第十三話 傷心聖女

「どうしてなのよ〜!」


 と、私は叫んだわよね。お屋敷のベッドの上で悶えて喚いたわよね。オイオイ泣いたわよ。


 婚約者候補だったヴィルヘルム兄様に恋したのだ。問題無く実ると思うじゃない。普通。


 それが完膚なきまでにフラれてしまったのだ。嘆きの言葉も出ようというものだ。


 なにしろ、遠征から帰ってきて直ぐにヴィルヘルム兄様に婚約を発表されてしまったのだ。私がアピールしたり翻意を促す暇もなかった。


 後で聞いた話では、兄様は帰郷するなりお父様お母様にフレイヤーヌとの結婚の意思を伝え、すぐさまイルバン侯爵家に婚約の申し入れをし、同時に皇帝陛下に皇帝候補辞退の意思表示をしたらしい。


 ヴィルヘルム兄様の有能さを示す早技で、一切の隙がなく、私が口を挟む暇もなかったのだ。これはもう明らかに、私の好意を受け入れないという強い意思表示だった。私が兄様に恋心を抱いたのは、兄様にも分かったと思うので。


 イルバン侯爵家は驚いただろうけど、元々あった縁談でもあるし、何よりフレイヤーヌがそれはそれは喜んだらしい。彼女は後に夜会で私に幸せ一杯な顔でこう言った。


「ヴィルヘルム様と結婚出来るなんて夢のようです!」


 彼女は私と仲良しである事から分かるように、子供の時から活発で外を走り回るような少女だった。ヴィルヘルム兄様とは私が養女になる前からの付き合いで、一緒に泥んこになって遊んだ仲だったのだ。


 幼き頃からの初恋を成就させたという事で、それは喜ぶのも当たり前だ。兄様が皇帝候補になってしまって縁談が立ち消えそうになっていて、がっかりしていたのだろうから喜びも一入だろう。


 それは分かる。分かるし、フレイヤーヌは仲の良いお友達だし、彼女が幸せそうなのは私だって嬉しい。嬉しいけど、それだけに私が「私だってヴィルヘルム兄様と結婚したい!」と無理を言って、その幸せをぶち壊しには出来ないというジレンマを生ずる事になる。


 結局、私はヴィルヘルム兄様を諦めるしかなかった。私は泣いてお母様に抱き締めて慰めてもらったのだけど、お母様はため息を吐きながらこう言った。


「貴女が聖女じゃない頃は『僕がニアと結婚する!』と言ってたんですけどねぇ。ヴィルヘルムは」


「え? そうなの?」


 それは初耳だった。


「ええ。でも貴女が聖女になり、カトライズ殿下がニアに執着するようになると、逆に『私がニアと結婚するわけにはいかない』というようになりましたね」


 お母様が言うには、ヴィルヘルム兄様は魔力量がカトライズ殿下やルドワーズよりも低く(それでも普通の貴族よりも多いけれど)、自分が皇帝になどなってしまったら、魔力が足りずに帝国はもっと魔力不足に悩む事になるのではないかと気にしていたらしい。


 カトライズ殿下は「ヴィルなら皇帝になっても問題ないだろう」と言ってらしたのだけど、ヴィルヘルム兄様は子供の頃から皇帝になるために厳しい教育を受けてきたカトライズ殿下こそ皇帝に相応しいと思っていて、そして私への殿下の想いの強さも知っていた。


 どうもそういう諸々の事情や考えを総合した結果、私からの想いを受け入れられない、という結論になったらしいのだけど、そんなの私には知ったこっちゃないわよね。


 私は失恋のショックで立ち直れず、十日ほど泣き暮した。ピアリーニやお母様に慰められても気は晴れない。


 そして気になる事が一つあった。ヴィルヘルム兄様を癒した時にあの力のことだ。


 あれは私の魔力でもフェレミネーヤ神の力でも無かったと思う。ヴィルヘルム兄様を想う心が膨れ上がり、愛しさが暴走した結果、私の中から湧き上がった力がヴィルヘルム兄様を癒したのだ。


