第七話 聖女と皇子様の事情
帝都に帰ると私たちはそのまま帝宮に上がった。
帝宮にはヴェリトン公爵家が借りている部屋がいくつかあり、その中には私専用の部屋が既にあったので、そこで私はお風呂に入って身体の汚れを落とし、参内用のドレスに着替える。
私は聖女らしくという事で緑色系統のドレスを着せられる事が多い。装飾品もエメラルドを多用していて、全体的に緑色なのだ。緑はフェレミネーヤの色で、帝国の象徴色でもある。なので本来は緑のドレスやエメラルドは皇帝陛下に憚って着用しないものなのだけど、聖女の私はここぞとばかりに緑一色にされてしまうのだ。
あんまり緑だとカエルみたいで嫌だなぁと思うんだけどね。大きな声では言えないけど。以前侍女のピアリーニにそう言ったら彼女は吹き出してしまったわね。
身支度を終えてドアの外に出るとヴィルヘルム兄様が待っていてくれた。焦茶色の髪をビシッと撫で付け、水色の瞳を優しく細めて笑っている。騎士姿も格好良いのだけど、貴公子然とした今の様子も素敵よね。
成人して大人っぽくなる前は私と泥んこで遊んでいたとは思えないわよね。もっとも、今でも根っこは変わっていなくて、遠征先で時間がある時は二人で馬を遠乗りをしたり、森の中で山菜やキノコ探したり、湖や海で魚獲りしたりと私と二人、貴族はあまりやらない遊びをしている。お母様には内緒だけどね。
兄様にエスコートされて帝宮の奥深くに入って行く。同行した騎士は帰ってしまっていて、今日の報告をするのは私とヴィルヘルム兄様だけだ。
最初は今までアンタッチャブルだった混沌を回復したと大宣伝をして、大謁見室で勲章を授かって褒美のパーティを開いてくれたりしたのだけど、そんな事を何回もやって頂いたら私も皇帝陛下も貴族達も大変だし、私が目立ち過ぎてしまう。なので今回はひっそりと帰還して、小規模な報告会をするだけにしたのだ。
大功績を挙げたのは間違いないのだから、遠慮する事は無いと言われたけどね。でもねぇ。宴で主賓を務めるのはあれはあれで大変だし疲れるのだ。私は社交があまり得意でも好きでもないから、出来れば主賓はやりたくない。
侍従に案内されて進み、帝宮の内宮の庭園に面したサロンに案内される。瀟洒な扉を開くと、日当たりが良いこぢんまりとしたお部屋に五人の人が待っていた。
その一人を見て私は顔を輝かせた。お作法を投げ捨てて走り出し、ドーンと抱き付く。
「お母様!」
お母様は私を抱き止めて苦笑していた。
「こら、ニア。ご挨拶もせずなんですか」
「ただいまお母様!」
お母様は諦めたように私を抱き締めてくれた。
「お帰りなさいニア。無事でなによりでした」
お母様の香りと温もりを堪能する。正直な話、お母様と何日も離れる事だけが遠征で唯一の辛い事だった。それに比べれば道中の粗食だとか、宿の藁のベッドだとか、混沌での危険な戦いだとかは全然気にもならない。そもそも私は数年前までもっと酷い暮らししてたんだしね。
「ヴィルヘルムもご苦労だったな」
お父様がヴィルヘルム兄様を労う。兄様は軽く笑った。
「私も大変は大変でしたが、今回はニアの魔力までギリギリでしたから、今回以上の混沌を回復させようとするなら、もう少し員数と装備が必要ですね」
「しかし、混沌の中に分け入るにはかなりの魔力が必要だろう。そう簡単に員数は増やせぬぞ」
お父様が腕を組む。今回私に同行したのは、大貴族出身の騎士が八名で、騎士団の中でも魔力が特に高い者ばかりだ。他の者では混沌に突入出来ないだろう。
「途中で引き返させることを前提で、もう少し騎士を増やさないと、途中で私やニアが消耗してしまいます。今回も最後に大きな魔物が出たら危なかったですから」
