閑話 養女入りの経緯  アイリーヴェ視点

 私はアイリーヴェ・ヴェリトン。公妃です。生まれは帝室の第一皇女でヴェリトン公爵家に嫁いて参りました。現皇帝ベルリウス陛下は私の兄です。


 私の可愛い娘、ニアと出会ったのはとある大事故がきっかけでした。


 その日私と夫、そして末息子のルドワーズは馬車に乗り、帝都の混み合った街路を進んでいました。通常、帝都の下町の街路に公爵家の馬車が乗り込むことなどほとんどありませんが、その日は帝都郊外の別邸に用があり、帝都を横断して南の城門を潜る必要があったのです。


 お忍び用の黒い地味な馬車に乗り(大貴族の馬車だと知られたら盗賊に襲われる危険があるからです)、ゴミゴミと混み合った路地を進みます。


 この時八歳のルドワーズは、初めて見る帝都の平民街の風景に目を輝かせていました。子供は好奇心旺盛ですからね。立ち上がって馬車のドアの所に行き、伸び上がって窓の外を眺めています。「こらこら、危ないですわよ」と私は一応は笑いながら注意はしていました。


 ところが、馬車が大きく揺れた(平民街は煩くて人や物も多いので馬が驚き易いらしいのです)瞬間、馬車のドアが開いてしまいました。何かの拍子で留め具が外れてしまったのでしょう。


 そして、ルドワーズが馬車の外に投げ出されてしまったのです。


「きゃあ! ルディ!」


 私は叫び、夫が慌てて御者に車を止めるように命じました。私は慌てて馬車の外を見たのですが、そこに信じられないものを見ました。


 悪い事にそこは橋の上で、ルドワーズは馬車から投げ出されるとそのまま橋の欄干を越えて、その向こうの空中に投げ出されてしまったのです。私は愕然としました。


「ルドワーズ!」


 私は馬車が止まると御者が踏み台を用意する前に必死に馬車から滑り降りました。そして橋の欄干に駆け寄ります。下に見える水面は高いです。こ、こんな所から落ちたら八歳、しかも泳げないだろうルドワーズは……。


 私が真っ青になったその時です。


「でぇりゃあああぁぁぁ!」


 と勇ましい叫び声が聞こえました。女の子の声です。私が反射的に振り向くと、そこに信じられないモノを見ました。


 長い赤毛の髪をなびかせて、小さな女の子が欄干の上から宙に飛び出した姿だったのです。な、何事ですか! 驚愕する私を尻目に、女の子は真っ逆さまに三階建ての建物くらいの高さを落ちて行きました。


「きゃあー!」


 私はこの日何度目かの悲鳴を上げました。しかし女の子は盛大な水音を上げて水の中に落ちるとすぐに浮かび上がり、そして腕を掻いて泳ぎ始めました。その先には……。


「ルディ!」


 金髪の頭が水の上に僅かに見えました。


「ルドワーズがあそこに! 誰か!」


 私が叫ぶと同時くらいにあの女の子がルドワーズの所に辿り着きました。間違いありません。あの女の子はルドワーズを助けるためにここから、この目も眩むような高さから飛び降りたのです! なんという事でしょう。そんな事、母であるこの私でも出来ません。


 私は言い知れぬ感動を覚えていました。凄い! あの女の子は凄い!


 ……そこからは記憶が曖昧です。ルドワーズとあの女の子が助け上げられたという声を聞き、私と夫は護衛の者達に囲まれて必死に走って、橋のたもとの船着き場まで行きました。人混みを掻き分けて行くと、小さな人影が二つ、びしょ濡れで倒れていました。


「ルディ! ルドワーズ!」


 ぐったりと倒れるルドワーズに、私はてっきりルドワーズは死んでしまったと思い泣いてしまったのですが、周囲の人々に「生きているよ!」と言われ、よく見返したら息をしていましたので、更に泣いてしまいました。