 いわば愛の力だ。そう言っちゃうと恥ずかしいけれど、そう言うしか無いのよね。あんな力があるのだろうか。


 恥ずかしくて人には相談出来ないのでお屋敷の図書室で調べた結果、一応既知の力であることが分かった。魔力の一種で、三柱の大女神により与えられた魔力とは別の魔力であり、非常に稀にだが持っている者がいるそうだ。


 魔力が神から授かった力だとすれば、大女神以外から授かる事があってもおかしくない。そういう魔力はいくつか確認されているらしい。


 で、私のあの時の力は愛の女神クインチャーミから授かった力であるらしい。私が元々持っていたものか、あの時に授かったお力なのかは判然としない。あの時私は直前に、混沌を癒すためにフェレミネーヤ神と直結して神々の世界に心が近付いたのだと思う。その時にもしかしたら愛の女神に授かったのかもしれない。


 私は元々フェレミネーヤ神から頂いた大魔力の持ち主だった。それに加えて愛の女神クインチャーミからも魔力を授かったのだとすれば凄いことだ。


 この魔力を帝国の根本に奉納すれば、魔力不足が深刻な帝国の大地を癒せるかもしれない。ちなみに愛の女神の魔力には色が無いようだった。これはこの世の中を生み出して形成しているのが三大女神であり、愛の女神は入っていないからだと思われる。


 しかし、あの時感じた愛の女神の魔力は、あれ以来自分の中に感じることは出来なかった。元々見えない魔力だし、緑の魔力が十分に満ちた状態では発揮できないのかもしれない。


 あの時に、ヴィルヘルム兄様を想えば想うほど力が湧いて出た事を考えると、魔力を出す条件が「恋をしている事」である可能性もある。なにしろ愛の女神様だしね。


 となると、愛の女神様の魔力を引き出そうとするなら、私は誰かに恋しなければならないという事になる。例えば愛のない結婚をした場合、クインチャーミの魔力は発揮出来ないかもしれない。


 私は今回の遠征で、混沌を回復するだけでは帝国の衰退を止められないという事を理解した。なので、聖女である私が皇妃になって、帝国全体の魔力を底上げするという帝国の根本へ魔力を注ぐ事が必要なのではないか、と思い始めていた。


 その時に、フェレミネーヤ神の魔力だけでなくクインチャーミ神の魔力をも捧げられれば、帝国全土をより一層繁栄させられるだろう。


 そのためには私は愛のある、愛し合える人と結婚しなければならないという事になる。つまり、残る皇帝候補であり、私の婚約者候補である、カトライズ殿下とルドワーズのどちらかを愛する必要がある、ということになる。


 そう都合良く愛せれば苦労はないんだけどね。ヴィルヘルム兄様に恋したのは意図しての事ではない。自然に愛せたのだ。元々気があって凄く仲良しだったのだもの。素養はあったんだろうけど。


 対して、カトライズ殿下とルドワーズはどうだろうか。


 ……二人とも好きではある。かなり。


 まずカトライズ殿下はもう何年も私への好意を隠していない。正式なプロポーズこそしてくれていないけど(殿下がそんな事をしたら色々大変な事になる)、私を妻にしたい、皇妃に迎えたいという意向はヴェリトン公爵家に伝えられていた。


 銀髪と薄黄色の瞳を持つカトライズ殿下は、誰もが一致して帝国一の美青年であると言うほど華麗な容姿を持っていて、背も高く笑顔も素敵。その彼が「ニア」と親しく愛称を呼んで優しくしてくれるのだから、私はカトライズ殿下の事は間違いなく大好きだった。


 プライドが高く、他人の言う事を素直に聞けないカトライズ殿下が、私の言う事ならかなり聞いてくれるのも可愛くて好きだったし、私といる時だけ少し無防備な、砕けた態度を取るのも好きだったわね。


