第六話 戦う聖女
私の前に現れたのは「闇の牛」と呼ばれている魔物だった。
牛とは言っても生き物ではない。「混沌」から現れた牛っぽい何かを闇の牛と呼んでいるのだ。混沌から生まれる魔物としては比較的ポピュラーな部類である。
もっとも、その強さは上位レベルであり、平民はおろか下位貴族でも歯が立たないだろう。混沌から湧く魔物を倒すには魔力が必要だから。
この時、私はヴィルヘルム兄様を含む八人の上位貴族の騎士に守られていた。彼らは貴族の中でも魔力が多い方なのだが、その彼らが闇の牛を見て顔色を変えた。
「まずい! 漆黒だぞ! 気を付けろ!」
「聖女様はお下がりください!」
混沌から湧く魔物の強さは大きさと、あとは色で決まる。魔物は黒系統の色をしているのだけど、真っ黒になればなるほど強くなる。
この時の闇の牛は真っ黒、漆黒だった。牛サイズで漆黒という事はかなり上位の魔物だと言える。
闇の牛は前脚を掻くと身を沈め、次の瞬間、地面を蹴ってこちらに突進してきた。物凄いスピードだ。私の前に立ち塞がった騎士達の内、青い魔力を持つ者達が魔力を発し祈りの言葉を唱える。
「麗しき女神ウィンリーザよ! 強固なる護りををお与え下さい!」
その瞬間、騎士達の前に薄い青の半球形の障壁が出来上がった。この神の護りはそれこそ生き物の牛であれば十頭まとめて跳ね飛ばすくらいの強度がある。
しかし、相手は闇の牛である。牛のようだが牛では無いし、闇の生き物は魔力を吸い取る。闇の牛が障壁にぶち当たると、青い光の壁に明確な亀裂が入った。
「ぐっ!」
「そのまま耐えよ! 攻撃!」
ヴィルヘルム兄様が号令すると、障壁を張った騎士以外の者が抜剣して闇の牛に挑み掛かった。彼らの持った剣が赤く光り出す。
「猛き女神アルセラージャ! 闇の者を切り裂く刃を我に与えたまえ!」
ヴィルヘルム兄様が祈りを叫ぶと、剣は更に赤く光って刃を伸ばした。そして兄様はそのまま闇の牛に斬りつける。刃が闇の牛の身体に食い込むが血は流れない。
グゥオオオオ! だかムゥオオオオ! だかよく分からない奇妙な雄叫びを上げて闇の牛が咆哮する。平民だとこの声を聞いただけで気絶してしまう事もあるそうだ。ヴィルヘルム兄様も苦しそうな顔になる。
ヴィルヘルム兄様の剣を受けて闇の牛は明らかに大きさが縮んだ。魔物は赤い魔力を加えると、魔力の分だけ弱くする事が出来る。しかし、皇族であるヴィルヘルム兄様の魔力を受けてあの程度しか縮まないとは。あの闇の牛が濃い闇の力を持っているのか、もしくはこの地が混沌に戻りすぎて地から供給される闇の力が多過ぎるのか。
いずれにせよ、容易ならざる敵だと言えた。またこの地の探索は始まったばかり。ヴィルヘルム兄様を含めて騎士達の魔力がこれ以上消耗すると、この先が探索出来なくなる。苦戦する騎士達を見て、私は決断した。
私は腰に下げていた短剣を抜いた。本当は長剣が欲しいのだけど、小柄な私はそんな物を持っても振り回されてしまって上手く扱えないのだ。
私は短剣を持って剣に魔力を注ぐ。
私の化護神は緑の魔力を持つフェレミネーヤで、この魔力は癒やしと再生の魔力に特化した性質を持つ。彼女のお力を授かった私は純粋な緑の魔力しか持たず、そのため攻撃と破壊の神であるアルセラージャのお力を借りることが出来ない。だから本来は攻撃に魔力を使う事が出来ないのだ。
しかし、この短剣は魔道具で、どんな色の魔力でも流し込むとアルセラージャ神の加護が受けられる仕組みになっている。そのため、私のフェレミネーヤ神の魔力も赤い魔力に変換して攻撃に使用する事が可能なのだ。
私が魔力を注ぐと剣は赤く光り出した。刀身にアルセラージャ神の紋章が浮かび上がる。
続けて私は一気に駆け出した。私はすばしっこさには自信がある。格好も巫女装束だが動き易い服だし。地面を蹴って低い姿勢で前進し、闇の牛に苦戦しているヴィルヘルム兄様の後ろに接近する。そして叫んだ。
「兄様!」
私の鋭い声にヴィルヘルム兄様は闇の牛に一撃を与えた後に身を避ける。闇の牛はヴィルヘルム兄様の攻撃で態勢を崩していた。チャンス!