 彼が生きているのはどう考えてもあの少女のお陰です。私は感動し、感激し、彼女に感謝の意を伝えなければならないと、彼女の方を振り向きました。


 すると少女はその場を立ち去りつつある所だったのです。私は慌てて彼女に声を掛けました。同時に夫も急いで引き留めます。


「ま、待ってくれ!」「待って!」


 少女はクルッと振り返りました。まだ湿り気を帯びた赤い髪。薄茶色の大きな目。そして粗末な格好。典型的な平民の少女で、普通であれば私は眉をしかめてしまったでしょう。しかし、この時は私は何故か彼女から目が離せませんでした。


「貴女、お名前は?」


「ニア、です」


 これが私と後に娘になるニアとの初対面でした。


  ◇◇◇


 私と夫はルドワーズを助けてくれたニアには厚くお礼をするつもりでした。しかしニアはどんなに勧めてもいらない、必要ありません。と断ってきました。


 明らかな貧民であり、私達が貴族であると認識しているにも関わらずです。周囲の者達からは彼女に褒美を受けるよう勧める声が上がりました。しかしニアはむくれた顔で「褒美が欲しくて助けた訳じゃないから」と頑なに断ります。


 そうして話している課程で、彼女が十歳であり、商店で丁稚奉公をしている事が分かりました。奉公と言えば、労働力と引き換えに売られてきた人間を意味します。我が公爵屋敷にも下働きの平民にいるから分かります。


 私は考えました。彼女には今欲しいものはないのかも知れませんけど、後日出来るかも知れないと。そうしたら改めて褒美としてそれを与えれば良いと。


 奉公人であれば、その商店から彼女を買い取る事が出来る筈です。私は夫と話して少女を買い取る事を決めました。ルドワーズを医者に診せなければなりませんから予定は中止して、私達は公爵屋敷に戻りました。その際にニアを乗せて帰ったのです。ニアはお使いを気にしていましたので代わりの者に行かせ、ついでにニアの奉公先の商店に使いを出して年季分のお金を払わせました。金貨五枚だったそうです。少女にしては高価であるとの事でしたので、ニアを手放したくなかったのか、あるいは相手が公爵家とみて吹っかけてきたのではないかというのが執事の見立てでしたね。


 わざわざニアを連れ帰ったのは、どうしてもお礼をしなければ公爵家の名誉に関わるという事以外に、やはりこの時既にニアの事を気に入っていたというのがあるのは間違いありません。そうでなければ後日使いの者を行かせて金貨の十枚でも押し付ける事で終わりにしたでしょう。


 容姿が気に入った訳ではありません。ボサボサの赤毛、目は大きくて澄んでいましたけど、この時の彼女は明らかに痩せすぎていました。それこそ、棒切れで作った人形に服を着せたような有様で、お風呂に入れて着飾らせても、お世辞にも可愛い子供であるとは見えませんでした。後年の彼女の美貌を思うと信じられないでしょうけどね。


 しかし、最初からその所作に妙な魅力がありました。彼女は商店で基礎的なお作法を教わったのだそうで、それを極めて忠実に守っていました。そして、非常に落ち着きがあって慌てるところが無かったのです。突然大貴族のお屋敷に連れて来られて驚き、緊張している様子なのに、慌てて我を失うようなところがありません。


 後で知りましたが彼女は活発な性質で、息子のヴィルヘルムと庭を駆け回って遊ぶ時には犬も顔負けの様子でしたけど、大人しくしているべき時は大人しく出来るのです。自分の生い立ちも正直に話し、自分が何をしてきたか、どんな仕事をしていたかを理路整然と話す様子からは、明晰な頭脳がうかがわれました。


 とりあえず客間に入れて着替えさせると、ずいぶん喜んではしゃいでいました。微笑ましい姿に私も夫も思わず笑ってしまいました。そして、医者の癒やしによって回復したルドワーズはニアに助けられた事がちゃんと分かっていて、ニアに抱き付いて感謝の意を伝えていましたよ。ニアも嬉しそうで誇らしげでした。


 食事に同席させたりお茶を飲んだりしても、作法は全然出来ていないのにこちらを不快にさせません。これは彼女が自分なりにお行儀良くしようと努めて、静かで丁寧な動きを心がけているからでした。貴族の中にもこれが出来ない者は大勢おります。あけすけなニコニコとした笑顔でも、たどたどしい敬語でも、相手を不快にしないようにという心遣いが出来ていれば、こちらは許容出来るものです。


