あの花の咲く頃に
みたまどり
あの花の咲く頃に
『開花師です。条件付きで、なんでも咲かせます。』
私が気になってしまったのは、マンションのエントランスの広告を貼るコーナーにある、こんな簡素な1枚のチラシだった。色も白黒で、字体もただの明朝体。こんなチラシで客を呼ぼうとしているなんて、商売を舐めているとしか思えない。
「なんでも咲かせる、か」
咲かせるものといったら、普通思いつくのは『花』くらいなものだろう。ただ、なんでもと言われて考えれば、花を咲かせるという言葉は、慣用句などで色んな使われ方をしている。
例えば、一花咲かせるという言葉があるが、この意味の通りに咲かせるとしたら、どんな人でも芸能界やステージの上で有名になることができるのだろうか。
自分に咲かせたいものなど特に思いつかないが、私の手は自然にそのチラシをスマホに収めた。
***
「ねぇーつばきぃーー! ノート! ノートを貸しておくれぇ!」
「い、や!」
「おいつばき貸してやればいいだろー」
「はぁ〜。全くなんでみんな、くるみに甘いんだろう」
この宿題を忘れた憐れな女の子が、私の親友ポジションの、
本当に『くるみ』という可愛らしい名前に似合う可愛い子だと思う。
私の『椿』という名前の由来はなんだっただろうか。小学校であった、2分の1成人式というイベントの時に両親から聞いたような記憶はあるが、今は覚えていない。
けど、文字の形や、花の見た目、花言葉をとっても、私に似合っている名前だと思う。名は体を表すと言うし、名前に合うような『私』ができたのだろうか。
そろそろテストということもあって、何やら優秀な高校生らしい考えをしてしまった。
私たちの通う高校は、偏差値もそこそこで、私は家が近いという理由で選んだ。そのおかげか、校内ではかなり上位の成績をキープしている。
まぁ成績がどうこうよりも、この高校にしたおかげで、幼馴染であるくるみといっしょにいれる時間を増やせたことが、私にとって大きいポイントだ。
まぁ、こんなこと恥ずかしすぎて口が裂けても言えないけど。
「はい、ノート。 この昼休み中だけ優しくしてあげるから、死ぬ気で頑張って」
「や、優しいけど優しくない~」
なんだかんだで、昼休み中に宿題を終わらせられなかったくるみは先生に軽くしぼられて、放課後になった今も私に教えられながら宿題を消化してる。
私は園芸部に入っているので、毎日水やりさえしていれば特に毎日忙しくなる訳では無い。だからこうして放課後に勉強をしたり、色んなことができる。
うちの学校は部活動が強制では無いため、わざわざ園芸部に入ってるのは2年生の私と1年生が2人しか居ない。それに、部活内での関わりもあまりないため、ほぼ部員などいていないようなものだ。
それでも、自分から活動をしていれば、自ずと植物に対する知識はついてくるもので、ある程度の花の名前は見て分かるようになってきた。と言ってもほんとに少しだけなのだが。
それに対して、くるみはバドミントン部というゴリゴリの運動部に入っている。うちの学校は中堅くらいのレベルらしく、キツすぎる程じゃないが、しっかりとやりがいがあるらしい。
「今日が部活休みで良かったよ~」
流石に宿題を忘れて部活を休ませられるほどでは無いが、顧問の先生にバレると筋トレメニューが待っているらしい。
「今日なくても明日バレてやらされるんじゃないの?」
「んー、そこは私持ち前の運でどうにかしちゃいますよっと」
そう、くるみは運の良さでもクラスで有名だ。去年の文化祭の後夜祭で、クラスの屋台の余り物争奪戦でクラスの中で40人中27人をじゃんけんで連続で倒したらしい。
この前見てから頭にこびりついている、開花師のチラシのことも、くるみに相談してみたらいい結果が出るかもしれない。
「ねぇくるみ、この写真見て欲しいんだけどさ」
そう言って私はマンションに貼ってあったチラシの写真をくるみに見せた。
「なにこれー。なんか胡散臭いよ?」
くるみは写真を軽く眺めて笑いながら言った。
「確かにつばきが気になりそうな不思議な感じではあるけど、これは流石に不気味かも」
まぁやはりそうだろう。改めて見てもよくわかんないことだらけだし、気にするべきじゃなかったみたいだ。
そう考えてこのチラシのことは忘れることにした。
***
「ただいまー」
