第九話 怒る聖女
私は聖女なので、たまに皇帝陛下に呼ばれてお話をする事があった。
儀式の儀礼とか、混沌回復についての打ち合わせとかね。子供は普通、皇帝陛下と差し向かいでお話なんてしない。もちろん、少なくともお母様は必ず同席しての差し向かいだけどね。
皇帝陛下は良い人で、お母様の兄だから義理の伯父さんだ。なので慣れればお話ししていても緊張するような事も無い。
「最近、カトライズとは上手くやっているか?」
その日、私はお母様と並んで座って皇帝陛下とお茶を飲みながらお話していた。妙な質問に首を傾げてしまうが、アイマリーの言っていた私とカトライズ殿下の結婚話に関わる事ではないかと思い当たった。そうなると、迂闊な受け答えはしない方が良いかな。
「カティとは仲の良いお友達ですよ。陛下。それ以上でもそれ以下でも無いと思います」
私の言葉にお母様が吹き出し、皇帝陛下が苦笑した。
「そう警戒しなくて良い。別に縁談を推進しようというわけではないのだから」
バレたようだ。しかし陛下は続けて言った。
「二人のペースで進めてくれれば良い。急がぬ」
縁談の存在は否定せず、お母様も突っ込まなかった。これは我が家と陛下の間で次第に縁談が進み始めていた事を示していた。反対していたお母様も、流石に私が成人近くになっていたこの頃にはかなり縁談に前向きになっていたのだ。しかしそうとは知らない私は少し安心していた。せっかちに推進されないなら、まだ皇妃の座から逃れられる道はあると思っていたから。
「カトライズの事は嫌いではないのだろう?」
皇帝陛下のお言葉に、私は頷く。嫌いどころか大好きだ。優しいお兄さんで実に気が回るし、頼りになる。お父様とヴィルヘルム兄様の次に信頼している男性だと言って良い。
ただ私は恋愛事はまだ良く分からないし、結婚となるともっと分からない。更に、私が皇妃になったら戦争になってしまうかもしれないという恐怖も根強く頭にあった。
「私は皇妃にはならない方が良いと思うんです」
私が言うと皇帝陛下は目を丸くした。
「どうしてそう思うのだ」
大女神様の言ったことをお伝えしようとして、踏みとどまる。あれはあんまり人に言わない方が良いかもしれない。それに、大女神様のお告げという事になれば、むしろ逆に「大女神様のお言葉を実現しなければならない!」という騒ぎになってしまうかもしれないではないか。
私はうーん、と考え、無難な理由を捻り出した。
「イルコティアがカティの婚約者に内定していたと聞きました。それなのに私が割り込むのはどうかと思います」
「イルコティアとの婚約は決まっていたわけではないぞ? あくまでも家柄から想定されていたというに過ぎん」
「でも、イルコティアは皇妃になるべく何年も厳しい教育を受けてきたと聞きました。それなのに、突然私のせいで皇妃になれなくなったら良い気はしないと思いますわ」
私もこの間アイマリーに言われて気が付いたのだ。皇妃ともなれば貴族婦人のお手本と見做される存在だ。きっと歩けるようになって直ぐに、今私が受けている以上の教育を強制されて来たに違いない。それなのに平民出の聖女が突然現れて皇妃の座を掻っ攫って行ったら。それは恨む権利はあると私でも思うのよね。
「ヤックリード公爵家の方々もいい気分はしませんよ。そんな事になったらカティが皇帝になった時に困るのではありませんか?」
私が言うと、皇帝陛下もお母様も感心したようなお顔をなさったわね。子供子供だと思っていた私がいきなり賢い事を言ったから驚いたのだろうか。
「それはニアの言う通りね。お兄様、ヴェリトン公爵家としても、ヤックリード公爵家の恨みを買うのは避けたいですわよ」
「そこはヤックリード公爵家に相応の埋め合わせをせねばならんだろうが、魔力の問題がある。ニアの魔力を帝室に取り込むのは急務だろう」
確かに混沌回復に出向いている私は分かるけど、帝国の地に魔力が足りないのは事実だ。これを改善するために私を皇妃にして、皇帝と皇妃しか魔力を注いではいけないという決まりがある「帝国の根本」とやらに、私が魔力を注げるようにしたいと皇帝陛下はお考えなのだろう。
「それと、カトライズの気持ちもあるしな」
皇帝陛下は暗に、カトライズ殿下はイルコティアよりも私の方を結婚相手にお望みだと匂わせた。