 正直、お家の都合でカトライズ殿下と結婚しろ、と言われたら素直に、しかも前向きに彼の所に嫁に行っただろう。皇妃にはなりたくなかったけど、カティの事はそれくらい好きで信頼していた。


 ルドワーズの事ももちろん大好きだった。

 

 ルドワーズは私にとって特別な存在だ。なにしろ彼を助けていなければ、私はヴェリトン公爵家に迎え入れられていないし、聖女にもなっていない。川に落ちたルディを助けるために橋から叫びながら飛び降りた瞬間、私の運命は動き出したのだ。


 だからある意味私はルドワーズに感謝しているし、だから殊の外彼を可愛がってきた。単純に可愛い弟でもあったし、フワフワ金髪にぱっちりしたグレーの瞳のルディは純粋に可愛い子供でもあったし。


 その彼が私の婚約者候補に名乗りを上げ、正式にプロポーズしてきたことは驚きだったけど、嬉しかった事は事実だった。そうしてみると、私はルドワーズを完全に弟とは最初から見ていなかったのかもしれないと思う。


 それはそうなのよね。私は故郷に血の繋がった弟を二人残してきている。お父様お母様に対してもそうだけど、肉親に対しての感情と義理の家族への感情は同じではない。力一杯大好きで愛しているのは間違いないんだけど。


 だからルドワーズを弟とは思いながらもやはりどこか違う、一人の他人として見ていたのかも知れない。だからプロポーズされて違和感が無かったのだろう。


 そのルドワーズだが、彼はまだ私よりも二つ下なので十二歳の筈である。それなのに随分大人だ。なにしろ大人たちを向こうに回して皇帝候補として堂々渡り合い、手玉に取っているように見える。


 あまりに子供離れしたその様子に、彼を操る黒幕がいるのではないかと疑われ、息子を皇帝にしたいがためにお父様がルドワーズを操っていると噂されて困っていた。


 だが、実際は全てルドワーズ自身の企みと行動だった。彼は一人で考え、一人で行動し、遂には圧倒的な優位だった筈のカトライズ殿下と互角以上の皇帝候補に成り上がったのだ。


 というのは、やはりヴィルヘルム兄様の支持者はそのままルドワーズの支持者になってしまったようだったのだ。ルドワーズは元ヴィルヘルム派の貴族に積極的に声を掛け、すっかりその派閥を自分の支持者にしてしまった。


 ヴィルヘルム兄様は渋い顔をしていたけれど、この頃には兄様はルドワーズの事を認めるようになっていた。巨大な魔力に多くの人望。そしてその指導力とカリスマ性は確かに皇帝に求められる資質そのままだったのよね。


 それにしても、あの無邪気だったルドワーズがあんなに急に成長してしまうなんて。私は不思議だったし、ルディには可愛いルディのままいて欲しかったので不満でもあった。


 ある時私はその事をお茶の時にお母様に言ってしまった事がある。するとお母様はこの上なく複雑な表情で言った。


「全部貴女のせいですよ。ニア」


 え?


「ルディはね。貴女が我が家に来た時から『ボクがニア姉様と結婚する!』と言っていたのです」


 確かに、それは覚えているけど……。


「私はルディに言ったのです。『ならば貴方は早く大人にならなければね。ニアは貴方よりも年上なのですから、そうしなければ追いつきませんよ』とね。そうしたらルディは教育に物凄く熱心に取り組むようになりました。『姉様に追い付けましたか?』と何度も聞かれたものですよ」


 ルドワーズは寝る間も惜しんで勉強をして、独学で魔力の使い方も覚えて、お父様やアルベルトお兄様に帝国の諸問題について教わるなど、お母様が思わず「身体に悪いからやめなさい」と止めたくらいの努力をしたのだそうだ。