 つまりニアは最初からそういう少女だったのです。場に応じた振る舞いが出来るというのは一種の才能ですね。彼女がこの後、激変し続ける状況に適応する事が出来たのはこの才能が最初からあったからでしょう。


 一緒にいて快適なので、ついつい私は彼女とお茶を飲んだり談笑したりして多くの時間を共にするようになってしまいました。本来なら平民の卑しい生まれの少女です。皇族たる私とは別の世界の生き物ですから、話など合わない筈です。しかしなぜか私は彼女の話に引き込まれ、彼女も私の分からないであろう話を楽しそうに聞いてくれました。彼女にお作法を教えたり、貴族の事について説明したりしていると、段々と私は自分の娘に教育を施しているような気分になってきてしまいました。


 私には息子が三人おります。長男のアルベルト、次男のヴィルヘルム、三男のルドワーズです。ですが実は、それ以外にも二人、私はお腹に子を宿しております。アルベルトの次に男の子を。この子は流れてしまいました。そしてヴィルヘルムの次に女の子を。


 この女児、エルファミアは生まれて数日で死んでしまいました。癒やしの魔法が使える貴族でも、乳幼児の死亡率はかなり高いのです。やむを得ない事とはいえ、一度はこの手に抱いた娘の死は悲しいことでした。聞けば、ニアの歳はそのエルファミアと同い年だというではありませんか。私は運命的な物を感じましたね。


 そうした訳で私はどんどんニアが気に入って、ニアを常に側に置くようになってしまいました。するとニアも私にどんどん懐いてくれました。ニアの方も二年前に故郷を出た時に母親と別れていたそうで、母が恋しかったのでしょう。


 ついでに言いますと、この頃ニアは自分は十歳であると言っていたのですが、それは数え年での年齢で、満年齢だと本当は九歳か八歳だったらしいのです。どうやら平民では年齢を数え年で言うらしく、満年齢で数える貴族とは食い違ってしまうのです。


 その事を知ったのは養子入りが完全に決まり、紋章院に登録をしてしまった後だったので修正出来なかったのですが。ですからこの頃のニアはまだ完全に子供で母親に甘えたい盛りだったようなのです。ですからニアは殊更私に甘えました。


 貴族は子育てはほとんど乳母に任せてしまいます。ですから私も息子達の教育はほとんど乳母に任せていまして、社交や領地の統治で忙しかった事もありあまり触れ合う機会もありませんでした。ところがニアには乳母がいませんから、乳母に任せる訳にはいきません。というか、初めて子供に存分に甘えられた私はすっかりニアの可愛さにやられてしまい、乳母や侍女に任せるなんてとんでもないという気分になってしまっていました。


 私は当初、ニアはルドワーズ救出の褒美を与えた後に、下級侍女に預けて養育させ、年頃になったら下位貴族の地位を授けて貴族として縁談を世話しようと思っておりました。ところが、それどころではなくなりました。私はドンドンとニアが可愛くなり、手元から離せなくなります。同時に夫も子供に甘えられるなんてほとんど無かったので、ニアの事が可愛くなってしまったようでした。


 この時私は反省し、ルドワーズも同時に可愛がりました。ルドワーズも私が呼び寄せるとニア同様に甘えてくれて、それで私はこの二人を同時に存分に愛でるようになりました。貴族的ではない子供の愛し方をニアが教えてくれたというわけです。最終的にはルドワーズとニアは私の膝を巡って喧嘩をするようにまでなりましたよ。


 ◇◇◇


 ここまでになってしまうと、もうニアは我が子も同然。手放せません。しかしながら、身分というものがあります。平民出身のニアを可愛がっているというのは、公爵夫妻としてはかなり体裁が悪かったのです。平民を可愛がるというのは、ペットを愛玩しているのと同じと見做されたからです。人間をペット扱いしているということで、実際そう考えて平民の子供を可愛がっている貴族もいます。あまり良い趣味だとは思われていません。