貴族の結婚相手は親が決める事とはいえ、本人に相手の強い希望があり、身分的な問題が無いのであれば、無視される事はまずない。結婚生活が上手く行かなければ問題だし、上手く行かせるにはやはり気に入った相手と結婚させた方が良い。
ただ、私の見るところ、カトライズ殿下とイルコティアは別に仲が悪いわけではない。イルコティアが殿下の事を好きなのは明らかだったし、カトライズ殿下もイルコティアとは親しげで優しかった。それに、身長も雰囲気もしっくりしてお似合いだ。
やはり幼少の頃から結婚相手にすべく、お互い一緒にいさせられていたのだろうね。仲のいい幼馴染という雰囲気で、結婚しても普通に上手く行くと思うのよ。
でも、そんな事を私には言えない。カトライズ殿下を拒否してイルコティアに押し付けるように見えてしまうだろう。私は別にカトライズ殿下を拒絶したいわけじゃないのだ。
「まぁ、いずれにせよ、まだ何も決まっておらぬ。身構えずに普通にしていれば良いのだ。ニアは」
皇帝陛下は仰ったけど、そんな呑気な事言ってたらもうダメなんだろうな、というのは流石の私にも分かり始めていた。
◇◇◇
私は平民出身なので、貴族婦人の中には聖女として認められた今でも私の事を蔑む人がいる。
表面上は敬ってくれている人の中にも内心面白からぬ思いを抱いている方もいると思うのよね。
帝国では貴族が平民を故なく殺しても大した罪にならないくらい、貴族と平民には身分差があるのだ。それを飛び越えて公爵令嬢になった私はいくら大魔力を見せ付けて聖女であると主張しても、納得がいかない人がいても当然ではある。
これは慣習と感情の問題なので、皇帝陛下やお父様お母様の威光があってもなかなか根絶するのが難しい部分だった。
例えば、ヴェリトン公爵家に挨拶に来て、お父様お母様、一緒に来ている兄弟には丁重に挨拶をするのに、私にはしない、おざなりな挨拶で済ませる。
お父様お母様がいない時に、私の所にやってきて「あら、この辺平民くさいですわね」とか「優雅では無い雰囲気がいたしますね」と声高に言う。
私に触れた後にこれみよがしに手袋を替える。私の食べたお菓子の皿を給仕に命じて下げさせるなんてのもあった。よくもそんな嫌がらせを思い付くものだ。
当然私も気分を害したけど、より一層怒ったのが私の兄弟達、そして私のお友達達だった。
嫌がらせは社交に出た時に、ほとんどはお父様お母様がいないところで行われるのだけど、私の側には大抵兄弟の誰かがいて、そうでなくとも身分の高い私のお友達がいる。
貴族の世界では子供には爵位はないので、子供は一人前とは認められず、大人の方が絶対に偉い。
しかしそれは建前であり、伯爵夫人よりは侯爵家令嬢の方が尊重される。
なので、私が嫌味を言われた場合、嫌味を言った方より高い位の家の令嬢が怒って嫌味を言った方に注意してくれるのが常だった。
ただ、嫌味を言ってくる相手が侯爵夫人のような高い階級であると、やはり令嬢では叱りつける事は出来ない。
私にいつも嫌味を言って来る方の中にアズモンド侯爵夫人という方がいた。
元はヤックリード公爵家の方だったという三十歳位の夫人である。元皇族の誇り高さ故か、この方が私に対して事の他辛辣な態度を取ったのだった。
流石に元皇族、侯爵夫人となると私の友人の令嬢では反論出来ず、ヴィルヘルム兄様が成人していなくなると、アズモンド夫人から私を庇える人がいなくなってしまった。
すると、彼女はここぞとばかりに私をチクチクとイジメに来るようになった。わざわざ子供が集まっている所にまでやって来て嫌味を言うのだから暇な事だ。
しかもお父様お母様やカトライズ殿下のいない時を、注目を集めない位の短時間でこれをやる。自分の取り巻きの夫人を連れて来ることもあった。
私としてはあんまり事を荒立てるのはどうかと思ったのと、口汚い罵り合いが普通だった帝都下町での経験があったから、お貴族様のお上品な嫌味にはあんまり不快感を覚えなかった事もあって、私は夫人の事はほとんど無視していた。
実害がない限り、嫌味や中傷を相手にするならそれが正解で、身分高い者はやっかみや羨望から来る中傷からは逃れられないのだから、そんなものは貴族の鉄壁の微笑みで受け流すものなのだ。