ヴィルヘルム兄様の言葉にお父様と皇帝陛下が顔を見合わせて考え込む。それを見て銀髪に薄黄色の瞳の若者が大きな声で言った。
「だから! 私も行くと言っているではないですか。ヴィル! 私なら役に立つだろう?」
兄様は苦笑して答えた。
「それは、カティの強さと魔力なら百人力だがな。殿下を連れて行く訳にはいかないよ」
カトライズ殿下はうーっと唸った。
「私よりもずっと大事な聖女であるニアが危険に身を晒しているのに、私が身を惜しんでなんになるというのですか! 父上! 私も帝国とニアのために戦いたいのです!」
皇帝陛下は困ったように笑い、私にチラッと視線を向けた。するとお母様が促すように私の背中をポンと叩いた。宥めて来いというのだろう。私はお母様から離れてカトライズ殿下の方へと歩み寄った。
「ただいま帰りましたよ。カティ。殿下が帝都を護っていないと、私たちが安心して遠征できませんわ。殿下は帝都にいてください」
するとカトライズ殿下はその美貌を綻ばせ、私をギューっとハグした。
「おかえりニア。でも悔しいじゃないか。ヴィルばかり君と一緒で」
「しばらくは帝都にいますから」
私はカトライズ殿下の背中を撫でて彼を宥める。要するにカトライズ殿下は私とヴィルヘルム兄様が一緒に出掛けることにヤキモチを妬いているのだ。
私とヴィルヘルム兄様は元々外遊びが好きで性格も合うし、一緒に協力して旅をして、命懸けの戦いを潜り抜け、ついでに旅先でも一緒に遊ぶのだから、非常に仲良しである事は間違い無い。
これはアルベルトお兄様や可愛い弟のルドワーズと比較しても一際仲良しで、もちろんカトライズ殿下とよりも親密であると言える。
なので私と一番の仲良しであると主張したいカトライズ殿下は、ヴィルヘルム兄様と私の間に割り込みたいと考え、遠征に同行したがるのだろう、困った皇子様だ。
と、この頃の私は考えていたのだけど、私はカトライズ殿下がどうしてそんなに私に拘るかまではよく分かっていなかった。
それは「カトライズ殿下は私の事が好きなのね」とは分かっていたわよ? 皇帝陛下や皇妃様が言い聞かせられない事も、私が言うと素直に聞いてくれるのだもの。私の事が好きで信頼して下さっているんだな、とは思っていた。
しかしながらこの頃まだ子供な私には「好き」にもいろんな種類があり、まして「恋」や「愛」は「好き」とは微妙に違うんだ、なんてことは分からない。だから無邪気にカトライズ殿下と仲良くして、何の照れもなくカトライズ殿下と抱き合えた。
フェレミネーヤ神の野望を挫かなかればならないという事は頭にあって、カトライズ殿下と結婚して皇妃になる事は出来ないと思ってはいたけれど、それはそれとして、接していて気持ちの良い相手であり、年上なのに手の掛かる弟みたいなところのあるカトライズ殿下を、私も好きになっていたのだ。
しかしカトライズ殿下の方は私が考えていたよりもずっと私の事が「好き」だったようだ。そして同時に皇帝陛下と皇妃様、お父様お母様、その他の重臣の方々の思惑もあって、結構事情はこんがらがっていたのよね。
◇◇◇
この頃既に私の結婚相手の選定は始まっていた。
私は名目上、十三歳。貴族令嬢は早ければ十歳で嫁に出される場合もあるので、けして早過ぎるとは言えない。一般的に二十歳までには結婚するものだし。
私があのままの平民の娘であったなら、年季奉公を終えてどこかに就職して、そのタイミングで縁談があってそのまま結婚したと思う。故郷には帰らなかっただろうね。
しかし今や私は公爵家令嬢で、しかも大女神フェレミネーヤの聖女なので、そう簡単に結婚相手は決まらなかった。もちろん、ここから語る事情は私は当時全然知らなかったわよ?