数日後、学校から帰宅して、マンションの部屋の鍵を開け声をかけてみるも、今は誰も居ないみたいだ。父親は単身赴任で今は海外に行っているし、母親は美容師として自身の友人と共に店を経営しているらしい。
どちらも忙しくて、顔を合わせる時間が多いわけでは無いが、どちらも明るく優しい自慢の両親だ。父親だって毎週電話をかけてきてくれるし、数回くらいしか不満を持ったことはないのではないだろうか。
「はぁー! つかれたー! 今日はあんまり話せなかったし……つかれたなぁ」
私は親にも友達にも不満を持つことはあまりないし、学校に行きたくないと思ったことも無い。けど、いつも満足していない。
学校でくるみと話す時、家で親と他愛もない話をする時、どれもその最中は心から楽しめてると思う。
けど、両親が常にそばに居てくれる訳でもないし、くるみやには私以外にも気の許せる友人がいるから、私とずっと話せる訳では無い。
くるみが居なくなった瞬間、私の居場所はここではないと感じてしまう。
私には分からないけど、普通のみんなは居場所がないと感じた時でも、逃げれるものがあるのだと思う。例えば部活動に打ち込んだり、アイドルや2次元の、所謂『推し』という人達のところに行ったり。
私にとって趣味と言えるようなものや、打ち込めるものはない。強いて言うなら喋ることが1番幸せだ。
「私って独占欲強いのかな……」
くるみや話すことによって自分が幸せになれるなら、くるみにずっと居てもらえればいい。そんな自分勝手なことを考えてしまった自分に嫌気がさした。
以前はくるみに言われて、忘れようとしていた『開花師』のことだが、自分のことが嫌になって、変えたいと思う度に頭に浮かんでくる。
「1回……1回だけ行ってみようかな……」
本当になぜ私はこんな1枚のチラシに興味を持ち、振り回されているのだろうか。
***
いざ行ってみようと思っても、やはりなんの理由もただ行くだけにはハードルが高すぎて、結局行かずに2週間が経ってしまった。
前までは気温も高く、緑が生い茂っていたのだが、2週間が経ち、秋の気配が刻々と近づいてきている気がする。それに加えて、カレンダーを見れば学校の定期考査も明らかに近づいてきており、学生にとって2週間過ぎることは環境がガラッと変わってしまうことを如実に表している。
そんないつも通りの日常の、中だった。
3時限目の英語の授業。いつも通り機械的に進んでいく授業を、隣の席のくるみとこっそりノートに落書きなどを見せあっていた時だった。
落書きを描き終わってくるみの方を向いた時、廊下の外から私たちの担任の
枝野先生は国語教師と軽く話したあと、教室の中を見渡し、私のところで視線を止めた。
「
優しくて生徒からも評判のいい枝野先生からは、何だか有無を言わせないような雰囲気を感じた。
「つばきどうした?なんかした?」
「分かんないけど……取り敢えず行ってくるね」
先生の後ろをついて行って、少し教室から離れた廊下に行くと、先生はゆっくりと私の方を見て話しだした。
「相花、今お前の母親の職場から電話が入った」
なんだろう。まだ先の言葉を聞いてもいないのに、自分の心臓の拍動が異常に速くなっていくのを感じる。身体が緊張して行くのに、頭は酷く冷たく、落ち着いて行くようだ。
「お前のお母さんが、仕事中に倒れて、病院に搬送された。倒れた原因までは聞かされてないが、病院で意識は戻ったらしく、命に別状はないらしい」
「先生っ」
「ああ。流石にこのまま授業を受ける訳にも行かないだろうから、今日はもう帰ってもいい。病院はお前もいつも行くところだそうだ」
先生の言葉を聞いた私は、足早に教室へ戻り、心配そうに私を見ていたくるみに気づくことも無く、荷物を持って教室を出た。教室を出て、授業中のみんなから見えないところに行くと、自然と私の足は駆け出していた。
***
母の倒れた原因は不整脈だそうだ。症状がたまに出るようで、少し検査をするようだが、数日で退院できるようだ。
病院で母の横で話を聞いた私は、原因がはっきりしたことでようやく安心ができた。
「椿心配かけてごめんねー……学校も早退させちゃって……ちょっとの間だけ家事もできなくて迷惑かけるけど、すぐ元気に戻るから!もう心配しないでね!」
母も心苦しいようで、少しでも元気に見せようといつもより元気な声で話している。私のことを想って見せてくれているのだから、わざわざ口に出さずに、