「優しき女神フェレミネーヤよ! 私に力を!」
誰が優しい女神なのよー! と心の中で突っ込みながら魔力を放出する。本来緑色の魔力は短剣の力によって赤く変換される。短剣なので剣が伸びても微々たる物だけど、そこは私の魔力でカバーだ。
私は体当たりするように闇の牛に短剣を突き立てると、そのまま魔力をガツンと放出した。こんな使い方をすると短剣が保たないかもね、と思いながら遠慮無く魔力を注ぎ込んだ。予備はあるから大丈夫。
闇の牛は咆哮したけど、私の魔力と相殺されてみるみる小さくなっていった。しかし、しぶとい。というか、やっぱり結構強い魔物だったのねこれ。
「往生際が悪い! 消えなさい!」
私が叫んで更に魔力をつぎ込むと、闇の牛は断末魔の恐ろしい叫びを残して消滅した。同時に短剣がパキンと音を立ててバラバラになる。やっぱり耐えられなかったか。
しかし何とか討伐には成功した。私はふー、っと息を吐く。
と、私の頭頂がぺしんと叩かれた。
「護衛対象が突っ込んでくる奴があるか。自重しろニア」
私はむぅ、とむくれた。
「何よ。危なかったから加勢したんじゃないの。助かったでしょう?」
「……まぁ、それはそうだけど」
「なんなら、最初から私が戦えばもっと早く始末が付けられたんじゃ無いの?」
私がフフンと笑うと、もう一回兄様は私の頭にチョップを喰らわせた。
「調子に乗るな。戦いの訓練も積んでいないくせに。それに、ニアの魔力はこの後に向けて温存しておかなきゃダメだろう」
そうなのだ。私は別に戦闘訓練を積んでいる訳ではないから、騎士達と連携が取れる訳ではないし、特段強くは無い。単に魔力が多いだけ。それに特別製の武器が無いと戦えない。
魔物は闇の牛だけでは無く、影から襲い掛かってくる粘液みたいな魔物とか(スライムとかいうらしい)、罠を張ってくる狡猾な魔物もいるので、ヴィルヘルム兄様達がいなければ私はあっという間にやられてしまうだろう。
でも。
「私も戦闘訓練させてくれれば強くなるのに! お母様がダメだってさせてくれないのよ!」
「当たり前だろう? 聖女が何言ってるんだ。緑の魔力はそもそも戦闘向きじゃ無い。それに、ニアには戦闘訓練より花嫁修業の方が大事だろう?」
……今回の遠征に出るに当たっても、お母様から怖い顔で「遠征先でもお作法とダンスの訓練は毎日やるように」と申しつけられたのだ。帰ったらテストされるだろうね。一応毎晩、専属侍女のピアリーニに見てもらいながら真面目に復習はやっているけどね。
しかし不満だ。私が聖女で有る限りは、こういう魔物と戦う機会はこれからも沢山有るのだから、戦闘訓練は必要だと思うのよね。
「大丈夫だよニア。私がこれからもニアを守れるように強くなるから。兄としてね」
ヴィルヘルム兄様に頭を撫でられて私は機嫌を直した。兄様は確かにドンドン強くなっているので、私が訓練するよりも兄様達に任せた方が良いのだろう。
「さて、進むか。あんまり混沌が深く無いと良いのだがな」
ヴィルヘルム兄様の号令で、私達は暗く沈む森の中を進んでいったのだった。
◇◇◇
聖女認定から二年。私は十三歳である。
……実は平民と貴族は年齢の数え方が違い、私はどうやら一歳くらい実年齢が少なくなってしまうようなのだけどね。でも、もう貴族名簿にこの年齢で登録してあるから十三歳である事にする。お陰で同い年の子と並ぶと私だけ随分小さいんだけどね。
私は名実ともにヴェリトン公爵家の長女であり、帝国の聖女だった。もう誰も文句を言う者はいなかったわね。
というのは、私は聖女として既に色々働いていたからだった。
聖女のお仕事はいろいろある。
帝国では春の大祭、秋の大祭と二回お祭りがある。これは平民の頃から知っていたのだけど、貴族の場合お祭りは祭祀を意味する。つまり儀式があるのだ。
帝宮の大神殿に上位貴族は集合し、そこで一斉に魔力を奉納して帝国の大地を癒やし、繁栄を大女神フェレミネーヤに祈るのである。
この年二回の祭祀は重要で、ここで魔力を沢山奉納しないと帝国の大地からの収穫が少なくなってしまうのだ。そのため、魔力の多い大貴族が集合して揃って奉納するのである。この時奉納した魔力は帝国全体を潤すのに使用される。