皇帝陛下と皇妃様は、当然のように私とカトライズ殿下を結婚させるつもりだったらしい。前の聖女が皇女になったという実績があり、早急に帝室に魔力を増やさなければならないという事情もある。カトライズ殿下も私を妃にする事を熱望していた。
なので皇帝陛下は私が聖女になると同時に、ヴェリトン公爵家に私とカトライズ殿下の縁談を打診していたらしい。
事実上の皇太子であるカトライズ殿下との婚姻は、本来なら名誉な事だし、ヴェリトン公爵家なら家格も釣り合うのだから、問題なく婚姻は成立する筈で、皇帝陛下もそう思っていた事だろう。
ところがこれには異論が各所から相次いだらしい。
まず我が家、ヴェリトン公爵家としては、私は養女であり、その時に家督相続権がないとわざわざ定められたくらいの元平民であり、流石に皇妃にするのは無理である、という立場だった。
もちろんこれは建前で、お父様お母様が私を他に出したくなかった事と、養子入りの際にはあんなに難色を示したくせに、聖女となったら手の平を返したように見えた皇帝陛下に、妹であるお母様がヘソを曲げた、という事情があったらしい。
ただ、お父様としては最終的には私をカトライズ殿下と娶せざるを得ないという風に考えていた事だろう。主君である皇帝陛下の意向を完全に無視は出来ないし、私を嫁に出さない訳にもいかないからだ。
というのは、ヴェリトン公爵家はアルベルト兄様が継ぐと既に決まっていて、兄様は既に婚約済みだからだ。私を公爵家に残すにはアルベルト兄様と結婚させるしか無いのだけど、それはもう無理だったのである。
お父様としてはお母様の機嫌を損ねたくないし、皇帝陛下や他家との駆け引き上、私とカトライズ殿下の縁談を保留しているけど、最終的には認める腹積りだっただろうね。
ただ、私とカトライズ殿下との婚姻にこの時点で反対していたのはヴェリトン公爵家だけではなかったのだそうだ。他の皇族たる二公爵家である、ラルバイン公爵家、ヤックリード公爵家も私が皇妃になる事に反対していたのである。
◇◇◇
帝国の皇族は皇帝御一家と、ヴェリトン、ラルバイン、ヤックリード公爵家で構成されている。変な言い方になるけど、この四家は名目上は同格である。帝室と公爵家には実は家格的には差が無いのだ。
皇帝陛下という存在が飛び抜けているだけで、家としては同格なのである。だからこそ公爵家の子息にも帝室の子息と同等の皇位継承権があるのだ。
この家格の均衡は当然意図して維持されている。帝室が絶対的になってしまうと、帝室が誤りを犯した時に止める者がいなくなってしまう。それを恐れた昔の皇族が、この均衡を作り上げたのである。
このため、公爵家は時代によっては入れ替わりながらも、帝室と密接な関わりを持ちながら三家くらいが存在する状態が現在まで続いている。
だから公爵家と帝室の関わりは微妙で、公爵家同士の関わりはもっと微妙だった。帝室は公爵家と協力して帝国の政治を行うのだが、、その際にどの公爵家と協力するかでその公爵家の権威が他の公爵家を上回ってしまう。その状況を利用して皇帝陛下は公爵家をコントロールしているのだ。逆に公爵家が三家で結託して、皇帝に刃向かうと、皇帝陛下も勝てない。そういう状況にならないようにしなければならない。
現在は、皇帝陛下はヴェリトン公爵であるお父様を最側近にしている。そのため、ヴェリトン公爵家がもっとも権威の高い公爵家であると言える。しかも皇帝陛下の妹がヴェリトン公妃であるお母様であり、少しヴェリトン公爵家が帝室に近付き過ぎているという批判もあったそうだ。そのため、現在の皇妃様はラルバイン公爵家から嫁がれている。
皇帝陛下が亡くなるか引退すれば、カトライズ殿下をラルバイン公爵家が後見、後援して皇帝陛下に推すだろう。そうすれば今度はラルバイン公爵家の権威が増加し、相対的にヴェリトン公爵家の権威は下がって行く。こうして三公爵家の権威の均衡を保つのである。
ところがここに、私という計算違いが現れる。
聖女であり、ヴェリトン公爵家の養女という存在。それだけで聖女を擁するヴェリトン公爵家の権威はもの凄く高まったのだそうだ。そして、混沌の回復を行って功績も残し(しかも護衛がヴィルヘルム兄様だ)、ヴェリトン公爵家としての実績は他の公爵家が簡単には追いつけないくらいに積み上がってしまった。
そんな状態で私がカトライズ殿下と結婚して皇妃になったらどうなるだろうか?
本来、カトライズ殿下のお妃は順番から言ってヤックリード家から出る筈だったらしい。そこに私が割り込む事になる。それは聖女だから許容するにしても、その実家がヴェリトン公爵家だというのは流石に不味い。ヴェリトン公爵家の権威が更に厚みを増してしまう。そうなると公爵家の均衡は完全に壊れてしまう事になるだろう。
それで、ラルバイン公爵家とヤックリード公爵家は私とカトライズ殿下の縁談に反対しているのだそうだ。そして、私と両家の次期公爵のどちらかとの婚姻を求めているらしい。何それ?