「ありがとう。お母さん無理しないでね?」
と、これくらいで私も軽く元気に返すだけにしておいた。
家に帰る道の中で、ふと、せっかくだから母の好きな花でも贈るか家に飾るかして、元気になってもらおうと思いついた。
「お母さんの好きな花ってたしか……『オランダツツジ』って名前だっけ」
そうと決まれば早いうちに買ってしまおうと思って帰り道で花屋に寄ったが、
「オランダツツジねー、あれは今の時期には咲いていないのよー…」
と、言われてしまった。確かにそれはそうだと納得し、スマホでなにか他に好きな花でもあったかとカメラロールを漁っていると、開花師のあの胡散臭いポスターの写真が出てきた。
「開花師なら季節関係なく咲かせられるのかな」
どうせ気になってた事だし、ちょうどいい理由ができたと思って、私は開花師に会いに行くことにした。
***
「本当にここ……だよね?」
チラシに書いてあった住所を元に探し着いた場所は、今にも壊れてしまうのではないかと思ってしまうような、みすぼらしいマンションでだった。驚きのあまり、私は決めてきた覚悟も忘れてマンションの前で尻込みしてしまった。
「今日こそは来るって決めたんだから!」
開花師の店は2階にあるので、少し歩きながら周りを見渡していると、マンションの中は存外綺麗なものだった。
少し進むと装飾も何も無いあのポスターのような無機質な店が現れ、マンションの中でも何だか異質な雰囲気が漂っていた。
「……こんにちわー」
意を決して中に入ると、少し暗めの相変わらずに簡素な部屋で、その奥に、予想していた何倍も若い男の人が座っていた。
「あっ…すいません、開花師さんですよね?これを咲かせて欲しいんですけど」
そう言って、持ってきたオランダツツジの苗木を差し出した。
しかし、開花師は何も喋らずにこちらをまじまじと見ていた。
私は、何か変なことをしただろうかと思い、緊張して相手を見返していると、
「いえ、すみません。初めての方なのに疑わずに依頼をされるとは思わず。申し訳ありませんでした」
そう言って、開花師は謝ってきた。
胡散臭いポスターやマンションで少し緊張していたのが、馬鹿らしくなるほど拍子抜けしてしまった。
(なんだ、普通男の人じゃんか)
「何だか信じてくれているようですが、一応説明しておくと、私は開花師で、取り敢えず花ならなんでも咲かせられます。初めは誰にも信じて貰えないのでいつもは小さな花を咲かせるところからやっています。まぁ花以外にも咲かせることはできるのですが、今回はあまり関係がなさそうなので省略します。それでは依頼の物を咲かせるので貰いますね」
そうして私の持っていた苗木を取ると、
「これは…アゼリアですか。確かにこの時期には咲いているものではないですね」
そう言って私の苗木を持って奥のカーテンの奥に行き、少ししてから戻ってくると、苗木を地面に置いて自身の手をかざした。
すると―――苗木がまるで元の姿に戻るかのように自然な様子でスルスルと伸びていき、最後には満開の花が咲いた。
唖然としている私を差し置いて、開花師はあくまで何も変わらない様子で、
「これは花だけ持ち帰りますか?それともそのまま持ち帰るのでしょうか」
と言ってきたので、その言葉で現実に引き戻された私は、
「花だけでも大丈夫です!母が好きな花で、入院中の母におくるつもりなので」
「――そうですか。その心を忘れないでくださいね」
「……?はい。あっ!あの、最後に名前教えて貰ってもいいですか?」
「名前ですか……今は『アザミ』と名乗っています」
「『アザミ』さんですね、ありがとうございました!また何かあったら来るのでよろしくお願いします!」
(……アザレアの花言葉は、私のためにお体を大切に……か)
***
アザミさんのところに行ったあと、母に花を渡し、数日後、母は調子を戻して、いつもの日常が帰ってきた。
そこからまた月日が流れ、しっかりと秋に入り込んだ頃だった。
「はぁーーーぁ……これ私が悪いのかなぁ?くるみが悪いんじゃなくてー?」
そう、私は親友であるくるみと初めてになる喧嘩をしてしまった。原因は単純に意見が合わなかっただけなのだが、くるみは譲れない部分だったみたいで、私の言い分を話す間も無くくるみは私から離れて行ってしまった。