そんな訳で、私はアズモンド侯爵夫人の事は完全に無視する事に決めていた。平民臭かろうが雰囲気が貴族的では無かろうが私の知った事では無いし、何も困らないのだから。
しかしある日、アズモンド侯爵夫人は完全無視を決め込む私の後からこう言ってしまったのだった。
「しかしアイリーヴェ様にも困った事。ヴェリトン公爵家を平民の血で汚すなんて。ま、元々あの方はやって良いことと悪い事も分からぬような方でしたからね。そもそも皇族には相応しく無かったのです」
これを聞いて私は顔から血の気が引く思いがした。そして次の瞬間沸騰した。グワっと魔力が盛り上がり、爆発しそうになる。私はお作法などかなぐり捨てて椅子から飛び降りた。
「お母様を侮辱するな!」
私はアズモンド侯爵夫人を金色に輝く瞳で睨み付けつつ叫んだ。全身から緑の魔力が溢れ出し、渦を巻いている。魔力が風を巻き起こし周囲の物をお皿からグラスからお菓子まで何もかもを巻き込んで吹き飛ばす。私のお友達が悲鳴を上げたけど、怒り狂った私の耳には届かない。
アズモンド侯爵夫人は吹き飛ばされて座り込んで愕然としていたけれど、私はそこに更に魔力と言葉を叩きつけた。
「公妃たるお母様に対する暴言! 許せません! 皇族に対する不敬は貴族であっても犯罪です! 貴女に罰を与えます!」
アズモンド侯爵夫人は圧倒されて仰け反ったが、それでもバカにしたように言った。
「こ、侯爵夫人たる私に罰を下せるのは皇帝陛下だけです。陛下が子供の言を信じるものですか!」
皇帝陛下と私は差し向かいでお話をする仲で、私の言う事を信じないなんてあり得ないと思うけど、それは兎も角。
私は怒りに任せてこう叫んだ。
「私は子供では無く聖女です! 私の言葉は聖女の神託です! それでも貴女は私の言葉が軽んじられると思うのですか!」
アズモンド侯爵夫人が顔を青くする。そう。私は聖女。子供だけど聖女なのだ。
なので私の言葉は大女神フェレミネーヤのお言葉として帝国では非常に重んじられる。だから皇帝陛下も子供の私と対等になってお話下さるのだ。
そして聖女には皇帝陛下とは違った意味での権能がある。
「そして皇帝陛下のご裁断を仰ぐ必要もありません! 私が聖女として貴女を断罪します!」
聖女は法を飛び越えた存在と見做される。皇帝陛下よりもフェレミネーヤに近いと見做される私は、ある意味皇帝陛下よりも階位が高いのだから当たり前である。
ただこの場合、私が法に則ってアズモンド侯爵夫人を断罪出来るかというと、これは微妙な所だ。聖女には政治権限がある訳では無いので。やはり皇帝陛下に聖女の名で告発する必要があるだろう。
しかし、私は彼女を法で裁く気など無かった。私は魔力を込めて天に両手を差し上げた。
「優しき大女神フェレミネーヤよ! 我が願いを聞き届けたまえ! この者より緑の魔力の加護を失わせたまえ!」
私が叫ぶと、私の魔力が私の両手から吹き出し、それが一気にアズモンド侯爵夫人に襲い掛かった。
「きゃあー!」
アズモンド侯爵夫人は悲鳴を上げたが。大丈夫。私の魔力は夫人に一度吸い込まれ、そして今度は量を増して彼女の身体から吹き出すと、私の手に再び吸い込まれた。
視覚的には派手だったけど、アズモンド侯爵夫人は痛くも痒くも無かっただろう。何が起きたのか分からずに戸惑っている。
そんな彼女に私は冷然と告げた。
「貴女からフェレミネーヤの魔力を没収しました」
私が聖女としてフェレミネーヤから与えられた力の一つだった。私も魔力の扱いを色々勉強して、聖女として出来る事が増えているのだ。
魔力は三人の大女神フェレミネーヤ、ウィンリーザ、アルセラージャから与えられた力である。正確には帝国の場合はフェレミネーヤ神から与えられた力なのだけど、貴族の魔力には三女神全ての魔力である緑、青、赤の魔力が含まれる。
私のように純粋に緑の魔力しか持たない人間は普通はいない。偏りはあっても必ず混ざった色をしているものなのである。
緑のフェレミネーヤ神は治癒、再生を司る。青の魔力を与えて下さったウィンリーザは守りと成長を司る。そして赤のアルセラージャは破壊と浄化を司る神である。