つまり、カトライズ殿下との婚姻は認められないが、聖女の血筋を帝室に取り込むのは賛成である。となると、聖女は帝室に子供を嫁入りさせられる次期公爵との結婚させるべきで、ヴェリトン次期公爵と結婚出来ないのなら、他の次期公爵と結婚させるべきではないか? という理屈なのである。
これを聞いてお父様お母様は呆れかえり、カトライズ殿下は怒り狂ったらしいんだけどね。私は勿論聞いてもいないから知らなかった。
というわけで、私はこの時点で主な縁談の相手が、カトライズ殿下、ラルバイン次期公爵、ヤックリード次期公爵と三人いたのだった。次期公爵のお二人とは勿論面識があったわよ。
そうね。ラルバイン次期公爵はサンミーデンという方で、大きくておっとりした方だった。年齢は私の五つ上。ただ、この方も実は婚約者がいて(侯爵家令嬢だった)ご本人は婚約者がお気に入りで私と結婚したいなんて気は全然なさそうだった。お家の都合で婚約を破棄されそうになっていたというわけね。
ヤックリード次期公爵は私の二つ下。ルドワーズと同い年ね。灰色の髪と小豆色の瞳の方で、なんというか、悪戯小僧? 皇族の集まりに出されても、ちょっと前のヴィルヘルム兄様みたいに走り回って遊んでいたわね。まだ婚約者はいないから私と縁談があってもおかしくはなかったけど、この頃の本人は全然分かっていなかったわね。何度か髪とかドレスとか引っ張られて悪戯されたもの。
この三人ならカトライズ殿下が一番私と相性は良いし、殿下も熱烈に私との結婚を希望していたので、後は帝室と三公爵家の話し合い次第というところだった。ただ、私には結婚の可能性がある相手がまだいたのだった。
◇◇◇
カトライズ殿下と二人の次期公爵に加えて、ヴィルヘルム兄様もルドワーズも、この時点では十分に私との結婚する可能性があった。慣例ではヴィルヘルム兄様は伯爵家を興して分家の予定だけど、混沌の回復で武功を着々と上げていたし、このまま私と二人でずっとコンビで混沌を回復して巡るのならもっと武功と名声が高まってもおかしくない。
そうすると、ヴィルヘルム兄様に侯爵家、あるいは新たに公爵家を興させ、私を結婚させるという話が出てくる可能性がまだあった。皇族と強い地の繋がりのある侯爵家の娘なら、皇妃になった前例が少しはあるから、兄様を侯爵にして私を嫁がせ、その娘を皇妃にするのだ。
しかしながら、聖女を侯爵の嫁にするのは難しいし、もしも新たに公爵家を興すほどの大功績を立てたとしたら、聖女と結婚した兄様は一足飛びに皇帝陛下になってしまう可能性が高い。流石にそれは問題が多過ぎる。帝室と三公爵家の均衡を壊してしまうだろう。
それと、ヴィルヘルム兄様はカトライズ殿下と仲がとても良く、常々「私はカティの元で騎士として働くのだ」と言っている。そしてカトライズ殿下が執着している事が明らかな私とは結婚しない、と殿下にもお父様お母様にも明言していたのだそうだ。カトライズ殿下から奪う気は無い、というわけである。これも私は当然知らなかった。
ルドワーズについてはこれが極めて微妙な状況だった。
公爵家の三男であるルドワーズは、慣例からどこかの侯爵か伯爵家の婿になるのが精々という立場だった。私にとっては可愛い弟だけど、貴族の三男以下の男子というのは家から引き継げるものがほとんど無いのが当たり前だ。例えそれが皇族たる公爵家であってもである。公爵家と繋がりを作りたい家は多いから、婿入り先には困らなかったと思うけど。
ただ、ルドワーズはお父様お母様に溺愛されている。私と一緒にお母様に甘えている頃からそうだったけど、私が混沌の回復の為にお家を留守にするようになると、お母様はその寂しさを埋めるべくルドワーズを猫可愛がりしているらしい。
そんな可愛いルドワーズをお母様が軽々しく婿に出すわけがない。婿に出すなら早いほうが良いので、十一歳のルドワーズはもう縁談が始まっていても良いのだが、お母様が全ての縁談を保留しているのだそうだ。
ただ、それにはもう一つ理由があって、ルドワーズは魔力が非常に大きいのだそうだ。それは聖女である私には敵わないけど、皇帝の妹であるお母様よりも少し多いくらいの魔力量で、色も黄緑色と強いフェレミネーヤの加護を示すものらしい。生まれて直ぐに測った時には皇族としては普通の魔力量で、色ももっとはっきりと黄色だったのだそうだけど。