普通の人ならば、ここで時間を置いてから謝るなりしてまた元の関係に戻ったり、仲良くなれるのだろう。しかし、私は親友であるくるみの存在が大きすぎて、くるみが近くに居てくれない、もう元の関係に戻れないかもしれない、という可能性があるだけで、もうそのままではいられなかった。
普通ではいられなくなった私は、自分1人でどうにか関係を戻せるとは到底思えなくなっていた。
(そうだ、こういう時に頼るところがあるじゃないか)
私は思いついたその勢いのまま、開花師のアザミさんの店に向かった
「すいません!アザミさんいますか?」
私が勢いそのままに開花師の店のドアを開けると、どうやら先客がいたらしく、少し顔色の悪く見える人がアザミさんと共に驚いた顔でこちらを見ていた。
「どうやら次のお客さんが来たみたいですね。ゴボウさん、どうもありがとうございました。これで今日からは上手くいく気がします」
「――いえ、困ったらまた来てください」
あまり大きい声ではなかったため私には会話までは聞こえなかったが、どうやら先客は帰るようだ。
先客が帰ったあと、アザミさんは少しぼうっとした後こっちを向いてこの前よりも少し無機質な感じで話しかけてきた。
「今日はなんの御用でしょうか」
「その事なんですけど!あの、なんでも咲かせられるんですよね!それで……『友情』を咲かせることって出来ますか?」
「――できます。しかし、花以外の特別なものを咲かせるには、必要なものがあります」
「必要なもの……ですか?お金ならある程度持ってきてはいるんですけど……」
「いえ、お金ではありません。花を咲かせるには通常養分が必要でしょう。特別なものを咲かせるなら、それに見合った『栄養』が必要になります。それの必要量はものによって変わりますが、例えば何かの記憶だったり、才能だったり、使えるものは広い分野でありますが、どれも大事なもののはずです」
くるみとの友情に釣り合う対価とはなんだろう。自分に心とってのくるみの占める部分が大きすぎて、軽いものでは到底釣り合わないと思う。本当なら、長い時間をかけて、何なら掛けてもいいのか、本当に自分の望む結果になるのかといったことを考えるのだろう。ただ、さっきも言っていたとおり、私は今普通の状態ではいられなくなっていた。その私はすんなりと、
「くるみ以外の友情をかけます。それだけで足りますか?」
と、口に出していた。
「――ええ、本当にそれでよろしいですか?」
「はい、お願いします――」
***
翌日、朝、席に着くと、くるみが私を見つけるなり、駆け寄ってきた。
「つばき!この間はごめん!やっぱ私もつばきがいないと嫌だよ!これからも仲良くしてくれないかな?」
「くるみ……!うん!もちろんだよ!これからもずっと仲良くしてね!」
疑っていたわけではないけど、どうやら、くるみとの友情を『咲かせる』ことはしっかり成功したみたいだ。
どういう原理でこんな現象が起きているのかはわからないけど、くるみが無理やり性格を変えられているとかには見えないし、私としても変な感じはしないから、素直にこの状況を受け入れていいのではないかと思う。
「ねぇ
「くるみまた来ないのー?てか相花さん?ふーん。あの人よく分かんないからくるみも気をつけてよ?」
「え?藍葉さんもつばきと仲良かったでしょ?喧嘩してるの?」
「え?、いや別に今まで仲良かったことなんてないけど。誰と勘違いしてるの?」
くるみとの友情はだいじょぶだったけど、『対価』の方もしっかり起きてしまっていたようだ。でも……
「つばきだいじょぶ?なんか辛いことあったら私に言ってね?頑張ってつばきのために手伝うから!」
こんな対価があったって、この先何があったって、くるみがいれば何でも大丈夫だ。
――それから、何かがある度、私は『開花師』を頼った。
くるみや家族を笑顔にさせるために、上手く話す才能を開花させた。自分に自信を持たせるために、自分の魅力を咲かせた。他にも色んなことをした。
その度に、学力や、自分の元気、必要のない才能を対価に払っていった。
才能を得るために他の才能を捨てるなんて、結局何かが悪くなっていってるのだから意味もないような気もするし、何だか全てが矛盾してくる気もする。けれど、私はこれでいい。そう思っていないとおかしくなってしまう。だってもう戻ることは出来ない。自分のそばにいてくれるくるみや家族に嫌われてはいけない。
「きらわれないようなあたらしい『わたし』をさかせてください」
