完全に理解していた。
なので、カトライズ殿下と結婚出来なかった場合は、ラルバイン次期公爵かルドワーズと結婚する事になるのだそうだ。二人は私よりも二つ年下なので、私より一つ年上のイルコティアとは三歳差、しかも年下になる。貴族女性が大きく年上の男性と結婚することはままあるのだけど、年下の男性と結婚することは希である。公爵家の第一令嬢が年下の男性と結婚するのは普通婿取りの場合に限られる。年下の男性に嫁に行くというのはほとんどあり得ない。
「他に適当な相手がいないのだから仕方がありません。まぁ、ルドワーズ様なら堂々としていらっしゃるし、年下と感じられませんから気にならないかも知れませんね」
と、その場合はどちらかと言えばルドワーズの方が良いと考えているようだった。
ただねぇ。ルドワーズは私と結婚したくて無理をしているのだから、私と結婚出来なくなったら一気に全てに対するやる気を失ってしまいそうなのよね。本人はお父様お母様に一言も「私と結婚出来なかった場合」の話をしないそうなんだけど、私と結ばれなかった場合は公爵になんてならずに神殿に入って神官になるような事を匂わせたらしい。
ルドワーズの大きな魔力が帝国の為に活かせない(神官になって神殿で魔力を奉納してももちろん国土に魔力は満ちるんだけど、領主になって直接その土地に奉納した方が効果が高い)のは帝国にとって損失なので、もしもルドワーズが皇帝になれなかった場合にも、皇帝陛下やお父様お母様が説得して公爵として帝国に仕えさせようとするだろうけど。でも、ルドワーズは頑固だからなぁ。
もっとも、イルコティアはやはりカトライズ殿下と結婚したいらしく、私にこうも言った。
「貴女はルドワーズ様を選ぶべきではない? ルドワーズ様はカトライズ殿下よりも魔力が大きいのだもの。魔力不足の帝国を支えるのなら、魔力が多い者が皇帝になるべきでしょう?」
イルコティアは自分がカトライズ殿下と結婚出来るのであれば、殿下が皇帝になれなくても構わないと思っているので(ある意味、地位ではなく殿下ご本人の事が好きだという純愛の証明でもある)、私とルドワーズをくっつけてカトライズ殿下と結婚するための意見ではあるけど、一理ある。
ルドワーズは成長に従って魔力も増えて、カトライズ殿下よりもかなり多い魔力を持つようになっているらしい。帝国の魔力不足を救うには、ルドワーズの大きく、そしてフェレミネーヤ神の強い加護を持つ魔力を帝国の根本に捧げられるように、彼を皇帝にした方がいい。
ルドワーズなんかは堂々とそう言っているけどね。
「ニア姉様の聖女の魔力と、私の魔力を帝国の根本に捧げる事が出来れば、帝国の魔力不足もかなり解消され、少なくともこれ以上の混沌の拡大は防げる事でしょう」
これは混沌の拡大に怯える領主貴族にとって、これは重要な事で、ルドワーズを支持する貴族が増える大きな要因にもなっていた。
ちなみに私も成長と、恐らく混沌回復でフェレミネーヤ神と心が近付いたのが要因で魔力が増えており、元々測定不能なほど多かったのだけど、今では一人で大貴族五人分くらいの魔力がありそうだ。それに加えてクインチャーミ神の魔力もあるのだから、これは私でも帝国のためを思うのなら自分が皇妃になるべきだと思うわよね。
イルコティアはルドワーズの事を推し、もしも自分がカトライズ殿下と結婚して新たな公爵家を興した場合にはルドワーズと私を、つまり次期皇帝と皇妃をしっかり支えて行くと約束してくれた。皇帝と皇妃にとって、公爵家の支持は重要な事だ。もしもルドワーズと私が皇帝と皇妃になった場合、公爵家はヴェリトン、ヤックリード、ラルバインに咥えてカトライズ殿下の興す四公爵家となる予定だ。この内、間違い無く私達を支持してくれるのはヴェリトン公爵家だけで、他の三家は分からない。
三家が皇帝と皇妃に一致して歯向かった場合、皇帝と皇妃は譲らざるを得なくなるだろう。そういう状況を避けるためにカトライズ殿下とイルコティアが興す公爵家の支持は重要なのだ。
もしも私とカトライズ殿下が結婚して、ルドワーズとイルコティアが結婚して公爵家と興した場合、二人とも想い人を奪われている訳だから、皇帝と皇妃を支持してくれなくなるかもしれない。それを言ったら私がルディと結婚した時カトライズ殿下が支持して下さるかは分からないんだけどね。イルコティアが言っているだけだし。
こんな感じで散々プレッシャーを掛けた後イルコティアが去って行くと、今度はラルバイン公爵がやってきた。お父様と同年代の方で、少し恰幅が良くて童顔だ。お互いに丁重に挨拶をする。