この大祭で、私は祭司長を務めた。本来は帝都大神殿の神殿長が務める職務なんだけど、聖女なので特別扱いなのだ。私はそのために、祭祀のやり方を帝都大神殿に通って特訓したわよね。
帝宮大神殿に集合した一千人くらいの大貴族の皆様の前で、ひらひらジャラジャラした聖女の装束を纏って儀式をするのは緊張したけどね。そこで私が盛大に魔力を放って奉納したから、私の魔力の大きさは誰の目にも明らかになった。普通の人の数倍の魔力を奉納して平気な顔をしている私は、どう見ても普通じゃないわけで、それで少し私の聖女としての資質を疑っていた皆様も、私が本当の聖女だと認めざるを得なくなったようだった。
こうなると、聖女なのだからヴェリトン公爵家の養子になるなんて当然だという話になり、お父様もお母様もお兄様達も私を相変わらず愛してくれたので、私は社交界でも当たり前に皇族の一員として扱われるようになったのだった。
聖女のお仕事としては、他にも皇帝陛下は平民達に挨拶をするような場面で、私は聖女として同席させられるようになった。そして、大神殿からも呼ばれて平民達に聖女として紹介されて、喜ばれるというか崇められた。それは大女神様のお力を頂いた聖女で、実際に帝国の大地を潤している私なので崇められるのも仕方が無いとは思うんだけど、大神殿に群がった十万人くらいの人々の中には、私を雇っていたサンド商会の人とか、付き合いのあった商店の人とかもいると思うのよね。まさか正体はばれなかったと思うんだけど。
そして聖女にはもう一つ、非常に大事なお仕事があった。
それが「混沌」に戻ってしまった大地を再びフェレミネーヤの力によって満たすことで回復させる事だった。
これは歴史というか神話の話が関係している。
太古の昔、この大地は全てが「混沌」だったのだそうだ。何もかもがあり、逆に何も無い。全てがまぜこぜの状態。それが混沌である。世界が生まれてから大地はずっとそんな状態であり、人間も動物も植物さえもいなかった。
そこへ、三人の女神が降臨なさった。それがフェレミネーヤ、ウィンリーザ、アルセラージャの三柱の女神である。
三女神は話し合い、この大陸を三女神のお力で満たしていった。それによって初めて命が生まれ、木が生えて動物が生まれ、人が暮らすことが出来るようになったらしい。三女神を崇める人間たちはそれぞれ違った神を崇める国を創り、その一つがフェレミネーヤを崇める我が帝国である。
フェレミネーヤを崇める一族にフェレミネーヤが力を授け、その一族が大女神の力で大地を人間の都合が良いように造り変えていった。その力の持ち主が皇族であり貴族である。そして帝国が出来てから千年以上の長きに渡り、皇族と貴族は魔力を注いで人間の住まう大地と帝国を維持して来たのだという。
ところが、千年も続くと皇族も貴族も魔力が次第に減っていってしまった。二百年前の聖女、百年前の英雄が新たに皇族に女神の魔力を加えたし、平民の中にも突然変異で大きな魔力持ちが生まれる事もあったそうだけど、それでも段々と帝国貴族の持つ総魔力量は減っていってしまっていたらしい。
すると、帝国の大地に注ぎ込まれる魔力量が減って行く事になる。何とか満ちている内は良いけれど、完全に不足してしまうと、帝国全土を魔力で満たせなくなり、空白地帯が出来るようになる。すると、その空白部分は「混沌」に戻ってしまうのだ。
混沌化した大地は生命を維持出来なくなり、木々は枯れて動物は死に、更に大地から地力が失われて黒い砂になってしまう。そして様々な魔物が湧き出すのである。こうなると人間はとても生きて行ける環境ではなくなってしまい、その地域は国土としては死んでしまう。
帝国全土には大祭の時に全貴族で奉納し、各領主も領地で独自に魔力を地に注いでいるのに、それでも慢性的に足りないのだそうだ。更に言えば、皇帝陛下と皇妃様は帝宮の奥底にある専用礼拝堂で「帝国の根本」といわれる所に毎日かなりの魔力を注ぎ込んでいるのだけど、帝室の魔力が少なくなってしまった現在、これが常に不足気味なのだという話だった。
私は一度、その帝国の根本、骨格に私が魔力を注ぐことを皇帝陛下に提案したのだけど、これは断られた。この帝国の根本に魔力を注げるのは皇帝と皇妃のみなのだそうだ。「ニアが今すぐ皇妃になれば可能だが」と言われたので慌てて断ったわよ。
