第三話 長い一日
一ノ瀬は思った。異空間収納に既にいくつかのアイテムが入っていたことは絶対に知られてはいけない、と、何故かは分からないが、本能が警鐘を鳴らしていた。隠す理由としては充分だった。
数秒間沈黙が流れた。どちらも相手が話し出すのを待っているようだった。
「えっと……君は一ノ瀬怜央だね?」
「そういう君は伊集院賢人」
もしやと思い一ノ瀬は、右手を肘を曲げて上げ、左手は直角に肘を曲げ下に出す。しかし伊集院は何をしているんだ?という目で見てくる。どうやら違ったらしい。
「で……君はなんのためにこんな所に?」
「それはお互い様だろう?僕は魔法があると聞いたものでね」
「でも……君が呼んでいる本には薬学と書いてあるようだけど」
伊集院賢人が僕が読んでいる本を指さして指摘する。嫌に感の鋭い輩だ。しかしそれについては言い逃れができる。
「あぁ、もう既に魔法の本は1冊読んだんだ」
「へー……そう……」
確実に怪しまれているが、問題ない。伊集院がこちらを向いていないタイミングで、ポーションを異空間収納に入れる。かなり肝を冷やした。
おっと、調べ物がまだだった。
えーと、例のポーションの名前は……
[エリクサー]
宝石を溶かしたような青色、大気と触れると急激に色が変わり、効力が大幅に落ちるため、ドワーフ製の特殊な小瓶を用いて保存しなくてはならない。
書かれている挿絵の小瓶がこれにそっくりだ。恐らくこのポーションはエリクサーであると見ていいだろう。
さて、伊集院の方はどうだろうか。
そう思いほんから顔を上げると既に向かいの席に座っていた。その本はスキル鑑定前に僕が読んでいた本だった。
「お、その本読んだぜ、結構分かりやすかった」
「そう」
「あ、それでさ前の異世界の勇者に関する本って見なかったか?」
「見てない、というよりなかった僕もそう言った本を読む気だったんだけど、なかった」
一ノ瀬はその言葉を聞き、読んでいた薬学の本を棚に戻し、自室へ帰った。パーラーさんを部屋から退出させ、机に座る。そう、僕はまだ異空間収納の中身を把握しきれていない。自分のスキルなのだ調べなくてはならない。
鏡に映る自分の目が異空間収納の中身に対する期待度を、はっきりと表している。
異空間収納を開き、中身を全て取りだしてみる。結構な量が入っていた、流石荷物持ちだ。
エリクサーが26本、赤色のポーションが3本、緑色のポーションが42本、紫色のポーション14本、様々な金属で出来た硬貨(恐らくこの世界の通貨)の入った袋、重さからかなりの量と推測される。肉や野菜に香草などの食料、剣や盾、弓に防具、様々な服、女物まで入っている。かなりでかい羽根(約3
異空間収納に仕舞おうとした所で、ドアがノックされる。
「あの〜一ノ瀬様、もうすぐ夕食の時間ですが……」
もうそんな時間か、体感では昼食から2時間も経っていないと思っていた。
「わかった、すぐに行く!」
返事をして、急いで出したアイテムを異空間収納に放り込む、どうやら異空間収納内では重力が働いていないらしく、割れそうなものを放り込んでも割れないのも、便利な点だ。
◆◆◆◆
美味かった。ボリュームもかなりあった、異国の食生活を体験していると思えば、だいぶ気が楽だった。
中にはボソボソと作業のように口に料理を運ぶ者、そもそも来ていない者、など心の整理がついていない者が半数ほど居た。後藤は来ていた、取り巻きと一緒に。
もう特にすることもないので自室に帰った。そして窓から外を見ると、月がふたつ夜空に浮いていた。驚き、急いで窓を開け、身を乗り出す。
よく見ると月は三つあり、それぞれがバラバラの位置でバラバラの方向に動いていた。
(!?……いや、でも木星には月が四つあるらしいし、特段気にするようなことでも……)
その瞬間いきなり扉が何度も叩かれる。ノックとかではなく、どちらかと言うと借金取りが来たのかと思うような、叩き方だった。
「はい、どちら様?」
「ねぇねぇレオー!月3つあるよー!凄いねー!」
言いながら如月が部屋に入ってくる。
「もう見た」
「えー、何だつまんないの」
如月が不貞腐れてベッドにダイブする。僕まだ入ってないんだけど……無論そんなことを言えば面倒になるのは分かっているので言わないが。
「ねぇレオ、何か大変なことになっちゃったね」
「もう聞いた」
「いや、そうだけどさ、何か一息ついたら、こう、なんて言ったらいいか分からないんだけどさ、何か、本当なんだなって、現実なんだなって、急に実感してさ。これからどうなるのかなって考えるとさ……」
如月はそこで言葉を区切った。
「そうだね」
何か気の利いた事を言おうとしたが、何も出てこなかった。
「何か話したらスッとした、ありがと、じゃあ私帰るから、おやすみレオ」
「おやすみ」
如月が一ノ瀬の部屋のドアから出ていく。そしてその瞬間を怒りで顔を赤くした後藤が穴があくほど睨んでいた。然しそれに二人は気づかなかった。
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