 現在でもそれは続いていて、お屋敷にいる間は何人もの教師を呼んで勉強を継続しているのだそうだ。お作法やダンスも抜かりなく練習し、お父様やアルベルトお兄様を質問攻めにして帝国の政治についても学んでいる。


 子供であるのに遊びもせずにだ。お母様曰く、各地で魔力を奉納するのだって、まだ子供の身体で長旅をして多くの魔力を使うのだから大変でない筈はなく、実際帰京後に熱を出して寝込んだこともあったらしい。


 そんな無理をする理由はもうひとえに私と結婚するためなのだという事だった。お父様お母様が何度も諦めるように言い、ヴィルヘルム兄様と口論になっても、ルドワーズは絶対にそこだけは譲らなかった。


 そのあまりの想いの強さに、お母様は説得を断念し、今では心の中では彼を応援していると言った。


「あの甘えん坊だった可愛いルドワーズが、驚くような成長を見せたのは貴女のためですよ。ニア。貴女がどんな選択をしても構いませんが、どうかその事だけは忘れないで欲しいのです」


 ……ヴィルヘルム兄様はカトライズ殿下の親友であるにも関わらず、この間はルドワーズも皇帝候補と認めていた。それはどうやらルドワーズのこの頑張りを目の当たりにしたからのようだ。


 実は、カトライズ殿下も最近はルドワーズの事を認めているようなのである。


 先日、帝宮に上がってカティと懇談した時の事だ。ヴィルヘルム兄様が皇帝候補から降りた事に、カトライズ殿下は複雑な思いを抱いているようだった。


「君はヴィルの事が好きだったんじゃないのか?」


 失恋直後だった私の胸はズキっと盛大に痛んだけど、そんな事はカティには言えない。それに他の人と婚約した男性を聖女が好きだったなどと言ったら大問題になってしまう。


 なので私は微笑むしかなかった。カティはそんな私の事をジッと見つめ、そして謝った。


「すまない。言ってもせんなき事だったな」


 どうやら私の胸の内は伝わったようだ。


「こうなれば、私が君の心をヴィルから奪えるように、頑張るしかない。ルドワーズに負けぬようにな」


 だが、カトライズ殿下は暗い顔をしている。彼は結構自信家での筈なんだけど、威勢の良いセリフとは裏腹に、あまり自信は無さそうに見えた。私は言った。


「ルドワーズを、どう思いますか?」


 私の質問にカティの目が丸くなった。意外な質問だっただろうか。私は慌てて続ける。


「いえ、他意は無いの。ルディは私の弟でもあるから、その……」


 カトライズ殿下は不機嫌にも見える顔で私の慌て様を見ていたが、やがてポツリと言った。


「皇帝に、相応しいと思う」


「え?」


 私は驚いた。カトライズ殿下は自分が皇帝になるのだという強い自覚を前から持っていた。ヴィルヘルム兄様にだって皇位は渡さないと叫んだこともあった。


 その殿下がルドワーズが皇帝に相応しいと言うなんて。私は呆然としたのだけど、そんな私を見ながらカトライズ殿下はフンと鼻息を吐いて言った。


「もちろん、私の方が相応しいとも。君の夫としてもな。だが、確かにルドワーズの魔力、人望、実績は皇帝の資格を満たしていると思う。認めざるを得ぬ」


 カトライズ殿下がそう言うという事は、おそらく皇帝陛下もそうお考えなのだろうと思う。そしてこれは帝国の上位貴族の総意でもあると思うのだ。


 ルドワーズを支持している貴族はカトライズ殿下を支持している者よりも多い。もちろん、皇帝陛下は絶対的な存在であり、陛下が支持しているカトライズ殿下は劣勢なわけではない。


 しかしながら、皇帝陛下やお父様を始めとする重臣たち、そして皇族が強引にカトライズ殿下を皇族会議で次期皇帝に指名することはもはや出来なくなっている。貴族の意思を無視して選ばれた皇帝など、即位と同時に貴族たちの離反を招くだろう。