そうやって混沌に陥ってしまった大地を、また改めて女神の恩寵厚き土地に戻すには、維持するよりも大きな魔力が必要なのだ。これが容易では無く、大貴族が何十人とまとめて魔力を使ってどうにか麦畑一枚分の土地を癒やすのがせいぜいで、しかも混沌は拡大するのでとても追い付かないのだという事だった。
なのでこれまでは監視しながら放置し、住民を避難させるなどして対応していたらしい。
しかしながら、聖女である私なら、この混沌を癒やせるのではないかと期待されたのだった。それで私が混沌の大地に女神の加護を復活させるために派遣される事になったのである。
最初はもの凄く反対されたわよ。主にお父様お母様、お兄様たちとルドワーズ。そしてカトライズ殿下に。
危険だしそんな事、女の子の仕事では無いとお母様は泣いて皇帝陛下に抗議して下さった。しかしながら皇帝陛下曰く、混沌の拡大はスピードを増しており、かなりの土地を失って没落してしまった大貴族すらあるらしい。魔力で地を栄えさせるのが皇帝陛下、皇族の役目なのであるから、混沌を前に為す術も無いようだと存在意義が問われてしまい、反乱や暴動の原因にもなりかねない。皇帝陛下と皇族の権威が失墜すれば、他国に走る領主貴族も出てしまうかも知れない。
なので皇帝陛下としても心苦しいのだが、帝国のために私に行ってもらえないだろうか? と随分低姿勢でお願いされた。そうまで陛下にお願いされれば、お母様も断固拒否は出来ず、私としても帝国とヴェリトン公爵家の為になるのなら仕方が無いと引き受けざるを得なかった。
結局私は混沌の回復の為に地方に派遣されるようになった。護衛に騎士が付いてくれる事になったのだけど、それに成人したばかりのヴィルヘルム兄様が志願して同行してくれたのだった。兄様が来てくれれば心強い。
この時実はカトライズ殿下も「私も行く! 私がニアを護る!」と主張してかなり頑張ったのだが、流石に事実上の皇太子であるカトライズ殿下をそんな危険な任務には出せないと、皇帝陛下皇妃様、私もヴィルヘルム兄様も揃って説得して諦めて頂いた。
殿下は悔し涙さえ流して私の手を取り「君に何かあったら私も生きてはいないからな、ニア」と言ってくれていたわね。そしてヴィルヘルム兄様にくれぐれも私を守るようにと言って「当然だろう私の妹なんだからな」と苦笑されていた。
そうして初回の混沌回復作戦に向かったのだけど、小規模な混沌だったのもあった事もあり、これが大成功に終わった。混沌は無事に緑の魔力に満ちた大地に戻り、私は皇帝陛下に飽きるほど感謝された。
そしてこの成果を見た領主達は驚き、すぐに皇帝陛下に自領の混沌を回復するために、私を派遣してくれるよう頼むようになったのだった。
皇帝陛下とお父様お母様は相談して、私はその依頼に応じてそれから度々、混沌を癒やすために派遣されるようになった。お母様もカトライズ殿下もいい顔をしなかったけれど、帝国の為なので止めたくても止められないようだったわね。
私自身は帝国のために働く事に異議はなかったし、持て余すほど大きな魔力は元々フェレミネーヤが帝国各地で奇跡を起こせとくれたものだ。あの意地悪女神の言うなりになるのは嫌だったけど、困っている人を助けられるのは良い事だと思っていた。
それに帝都を出て混沌に陥ってしまった土地まで旅して行くのは楽しかったしね。ドレス着て社交界に出て、色々気を付けながら無難な退屈な会話をしなければならないお茶会や夜会に出るよりはずっと刺激的で楽しかったわ。私はこれまで故郷と帝都しか知らなかったから、海沿いの土地まで行って初めて海を見た時には感動したわよね。
◇◇◇
闇の牛を倒してからも何体かの魔物を倒しながら進む。大地の色は段々と黒色の度合いを増していった。地面がどす黒くなり、黒いもやが立ち上がり、空気までうっすら黒くなる。こうなると人間はそこにいるだけで魔力を奪われる。魔力の無い平民なら即死。魔力のある貴族も段々と魔力を奪われるために長居は出来ない。
これまで行った混沌の中でも一二を争うほど酷い有様だったわね。私達は急いで進んだ。そしてどうやら混沌の中心にまで辿り着く。ここまで来ると大地は砂では無くベタベタヌルヌルした漆黒の何かになり、森の中の筈なのに木々は無くなって前もよく見えず、太陽の光も届かない有様だった。これは酷い。こんな濃い混沌の中ではどんな凶悪な魔物が出るかも分からないわね。