 可愛いニアをペット扱いしていると見られるなんて噴飯物です。私はニアを自分の娘に、つまり養子にしようと画策するようになりました。


 まぁ、でも、平民を皇族に入れるなんて無理とかそういう以前の問題です。天地がひっくり返ったって無理ですよ。普通なら。夫でさえ「それは無茶だぞ」と言うくらいでしたからね。こんな狂気じみた計画は、私だって実現するとはほとんど思っていませんでした。


 しかしながら、一つだけ可能性が残されていました。それはニアの魔力が非常に多かった事です。彼女が屋敷に来てすぐに、私は魔力測定の宝石を使ってニアの魔力を測定しました。平民なのですから魔力が無いことなど分かっていましたけど、少しでも魔力があるなら貴族と縁組みし易いし、位の軽い気持ちで調べたのです。


 ところがニアの魔力は驚くほど多かったのです。魔力測定の宝石は限界まで満ち、しかもその色は珍しい大女神フェレミネーヤの強い加護を示す純粋な緑色。平民としては、というか大貴族にも滅多にいないほどの魔力量でした。それに、豊穣と治癒に強い適正のあるフェレミネーヤの強い加護は極めて珍しい加護でしたから、これならどんな貴族でも養子や嫁にと願って引く手あまたになるでしょう。その分、高度な教育を受けさせる必要はありますけど。


 この時、私は意外な魔力と加護に興奮していたので、平民の筈のニアにそんな巨大な魔力が眠っていた事に対する疑問を持ちませんでした。希に、平民にも魔力持ちが生まれると聞いていましたし。まさか聖女とは思いませんでしたよ。大女神様にお会いしてお力を授かった英雄や聖女なんて百年に一人くらいしか出ないのだから当然ではあります。


 ですから私は平民ながら巨大な魔力持ちを、近年減り気味な皇族の魔力を持ち直させるために、養子入りさせたい。という筋書きでニアの養子入りを進めたのです。この時点でニアが聖女であると発覚していたら、ニアはお兄様に奪われてしまったでしょう。聖女の存在はそれほど重要なのです。


 勿論ですが、紋章院も元老院もお兄様である皇帝陛下も揃ってヴェリトン公爵家の養子申請に難色を示しました。しかしながら言下に却下してこなかったのは、ニアの魔力があまりにも多かったからです。私は大神殿から最高級の魔力測定の宝石をお借りしてきて、再度ニアの魔力を測定したのですが、それでもニアの魔力を測定しきらなかったのです。驚くべき魔力量で、これは私の魔力よりも遙かに多いことを示していました。


 皇帝陛下の妹であり、生粋の皇族である私の魔力は帝国屈指の量を誇ります。その私よりも多いのです。繰り返しますが、この時点ではニアが聖女である事は明らかになっていません。ですから、平民の突然変異という事になっていましたから、そんな平民が突然生まれるものかと随分と不審がられました。でも、大神殿のお墨付きなのですから疑いの余地はありません。


 確かにこの魔力を皇族に取り込めれば、魔力量は概ね遺伝するものですから、皇族の魔力量は増える事でしょう。他の貴族を大きく引き離す事が出来、皇族の権威は上昇する筈です。


 ちなみにこの時、公爵家としてはニアを、行く行くは息子の誰かと娶せると説明していました。そうしないと皇族の血筋に取り込めませんからね。嫡男のアルベルトは流石に無理なので、ヴィルヘルムかルドワーズのどちらか。息子は分家させるしかありませんが(侯爵家を増やすのは大事なので伯爵家になるでしょう)、その子供に大きな魔力持ちが生まれたのならそれを公爵家の養子にして皇族と縁付かせる。そういう予定でした。迂遠ですけど、流石に平民出身のニアをいきなり公爵家の嫡男や帝室の方と結婚させられる訳がないのでやむを得ません。


 もちろんこの予定は、ニアの聖女発覚によって全てご破算になります。

 