 そこまで事態を持って行ったルドワーズを、カトライズ殿下は認め、対等なライバルとして相手にしようとしているのだった。もちろん、負ける気はサラサラないんだろうけどね。


 こうまで強力な皇帝候補が並立したというのは、長い帝国の歴史でもあまり例がないらしい。以前にそういう事があった時は、結局は内乱になってしまって収拾するまでに多大な時間と魔力と費用が掛かったそうだ。


 しかしながら、今回の場合は内乱は誰も心配してはいなかった。それはカトライズ殿下とルドワーズのどちらが即位しても、帝国の全貴族を納得させる方法があったからである。


 つまり聖女の選択だ。


 私が選んだ方が皇帝になる。それは大女神フェレミネーヤの神託なのだから間違いはない。それなら帝国の貴族は納得し、新皇帝と聖女である皇妃に素直に従う事だろう。故に、これほど二人の派閥の対立が明確になっても誰も内乱を心配しなかったのである。


  ◇◇◇


 ヴィルヘルム兄様の婚約に伴う諸々が片付くまで、混沌回復の遠征は中止になっていた。この間の遠征までで特に重大な混沌は回復出来たという事もある。


 ちなみに、ヴィルヘルム兄様は当初伯爵になる予定だった。


 しかし、兄様の功績があまりにも大である事と、兄様を皇帝候補に推していた貴族たちを納得させる意味もあって、ヴィルヘルム兄様は侯爵に叙され侯爵家を興すことを許された。


 「栄えある二十侯爵家」が二十一侯爵家になるわけだ。これは大変名誉な事で。帝国はヴィルヘルム兄様の頑張りに最大限報いたと言える。


 ただ、私は兄様に公爵家を興してもらい、皇族に残って欲しかった。でないと兄様が臣下になってしまう。ヴィルヘルム兄様にはそれだけの功績があると思ったし。


 しかしながら、この時点でルドワーズは皇帝になれなかった場合には公爵になることが確実視されていた。そうしないと彼を支持していた貴族が納得しなかろうというのだ。


 そうなると、ヴィルヘルム兄様を公爵にするとヴェリトン公爵家から二人の公爵が出てしまう事になる。それは流石に他の公爵家からクレームが出てしまうだろう。


 という事でヴィルヘルム兄様は侯爵になる事になったのだった。兄様自身は困った顔をしていたわね。


「伯爵で良かったのに。侯爵だと大きな領地をもらう事になるだろう? そうすると領地に魔力を大量に奉納し続けなければならないから、ニアの騎士でいられなくなる」


 ヴィルヘルム兄様が混沌回復の任務に来てくれなければならなければ確かに困る。反面、以前のようにベタベタ甘えられなくなった兄様とどういう距離感で旅して良いのかという懸念もある。それに、見事に振られた相手なのだ。普通に話すだけでも辛いのに、ずっと一緒にいるなんて辛いどころではない。


 でも、ヴィルヘルム兄様とお話し出来るだけで反射的にほわわ〜んと顔が緩んでしまうのだから、恋心というのは簡単に消せない困ったものなのだけど。


 そんな訳で私は久しぶりに数ヶ月に渡って帝都にいる事になったのだけど、そうなると逃げられないのが社交だった。


 私はもうすぐ、年末には成人する。まだ子供だけど、もうほとんど子供扱いされない。夜会に出ても子供の集まりに顔を出せるのはほんの少しで、ちゃんと大人向けのドレスで着飾って、お母様と一緒に大人に混じっての社交を余儀なくされた。


 成長が遅い(というか本当は一歳下なので他の子より遅くても仕方がない)私もこの頃にはようやく背がかなり伸びて胸もお尻も出てきたので、大人用のドレスを着ても格好は付くようになっている。


 そうやって大人に混じれるのは誇らしい事ではあったのだけど、そうやっていればどうしても大人として、皇族の成人、そして聖女として扱われる。そうなると結構容赦なく結婚問題についての質問を浴びざるを得なくなるのである。