さっさと癒やしてしまいましょう。混沌の中心には大体、真っ黒な大岩が大地から露出している。その光を全て吸い込むかのような岩に私は用心深く近付いた。この岩に触れるのは私くらいのもので、私だってただ触ったら危ないだろう。ヴィルヘルム兄様達に周囲を囲んでもらい、安全を確保した後、私は黒い大岩の前で両手を掲げた。そして全力で魔力を放出して祈る。
「優しき大女神フェレミネーヤよ! 黒き大地に御身の祝福を! 混沌に緑の光満たし、大地に命満たし、空気に元素満たせ!」
祈りに反応して私の中の魔力が強くなった。私の身体中から緑色の光が溢れだし、私の瞳が金色に光る。十分に魔力が満ちたと感じた瞬間、私は両手から魔力を吹き出させつつ黒い大岩に手を当てた。
「混沌を退け、神の力で帝国を護り給え!」
私の叫びと当時に黒い大岩に膨大な魔力が流れ込み始める。凄い勢いだ。私の身体から中身が吸い出されている気分がする。ちょ、流石に規模の大きな混沌だけに必要魔力量ももの凄いようだ。これまで私は何をやっても魔力が足りなくなる事など無かったけど、ここで初めて不安を感じた。もしも足りなかった場合、魔力は暫く休まないと回復しないので、ある程度ここを癒やした後に一度離脱して休憩しなければならないかも知れない。
しかし出来ればこの一回で終わらせたい。私は気合いを入れてもう一度叫んだ。
「大女神フェレミネーヤよ! 力を貸しなさい!」
あんたが奇跡を起こせって言ったんでしょ! 起こすからもっと力を貸しなさいよ! と言いたいところを我慢する。一応は力をお借りしている立場なので。
ぐわっと魔力の勢いが強まった。すると、根こそぎ私の魔力を喰らい尽くすかに思われた黒い大岩の吸引力も流石に衰えてきた。見ると岩の色が段々薄く、透明に近くなってきている。あと少しね。
私はグイグイと魔力を大岩に押し込んだ。吸い込まれなくなっても更に押し込む。そして魔力が入らなくなり、大岩が完全に透明になってしまった瞬間。
パリーン! と澄んだ音がして大岩が割れた。大成功! 私が快哉を叫んだ瞬間、かなり強い風が竜巻のように巻き起こった。私も兄様達も思わず顔を隠してしまう。そして風が止んで顔を上げると、風景は一変していた。
黒い霧は払われ、地面は土の地面に。草が少し生えている。そして周囲に木々が何本も生えていた。どうやら、混沌に陥る前の大地に戻せたようだ。黒い大岩の痕跡は何もないし、吸うのも息苦しいような空気も無い。勿論、魔物の気配も無かった。
ふぃー。と私は大きく息を吐き出してしまったわよね。今回は結構ギリギリだった。魔力もそうだけど、魔物も本当に強くて、混沌の範囲も広かった。こういう広大な混沌の場合は、何日も掛けて少しずつ攻略していった方が良いのかもね。魔物がもっと多かったら兄様達が魔力切れで危なくなるし、私の魔力が万が一足りなかったら、混沌の奥底で魔力無しで立ち往生してしまったかも知れない。
安全第一に考えた方がいいわね。私は安堵と、魔力の使い過ぎで疲れてへたり込んでしまいそうになったのだけど、そこをヴィルヘルムお兄様が支えてくれた。
「大丈夫か? ニア。流石に魔力が足りなかったか?」
「ううん。足りたけどギリギリで、少し目眩がしただけ」
「目眩? 大変じゃ無いか」
そういうとヴィルヘルム兄様はひょいと私を横抱きにした。私は小柄だし、成人して兄様はドンドン背が伸び体格が良くなって力も強くなっているのだ。流石に他の騎士も見ている前で抱っこされるのは恥ずかしかったけれど、目眩がするのは本当だったので、私は結局ありがたくヴィルヘルム兄様に身体をぐったりと預けた。
そんな私を見て兄様は嬉しそうに笑って私の額にキスをしてくれた。
「お疲れ様。ニア。お母様にお土産を買って帝都に帰ろう」
「そうね。何がいいかしら。お母様心配なさっているだろうから、出来るだけ早く帰りたいわね」
私とヴィルヘルム兄様は微笑み会い、兄様は私を抱いたままゆっくりと歩き出したのだった。
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