第九話 スパーリング その②

沸き上がる疑問、仮令たとえ阿呆あほうでも疑問に思うだけならば出来ただろう。


しかし後藤にはその余地が無かった、これまで蔑み見下し、侮蔑してきた相手に指を潰され、膝を割られ、と後藤の人生上でこれまでに無いほどの屈辱、故の激怒。


その激情は後藤に僅かな思考の余地さえ許さなかった。


「クソッッッタレがァァ!」


後藤はこの見下していた存在から受けた仕打ちを今一度思い返し、怒りに任せ声を上げる。


足下の赤褐色に変わり果てたロングソードを乱暴に拾い、一ノ瀬に襲いかかる、しかし折られた右膝がそれを許さない。


「アクアボール!エアカッター!」


初めに水魔法、アクアボールはアクアショットよりも、弾速が遅い分、水量が多い初期魔法。


続いて即座に風の初級魔法を放つ、エアショットとは違い文字通り風の刃を飛ばす魔法。然し射程が足りず、先程撃った水の魔法を散らすだけに終わる。


そして更にもう一発水魔法、今度は異空間収納ストレージ内に収納していた水魔法を放つ。


「どうしたァ?そろそろ魔力が無くなってきて、焦ってんじゃねぇのかァ!」


然し後藤はそれをものともせず挑発を重ねる。


「いや、焦ってなんかいない、自分より焦ってる奴を見ると、焦らなくなるって言うだろう?」


と言った一ノ瀬だが、焦っていないのは事実としても、魔力は枯渇寸前、魔法攻撃で間合いを計る戦闘スタイルを取ってきた一ノ瀬は、異空間収納ストレージを闘技場一面にばら撒く際に、その殆どを消費しきっていた。


然し、一ノ瀬の心に焦燥はなかった、顔には余裕が浮かんでいた。


「確かに、俺の魔力は枯渇寸前、正直言うと魔力の使いすぎで頭が痛い。しかし、然しだ後藤、俺は手前を確実に倒すための策を持っているから、この場に立っているんだ。」


一ノ瀬が異空間収納ストレージを大きく開ける。それはさながら後藤を喰らわんとする獣があぎとを大きく開いたようだった。


その顎の内には黒煙の様なもやとぐろを巻いており、時折ときおり蛇が舌をチラつかせるように、小さな白い稲妻が走っている。


後藤は一ノ瀬の頭上でとぐろを巻く雷雲という異常に頭を強制的に冷まさせられる。


困惑する後藤、然し後藤も高校生、付着させた銅、後藤と一ノ瀬の間を橋のように掛かる霧、そして雷雲。


過剰、大袈裟とも言えるたった一撃のための大仕掛け、それを前に一ノ瀬の目論見もくろみが何か分からぬ程後藤は阿呆では無い。


「我が身に宿ることわりよ!我がことわりに宿る力よ!今我が身をまもる盾となりて!ことわりもっことわりを妨げ!マジックシールド!」


一ノ瀬の企みを感じた後藤がとった行動は防御であった。マジックシールドは中級の防御魔法、物理攻撃は防げないが、魔法ならば中級魔法の威力を半分以上減らしてくれる。


本来ならば何年もの修練の末、中級の魔道士がようやく身につけることの出来る魔法、然し魔剣士というスキルが短期間での習得を可能にした。


後藤の前面つまり一ノ瀬との間に半透明の魔法の防壁が出現する。


然しいくら防御魔法とはいえ、全てを防ぎきることができる訳では無い。本物の雷魔法など撃たれた場合には、呆気なく散り、ほんの僅かでさえ威力を減らすことも適わないだろう。


雷魔法とはそれだけ威力の高いものであり、無論中級、ましてや初級の雷魔法は存在しない、電気という不定形で強大なエネルギーを制御するのに初級中級では魔力量が圧倒的に足りない。そして順当に難易度や消費魔力量も高い。あの『賢者』のスキルを持つ伊集院でさえ未だ成功した試しがない魔法なのだ。


然し後藤がとった択は魔法による防御、防ぐことは不可能、それは後藤も理解していた、何故なのか?


(奴の雷雲は雷魔法では無いッ!恐らく昨日にでもちまちまとテスト前日に膨大な量の課題を終わらせる中学生の様にヒーコラ作った模造品ハリボテッ!その威力……中級以下と見たッ!)


この後藤の考察は事実であった、マナポーションを幾本も空にしながら、水、火、風、土の四属性の初級魔法を組み合わせ、作り上げた雷雲、そこから放たれる雷撃の威力は精々中級程度、否、中級以下が関の山、眼前に張られた壁に容易く防がれることは火を見るより明らか、然し一ノ瀬は勝利を確信していた!


「出来ないんだなぁ、それが。」


「ッ…………」


しばし思考にふける後藤、然しどの可能性を取れど行き着く結末は全て防御可能、こいつの言うことはハッタリだと判断し、後藤はそのままマジックシールドを張り続けた。


異空間収納ストレージの中の雷雲は己の力を誇示するように、しきりに稲妻を走らせる。


雷雲を走る稲妻は頻度を上げ、ゴロゴロという獣の腹の音のような音を絶え間なく響かせる。


鳴り響く雷鳴は天井に反射し、見えないはずの空から雷鳴が降り注いでいるような錯覚さえ起こさせる。


いよいよ雷雲は限界と言うふうに、雷をまとい出す。この状態に至るまで、異空間収納ストレージを開いてからさほど時間はかからなかった。


狼狽狼狽の感じられない一ノ瀬の表情に、不安を抱き後藤がマジックバリアの出力を上げ、思い出した様に銅が付着した剣を投げ捨てる。


その瞬間だった、白い光の爆発が起こった。


当の一ノ瀬でさえ一瞬何が起こったのか分からず、閃光が目を焼き、何かを両断せんとするかのような鋭く激しい破裂音が鼓膜を貫いた。


脳内に響く耳鳴りと、閃光に焼かれ、視界を白で覆い尽くす網膜、それらに付随する頭蓋を刺すような頭痛。思わず呻き声を上げる。


うずくまって頭を抱え目を押さえたいという衝動を抑え、目を開き前を向く。


やがて視界は回復し、眼前の風景を網膜が象を結ぶ、そこに居たのは、白目を剥き、糸の切れた人形の様に膝をつき天を仰ぐ、後藤大貴の姿だった。

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