公爵はひとくさりアルベルト兄様を褒めた後、そうそう、という軽い感じで言った。どう考えてもこっちが本題だったけど。
「カトライズ殿下の評価は貴族達の間でこの所急激に上がっていますよ」
殿下は混沌回復の遠征に失敗した後、政務の方で挽回しようと頑張っているらしい。
元々、カトライズ殿下は皇帝になると思われていたから、もっぱら政務についての教育が施されていたのだった。活発だったので騎士としての訓練も喜んでやっていて、かなり実力もお有りだったのだけど、それよりもやはり政治の方が得意分野なのだ。
カティは積極的に大貴族とお話をして、色々な問題点を把握しては、適切な優先順位で次々とそれを解決しているのだという。政治というのは要するに、関係各所と調整し予算と人員を適切に配分して動かす事である。これを重要な順番に公平に適切に行うのは大事なのだ。贔屓をして順番を入れ替えたり予算を渋っていると見られたりすると、たちまち不満が生じ、それは皇帝陛下と帝国に対する不信になる。
困窮した領主への支援みたいな、不満の出易い問題は特に難しく、どうやったって何処かしらから不満は出てしまうものなのだ。それにはやはり、コミュニケーションが大事である。カトライズ殿下は不満を持つ者と直ぐに面会し、話し合ってその者の不安を解消するように努め、その結果貴族達から高い評価を受けるようになっているそうだ。
「果たして、まだ未成年で政治についての教育もされておらず実務も行っていないルドワーズ様に、カトライズ殿下ほどの政治力があるかどうかは疑問ですな」
ルドワーズもお父様やアルベルト兄様に色々教わっているけど、それは帝王教育を受けて実務を既に何年も熟しているカトライズ殿下には劣るだろう。しかし皇太子になってしまえば言い訳は出来なくなる。その時に弱点が露呈すれば、ルドワーズは貴族達から大きな非難を浴びることになるだろうね。
「カトライズ殿下は皇帝に相応しきお方だと、我が家は思いますがな」
これはつまり、ラルバイン公爵家はカトライズ殿下を支持し、皇帝になった暁には一族上げて支持するという意思表示なのだ。逆に言えばルドワーズが皇帝になっても支持しないという事だろう。もっとも、実際には状況は変化するものだからそんな単純な話では無いと思うけど。
こんな感じで何人もの大貴族の皆様、夫人とお話をしていい加減疲れ果てた頃に、カトライズ殿下がやってきたのだった。
◇◇◇
今日のカトライズ殿下はフォーマルな紺色のコート姿。祝意を示す華やかなお姿だったわね。すっかり大人の装いで、子供の頃のやんちゃな感じは影を潜め、堂々とした貫禄すら感じさせる態度だった。銀髪を揺らし、薄黄色の切れ長の目を細めて微笑む。
「どうしたのだ? 随分お疲れだな。ニア」
そして私の手を取ると、侍従に席を用意させてそこへ私を導く。椅子を引いて私を座らせると、その横に静かに座る。私の好きな果物と、炭酸水も直ぐ用意させた。私はホッとして身体の力が抜けた。
「まだ大人の社交には慣れていないから、疲れました」
「最初は誰でもそうだ。直ぐに慣れる」
カティは優しく言うと、自分も何かの果実酒に口を付けていた。彼もそんなお酒を口にする年齢になったのだな、と思う。彼は私よりも二つ年上だからもう十六歳だものね。最初に出会った時、つまり死にかけた彼を癒やした時は、まだ尊大でやんちゃな子供だったのに。
自然とあの時に血を吹き出していた喉元に目が行く。そこにはしっかりとした喉仏が見えた。あの時はすらっとした喉だったのに。背も随分大きくなったし、体格もしっかりして逞しい。剣技ではあのヴィルヘルム兄様と良い勝負だとか。実際に帝都周辺の魔物を討伐して実戦経験もあるそうだ。
カトライズ殿下は微笑んで私を見ているけど、無言だ。話しかけてこない。
多分、私が他の人と沢山話をして話疲れているのを見越して休ませてくれているのだと思う。彼にはそういう気遣いと、いわゆる包容力がある。そういう部分ではやはりカティは私よりも随分と大人で、頼れるお兄さんなのだ。
彼が早々に私を自分の結婚相手と見なし、頻繁に私に愛を囁くような事にならなければ。私が聖女にならず、もしも私がヴェリトン公爵家の実の娘で無ければ。私は彼に第三の兄として懐いて甘えただろうね。私はどうも甘えたがりで、ヴルヘルム兄様が婚約してしまって彼に甘えられなくなってから、甘えられる兄を求めてうずうずしているような所がある。
カトライズ殿下と婚約すれば、彼に甘えても良いのだろうか。
そんな事を考える。いえ、無理ね。兄と婚約者は違うし、結婚すれば次代の皇帝、皇太子夫妻になる二人だ。甘えている場合ではないだろう。そもそも私はもうすぐ成人して大人になる。大人になってまで兄に甘える事を考えていてはいけないわよね。