 もちろんお貴族様会話なので、あからさまな直接的な表現は避けられているけどね。でも「銀のお方は聖女のためならなんでもすると仰っているそうですわ」「あら、金の方は聖女は自分の心臓だと仰っているとか」「お互いに譲る様子はありませんけど、ニア様の天秤はどちらに?」などとグイグイと聞かれるのだ。


 それは貴族の間での最大の関心事は私が誰を選ぶか、なんだから仕方がないんだけどね。しかし、失恋直後の私は正直、本当は結婚関連の話はしたくもないというのが本音だったから辛かった。


 そして更に困った事にもう一方の当事者達がもう全く自重する気が無かったのだ。


「姉様、お手をどうぞ」


 金髪にグレーの瞳のフワッとした美貌。ルドワーズが無邪気な笑顔で私に手を伸ばす。


「ルドワーズ。其方は未成年であろう。ダンスをする資格は無いぞ」


 銀髪に薄黄色の瞳。凛々しい微笑のカトライズ殿下が横合いから私の手を奪おうとする。ルドワーズは柔らかに笑顔を浮かべたままこれを揶揄した。


「弟が姉にダンスの教えを請おうとしているのに、邪魔をするなんて酷いではありませんか。殿下」


「そんな下心満載の邪悪な笑顔で言われても説得力が無いぞルディ」


 二人ともキラキラした笑顔なんだけど、目が笑ってない。バチバチと火花が散るのが見えるようだ。


 二人が争っているのは夜会で私と最初に踊る相手だった。ダンスを最初に共にする相手には特別な意味がある。未婚の女性が独身男性と最初のダンスを踊れば、その二人には即座に恋仲であるとの噂が立つことになる。


 私がこの二人のどちらかの手を取った場合、そちらが私の婚約者候補、つまり皇帝候補としてリードすることになるだろう。だから二人はこうして火花を散らしているのだ。


 ただね、二人は皇帝になりたいから私の手を争っているのではない。純粋に私を得たいから、私と結婚したいから私と最初に踊る権利を得たいのだ。私にはそれが分かるけど、周囲にはそんな事は分からないだろう。二人が皇帝の座を争っているようにしか見えないよね。


 お上品だけど剥き出しの敵愾心の応酬の間に立ち、私はだんだん腹が立ってきた。


 私は失恋して辛いのよ! それなのに二人とも私を慰めるでもなく、一方的に好意を押し付けて来るだけなのだ。私の事が好きだと言うのなら、ちょっとくらい私の事を見なさいよ! 私が落ち込んでいる事くらい分かるでしょうよ!


 プチッと切れた私は二人の皇帝候補を怒鳴りつけた。


「二人とも! いい加減にしなさい!」


 カティとルディの目が丸くなる。 

 

「喧嘩をするなら、貴方達とは踊ってあげません! 一人でその辺に立ってなさい!」


 呆然と立ち尽くす二人の貴公子を捨て置いて、私はプイッと立ち去った。そしてアルベルト兄様にお願いして最初のダンスを済ませてしまった。アルベルト兄様が苦笑する。


「おいおい。二人とも捨てられた猫みたいな顔をしているぞ」


「良いのです。少しは振り回される気持ちもわかってもらわないと」


 私ばかり状況に振り回されるのはズルイじゃない。私は選ばれるんじゃなくて選ぶ側なんでしょう? なら振り回されるのは私じゃなくてあの二人の方であるべきよね。


 アルベルト兄様と踊り終えた私に、カティとルディが走り寄ってきて、平謝りに謝ってきた。でも、私はその日は二人と踊ってはあげませんでしたよ。


 ……ちょっとへそを曲げてそんな意地悪をしたおかげで「聖女様が皇帝候補のお二人を叱りつけた。流石は聖女様だ。皇帝もやはり聖女には敵わない」と妙な評判になってしまったようなんだけどね。



 

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