私は今日もアザミさんに頼んで、私の中で何かを咲かせる。
「もうやめて下さい!」
いつもは無機質で、あまり感情を出さないアザミさんが、声を荒らげて私の肩を強く掴んでくる。
「これ以上はもう、あなたではなくなります!」
何を必死になってそんなことを言っているんだろう。そんなことを今更言われたって、もう、私は元の私じゃないのに。むしろ、今の私の方がくるみによっぽど好かれて、いい自分じゃないだろうか。
「もういいですよ。私のことは気にしないでください」
「っ!そうですか……じゃあ、最後に一つだけ話させて下さい」
そうして、開花師はまた感情を抑えながら話し出した。
「昔、ある男がいました。その男は、自分に自信が持てないタイプで、学校でもいわゆる『陰キャ』というポジションにいました。そんなある日、自分が嫌になってもうなにかどうでも良くなっていた時、大通りの横にある、何でもないただの路地裏が、何やらとてつもなく魅力的に見えて、吸い寄せられるように入りました。するとそこには自らを開花師と名乗る初老の男性がいました。その男性は、『何も花だけを咲かせられる訳では無い。私ならお前を変えてやることも出来る』と言ってきました。自分が大嫌いだった男は、藁にもすがる思いで、新しい自分を作り出しました。今までの自分を『対価』に使って。その後、生まれ変わった男は明るくなり、学校でも周りに人が寄ってくるようになりました。ただ、それだけでは終わりませんでした。自分を変えてくれた『開花師』になりたいと願ってしまったのです。男は開花師になりたいと男性に伝えました。すると男性は、『少しの自由と引き換えるならば』と答えました。男は対して悩むこともせず、そのまま身を委ねて行きました」
「そして、どうなったかわかるでしょうか。私は感情と思考の自由が制限され、開花師となりました。そして開花師の依頼については、どんな事でも断ろうと考えることが出来なくなりました」
その男の人は私がしようとしたことをもう既にしているようだ。けどもう私にも今からできることはない。
「あ……」
ふと目元を手で触ると、涙が流れていることに気づいた。私は自分のした事に後悔しているのだろうか。もう戻れないということに気づいてしまった。
「これから私にできることをしようと思います。」
アザミさんがそういって私の手を取った。
「私を使って、元のあなたを咲かせます。咲かせたものを私の力で枯らすことは出来ないので、もう一度咲かせ直すしかありません。それで、いいですか」
「……はい。お願いしてもいいですか?」
私は涙を流しながらそう言った。
アザミさんは私の手を取ったまま目を瞑った。すると、私の意識は段々と薄くなっていった。
「最後に『一花咲かせる』なんて、私らしいですかね――」
***
「相花さーん!今日くるみと一緒にカラオケ行くけど来る?」
「藍葉さん……」
「どうしたの?なんか調子悪い?」
「ううん。なんでもない!カラオケねー、私も行こっかな!」
朝の登校中に相葉さんがいつも通りに私に話しかけてきた。
あの時、私の意識が途絶えたあと、意識が戻るとその場にアザミさんはいなかった。
あとから気づいたことだが、意識が戻ってから、私には、花に関する知識が圧倒的に増えていた。今まで園芸部でつけてきた知識とは明らかに違うものまでたくさんだ。
(椿の花言葉は――)
そんなことを考えていると、通学路にある家に咲いている花が視界に映った。
いつの間にか季節もかなり変わってもう4月になっているため、咲く花の種類もかなり変わっていた。
あれは、オランダツツジだろうか。アザミさんはアザレアと言っていたが、そういった呼び方もあるようだ。
(そしてあれは『アザミ』の花)
控えめな紫色の花がオランダツツジの隣に咲いている。
アザミの花言葉は多くあるが、今ならアザミさんの伝えたかった思いはわかる気がする。
あの人の名前は、きっとその時に伝えたいこと、自分の思っていたことの花言葉をもつ花の名前になっているんだ。知識を受け継いだ私は、このことを忘れずに胸に刻み続けて生きていこう。
その花が咲かなかった頃に始まって、あの花が咲く頃に終わった、消えることの無い儚くて短い物語───
あの花の咲く頃に みたまどり @3tamadori
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