そんな事を考えていると、カティがクスクスと笑った。
「ヴィルが婚約してから、甘える先が無くなって寂しそうだな。なんなら私に甘えても良いのだぞ?」
考えていた事を見事に言い当てられて、私は思わず顔が真っ赤になってしまう。笑顔で表情を隠す余裕もない。
「な、なんで……」
「ニアは分かり易いな。そんな物欲しげな顔で私の事を見ていれば分かろうというものだ」
「も、物欲しげな顔なんてしてないわよ!」
「ニアはいつも寂しそうだ。特に、側に兄弟がいない時はいつも」
カトライズ殿下の言葉に、私は思わず声が詰まってしまった。寂しそう? そんな事は初めて言われた。いつもニアは楽しそうねってお母様なんかは言うし、友達もニア様は悩みが無いのですか? なんて聞くくらいなのだ。
だけど、カトライズ殿下の言葉を、私は否定出来なかった。寂しい。……そうかもしれないと思ったのだ。
今では聖女だ次期皇妃だ、なんて言われているけど、元々私は八歳で故郷を出て帝都に出て来た田舎の少女だった。家族と別れ、サンド商会で丁稚として働き出してからは誰にも甘える事など出来なかった。そもそも父さんとは死別し、母さんは再婚してから私には余所余所しくなったから、丁稚になる前に既に私は肉親からの愛を失った状態だったのだ。
それが思いがけずヴェリトン公爵家に養女として入り、私は新しい家族に目一杯愛された。私は嬉しく、そのせいでより一層家族の愛を求め、甘えたがりになってしまったのかも知れない。家族からの愛に、甘える事に私は強く依存しているのだ。愛されたいという渇望は、結局元の家族から捨てられてしまったという寂しさから来るもので、それを私は新しい家族からの愛で懸命に埋めているのだろう。
そう、私は寂しいのだ。今日アルベルト兄様が結婚し、ヴィルヘルム兄様は婚約してしまった。お父様お母様はまだお元気だけど、私が成人してしまえば甘える事を許してくれなくなるかも知れない。段々私の周りから私を甘えさせてくれる人がいなくなる。愛が失われて行く。そう考えると私は寂しさで心が震えるような心地がするのだった。
カトライズ殿下が手を伸ばして、膝の上で握りしめてしまっていた私の手に触れた。
「すまない。怖がらせるつもりは無かった」
寂しさは恐怖を生んだのだろう。私は無意識に身体を強ばらせていた。きっと表情にも恐怖が表れているのだろう。カティは心配そうな表情で私を見詰めていた。彼は私の手を自分の手で包み、暖めるようにしてくれた。
「君が寂しがっているのは、最初から知っていた。君と会うようになってから直ぐに気が付いた。……私も寂しかったから……」
私は思わずカティの顔を見てしまう。
「私は皇子だったからな」
カティは多くを語らなかったけれど、それで私は大体察することが出来た。
貴族はそもそも、生まれて直ぐに乳母に預けられる。そのため、親子の愛情は希薄な場合が多い。今の皇妃様はカトライズ殿下を大事にしていらっしゃるけれど、それはやはり平民が子供愛するのとやはり少し違うのだろう。乳母も第一皇子ということで遠慮がちに扱ったのではなかろうか。そして侍女や侍従や、彼を教育する教師達や家臣達も、カティを大事にはしているけど愛情をくれなかったのだと思う。
つまり、カティを甘えさせてくれる人はいなかったのだ。それでカティは寂しい思いをしていたのかも知れない。それは今の家族に愛されている私よりも深刻な寂しさだっただろう。孤独であったとさえ言って良い。
その孤独に比べれば私の寂しい気持ちなど全然大した事ではない。私は恥ずかしくなった。しかし、そんな私の気持ちをカティは直ぐに察して、首を横に振った。
「君の寂しさと私の寂しさは違う。比べるようなものではない。大事な事は私が君の寂しさに気が付いた、その寂しさを埋めてあげたい、と思った、という事だ」
カティは私の事を真剣な瞳で見つめながら私の手を包む自分の手に熱を込めた。
「私では、君の寂しさを埋められないだろうか?」
その瞬間、私の心にあの力、愛の女神クインチャーミの力が湧き上がるのを感じた。私はその事に戸惑いながら、しかしそれはなんだか悪くない心地だった。私はフワフワした気分のまま、なんとかこう答えた。
「……いいえ、カティがそうしてくれたなら、嬉しいです……」
「よかった!」
それからしばらく、私とカティはそのまま談笑したのだけど、私は何だか顔が熱くって、カティの顔が直視出来ないままだったのよね。
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