生命の誕生から死。過去から未来までを司る三柱の大女神。本来は混ざっているのが正しく、純粋に区分けすることが出来ないのが当たり前である。純粋な緑色の魔力しか持たない私が、即座に聖女だと信じて貰えた理由がここにある。
私はその、混ざっている筈のアズモンド侯爵夫人の魔力の中から、フェレミネーヤ神の緑の魔力を抜き出して奪ったのだった。純粋な緑の魔力を持つ聖女にのみ可能な技で、普通は出来ない。
これをやられると、相手は魔力の総量が減ってしまう他、緑の魔力と同時に授かっていたフェレミネーヤの加護まで失ってしまう。その結果どうなるのかというと。
「貴女からは大女神フェレミネーヤのご加護は全て失われました。フェレミネーヤ神のご加護は貴女も知っての通り、治癒と再生です。貴女からはこれが失われた事になります」
私の言葉にアズモンド侯爵夫人の顔が真っ青になる。その顔を見て私は冷笑する。
「ご安心なさい。魔力を持たぬ平民並みの状態になるだけですよ。貴女の嫌いな平民にね」
緑色の魔力を持つ者は、魔力を持たぬ平民より治癒力が高く寿命が長い傾向がある。それと、治癒術を施した時の効きも良い。アズモンド侯爵夫人からはこれが失われた事になる。
それともう一つ。
「緑色の魔力を失うと、老い方が平民と同じになります。気を付けた方がいいですよ」
「ひっ! ひいいいい!」
アズモンド侯爵夫人が悲鳴を上げる。その顔からは既に張りが失われ、シワが増え、白髪が出てしまっているように見える。
貴族は総じて美しくて若々しいのは魔力のおかげなのである。特にフェレミネーヤの緑の魔力は重要で、緑の魔力を込めた化粧品を貴族夫人は使う程なのだ。
アズモンド侯爵夫人は半狂乱になって泣き叫んだが、私は知らん顔をした。そこら中をめちゃくちゃにしたから、お父様とお母様が飛んできたので、私は怒った理由をちゃんと説明したわよ。
その結果、聖女と公妃を侮辱したのだから罰を受けるのは当然だという事になり、皇帝陛下は直々にアズモンド侯爵と夫人を叱責した。
しかし既に聖女の怒りと罰を受けたという事でそれ以上の罰を科される事は無かったそうだ。まぁ、侯爵夫人の魔力は激減してしまったから、侯爵家も魔力不足で困る事になっただろうからね。
この騒ぎ以降、私に嫌味を言って来る夫人はすっかりいなくなった。それと、私のお友達もそれ以外の子供達も、私を畏れるようになってしまって、再び打ち解けてもらうのに苦労したわよ。
◇◇◇
前回の混沌回復から一ヶ月後、再び私に混沌回復をして欲しいという打診が、皇帝陛下からあった。命令ではなく打診なのは聖女が皇帝陛下の臣下ではないからだけど、当然これを断る事は出来ない。
私としては既に何回かした事だし、帝都と陛下とお家の役に立てるのは嬉しい事なので断る気もないけどね。
混沌回復の任務の場合、私は基本準備することは何もない。用意された馬車に乗って行くだけだ。身の回りの事はピアリーニが準備してくれるし、混沌の魔物と戦う準備はヴィルヘルム兄様たちがやってくれる。
なのだが今回は重要な準備任務を振られてしまった。
カトライズ殿下が強硬に「私も行く」と言い張って、皇帝陛下や皇妃様の言う事も聞かないそうなのだ。それを断り、諦めさせる任務である。困った皇子様だ。
私は夜会に出席して、カトライズ殿下と同席して説得を試みた。いつも通り華麗に着飾ったカトライズ殿下は嬉しそうに私を迎えて下さったが、私が帝都に残るよう説得を始めると一転、ブスッとした顔になってしまう。
「嫌だ。私はニアを護るのだ」
そして、私が宥めても頑なに聞かない。いつもなら私の説得には耳を貸してくれるのに、今回ばかりはあまりにも決意が固いようだった。なんでまた。殿下が帝都にいないと困るのは理解している筈なんだけどな。
カトライズ殿下は成人して政務に携わっているし、大きな魔力を持つ殿下はその魔力を使って帝都周辺の土地に魔力を注いでいる他、魔物や外敵から帝都を守る任務もある。混沌に出る程ではないけれど帝都周辺にも魔物は出る。そして魔物は魔力が無いと倒せない。カトライズ殿下の存在は重要なのだ。
色々手を変え品を替え説得していると、どうもカトライズ殿下は私とヴィルヘルム兄様と出掛けるのを嫌がっている事らしい事が分かってきた。どうしても自分が行けないならヴィルヘルム兄様も行かせない、なんて言うのである。