それを聞いて私はちょっと渋面になってしまう。もしかするとルドワーズは、あの水に落ちて溺れた時に死んだか死に掛けたかして、フェレミネーヤに蘇生されたのではなかろうか。それで、フェレミネーヤの魔力が加わったのではないか。ただ、本人に聞いてみたらその辺の事は全然覚えておらず「姉様が手を引っ張ってくれた」とだけ覚えているのだそうだ。それなら良いけど。ルドワーズまで大女神に会っているということになると話がもっと面倒な事になる。
それにしてもルドワーズの魔力はカトライズ殿下に匹敵するほど多く、帝室により多くの魔力を取り込む、という考えから言えばルドワーズと私を結婚させ、その娘を帝室に入れた方が良いのではないか、という話もあったらしい。その場合はルドワーズが公爵家を興さなければならないから、彼が何らかの大きな功績を残さなければならないので、この頃はそう大きな声ではなかったそうだけどね。ただ、お母様は可愛い二人が結婚して、なんならずっと自分の側にいてくれれば最高だと、密かにこの組み合わせを推していたのだそうだ。
いずれにせよ、この頃の私の夫候補はこんな感じで山ほどいたのだった。カトライズ殿下が第一候補である事は動かないのだけど、今後の状況次第では誰が私の伴侶になってもおかしくはない。そんな状況だったのだ。私は全然知らなかったんだけどね。これではカトライズ殿下が苛立って焦るのも無理は無かったのだ。
◇◇◇
帝都に帰ってきて最初の、私達の労をねぎらうためという舞踏会。私はヴィルヘルム兄様にエスコートされて入場したのだけど、直ぐさま私の手はカトライズ殿下に奪われた。
「文句があるのか? ヴィル」
「いいや。カティ。だけど随分と性急だな」
ヴィルヘルム兄様は苦笑して離れていった。私は流石に文句を言った。
「兄様も功労者なのですから、ちゃんと労って下さいませ」
「労っているさ。だからこそ妹ではなく他のご令嬢の相手が出来るようにしてやったのだ」
確かに、私から離れたヴィルヘルム兄様には大貴族の美しいご令嬢がいそいそと群がり始めていた。兄様ももう十六歳になる。今年か来年辺りには婚約して、結婚しなければならない。未成年の妹に付き纏われている場合ではないのだろう。でも……。
「私の兄様なのに……」
思わず恨み言が漏れてしまう。何と言っても養女になってから最もよく遊び、今でも大の仲良しで、混沌回復の旅や戦いでもずっと一緒のヴィルヘルム兄様なのだ。その兄様を奪われるような気がして嫌だったのである。それは、兄様ももうすぐ結婚しなければならないのは分かっていたけど、出来るだけ長く私だけの兄様でいて欲しい。
私の言葉にカトライズ殿下の頬が引き攣っていたけど、私は気が付かなかった。
「やっぱり早く離れさせなければ……」
「え? なんですか?」
「いいや、何でも無い。それより、ニアは果物が好きだったろう? 沢山取り寄せてあるからこっちへおいで」
「え? 本当? 嬉しい!」
私はまんまと釣られてひょいひょいカトライズ殿下に付いていった。殿下は私より三つ(実は四つ)上だ。この頃の私にとっては親戚の大きなお兄さんで、格好良いし優しいし「大好き」なお友達という感覚だった。殿下には不憫なことだけど。
私は席を用意してもらい、カトライズ殿下と並んで座って、果物を侍女に切ってもらって食べながらお話をした。混沌への旅やその地の風俗、戦いの様子などを殿下は楽しく興味深く聞いて下さったわね。
殿下は話している最中に私の手を握ったり、頭を撫でたりしてくれた。今思えばしきりにスキンシップをして周囲に仲良しをアピールしていたのだろう。実際、二人は両想いであると考える人は多かったみたいよ。でも、肝心の私がまだまだ子供だったのだ。
「姉様! こっちでみんなで遊ぼうよ」
金髪の子供、ルドワーズが私を呼びに来た。未成年の子供達は夜会の時は隅の方でゲームや鬼ごっこなどをして遊んでいる。そして私は、どちらかというとお行儀良くお話しているよりもそっちの方が好きだった。
「うん! 今行くわ。あ、じゃあ殿下。失礼をいたします」
「あ、ニア!」
私は椅子を降りると優雅にカーテシーをして、ルドワーズと手を繋いで子供達の方へ走っていってしまった。カトライズ殿下はもう成人なので、子供達の中には混ざれない。行ってしまった私に無意味に手を伸ばし、がっくりと項垂れるカトライズ殿下は非常に可哀想だった。らしい。
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