 元老院の皆様の議論は混迷したようでしたよ。社交界でも随分議論が行われました。少なくない方々から「平民を皇族にするなんて無理だ。魔力が欲しいのなら下位の侯爵家の養子にして、それから公爵家に嫁として迎え入れれば良いではないか」と言われましたね。ですが、私の本当の目的は可愛いニアを、私の本当の娘にすることなのですから、下位の家になど出せません。


 実際、この議論が一年以上長引く間に、ニアは細過ぎた手足や頬がふっくらとして、当初からは考えられないくらいに容姿も可憐になっていきました。彼女はこちらの方面でも驚くほどのポテンシャルを持っていたようです。いつもはヴィルヘルムと泥だらけになって遊んでいるニアでしたが、綺麗にして誂えたドレスを着せて、軽くお化粧をするとこれがもう一流の貴族令嬢にしか見えなくなりました。ニアの落ち着きのある所作が加わると、これは社交界に出したら貴族の子弟が放っては置かないだろうと思いましたね。


 放っておかないと言えば、家の息子達です。息子達はルドワーズ以外は、ニアに対して当初は隔意ある態度でした。それはそうでしょう。彼らは生まれながらの皇族です。平民など珍獣も同然です。それを私が可愛がった挙げ句に「娘にする」と言い出したのだから、アルベルトなどは「お母様は気がおかしくなったのですか?」とまで言いましたよ。


 ですが、アルベルトはそもそも心優しく、人が良いのです。ニアはアルベルトのそういう所を感じ取ったのでしょうね。アルベルトにも積極的に甘えていました。するとアルベルトはすぐにニアにメロメロになってしまい、自分が率先して養子入りに反対する貴族を説得するために行動するようにすらなりました。どうもニアは人の警戒心を溶かしてしまう所があるようで、これはこの後も彼女の味方を増やし続けて行く原因になります。


 ヴィルヘルムなどは平民出身であるニアと波長が合ったようで、公爵邸の庭でニアと遊び倒していました。田舎生まれであったニアは、自然の中での遊びを沢山知っていたらしく、ヴィルヘルムは目を輝かせながら「ニアは凄い! 何でも知っている!」と叫んでいましたね。そしてヴィルヘルムは「ニアを僕が結婚するよ!」と言っていました。どこかでニアを養子に入れる目的と計画を聞いたのでしょう。


 公爵家が一年以上も粘り強く交渉したこと、私がお兄様に圧力を掛け続けたこと(お兄様は昔から妹である私には甘いのです)、そして公爵邸を訪れる方々に私が「娘です」とニアを紹介して、その方々がどうやらニアに好印象(それ以上の「ただ者では無い」という印象を持った方もいたようですね)を持って下さり、社交界で応援して下さった事で、最終的にはニアの養子入りが認められる事になりました。私も夫も子供達も快哉を叫びましたよ。ニア自身はよく分かっていないような顔をしていましたけどね。


 しかしながら同時に、ニアには家督相続権が無いと決められました。これはある意味当たり前で、ニアが未婚状態で皇族であると認めてしまうと、まかり間違うと平民出身のニアが皇帝陛下になってしまうかも知れないからです(ニア以外の皇族が全滅するというかなり低い確率での話ですが、確率があるだけでも許されないのです)。しかし私は不満でした、ニアを言い訳の余地のない位に自分の娘にしてしまいたかったからです。


 この時私はニアが生まれたという村に使者を派遣し、その村の神殿に保管されていたニアの出生証明書を回収させ、破棄しました。ニアの実家を調査もさせ、母親が存命である事は確認しました。本当はこの実家は処分してしまいたかったのですが、ニアにその事を知られたらと思うとそこまでは踏み切れませんでしたね。ですから逆にその村で「ニアは死んだ」と触れ回らせました。ニアのいた商会にもニアの死亡を噂として流させました。


 そしてニアは貴族名簿に改名した「エルファニア」の名前で登録されました。これで平民のニアは消滅したことになります。私はニアを生まれながらの自分の娘にしてしまいたかったのです。これは完全に私の我が儘でした。ニアという一人の人間の過去を無かった事にしてしまった事を、私が後悔したのはずっとずっと後の事になります。


 

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