ヴィルヘルム兄様は大魔力を持つ騎士として任務の成功ためにどうしても必要なのだ。しかし殿下はこう言うのだ。
「ニアは私ではなくヴィルと結婚したいのだろう。だからヴィルに手柄を立てさせたいのだ」
なんでそんな話になるのか。どうもカトライズ殿下は私が殿下との結婚に乗り気でないと聞いてしまって、それで私がヴィルヘルム兄様と結婚したがっていると邪推したようだ。
「ヴィルと君が結婚すればヴィルが皇帝になる。そういう計算だろう。そうはいかないぞ! 皇帝になるのは私なのだからな」
あまりに変な事を言うので私は目が丸くなってしまったが、客観的に見ればそうでもない。
聖女である私は、魔力的な意味合いで次代の皇妃になる事が望ましい。そのためにはカトライズ殿下と結婚させるのが最適だが、帝国の法制上では皇族の男子には等しく皇位継承権がある。なので、皇族の男子の誰かと結婚させ、その男子を皇帝にすればいい事になる。
そしてヴィルヘルム兄様は当然皇位継承権を持っており、混沌回復で着々と実績も積んでいる。私とも非常に近しい。これは見方によってはヴィルヘルム兄様が皇位を狙っているように見えなくもない。
私がカトライズ殿下との結婚を厭い、想い人であるヴィルヘルム兄様との結婚と兄様を皇位に導く事を同時に狙っている、と殿下は言うのだ。そしてヴィルヘルム兄様への敵愾心を露わにしている。
私は呆れ、次に怒った。
ヴィルヘルム兄様はカトライズ殿下の親友だ。幼い頃から毎日のように遊んだという竹馬の友だ。今でもそうで兄様は混沌回復の旅先でも「カティが見たら喜ぶだろうな」とか殿下のためのお土産を真剣に選んだりとか殿下の事を気に掛けている。
カトライズ殿下が私との結婚をお望みだという事も知っていて、私に常々「カティには優しくするように」「カティと仲良くしなきゃダメだよ」なんて言い聞かせている。
その兄様をそんな風に疑うなんて!
私は思わずカトライズ殿下を怒鳴り付けた。
「なんという狭量な事を言うのですか!」
基本的には私はこれまでカトライズ殿下の前では大人しくしていた。彼を怒鳴りつける事などこれまで無かったのだ。なので殿下は驚いて顔色を変えている。
しかし私は怒りが収まらず、続けて言った。
「カトライズ殿下だってヴィル兄様の忠誠はお分かりの筈でしょう? 命懸けで混沌回復の任務に行き、戦うのは何の為ですか! 全部帝国と皇帝陛下と、そして次代を担う殿下のためでしょうが! 邪推も大概になさいませ!」
私はまた魔力がグワっと盛り上がって目が金色になってしまったけど、なんとか爆発しないように落ち着かせる。まだ夜会の会場をボロボロにしたらえらい事だ。
「そんなに私もヴィル兄様も信用出来ないなら知りません! 私も兄様も混沌回復になんて行きませんし、もうカトライズ殿下ともお会いしませんわ!」
私はガーっと叫んで、言うだけ言ってしまうと、呆然とするカトライズ殿下を置き去りにプイッと席を立って、そのまま夜会の席を中座してしまった。ピアリーニが慌てて追い掛けてきて戻るように言ったけど、私は無視してそのまま帝宮を出て馬車に乗ってお屋敷に帰ってしまった。
翌日、お父様もお母様も、お兄様達も頭を抱えていたけれど、その日の午後にカトライズ殿下がお屋敷にやってきた。
私は会わないとごねたのだけど、流石にわざわざ来てくれた第一皇子に会わない訳には行かず、他ならぬヴィルヘルム兄様に引っ張り出された。
そしてカトライズ殿下は私とヴィルヘルム兄様に何度も頭を下げて謝罪をしたのだった。
「すまなかった。どうかしていた。許して欲しい。ニア、ヴィル!」
そこまで平謝りに謝られれば許すしかない。私は一応謝罪を受けたのだけど、どうにも気分が収まらなかった私は、それから混沌回復の任務に行って、帰ってきてもしばらくは、殿下の事を愛称で呼んで差し上げなかったのだった。
この一件で結婚問題の何がどうしたという訳ではなかったものの、先のアズモンド侯爵夫人の件と合わせて「聖女は怒ると結構怖くて手が付けられない」という評判が出来上がってしまったようだったわね。
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