第9話

登別、北海道に住んでいるひとなら一度は聞いたことがある温泉地。


北海道人気温泉地ランキングでは、堂々の一位を獲得しており、北海道一泉質が豊富な温泉だと言われている。


「ちなみにこの温泉地は安政五年、約百七十年前に開泉したそうですよ」


「へ~、ここってそんなにスゴいところだったんだ。まだ小さい頃に何度か来たことあるけど、そんなこと一度も気にしなかったな」


「ふふっ、そうです! ここは素晴らしい場所なんですよ」


と、まなは誇らしげにいっているが、彼女が先程スマホで調べ物をしていたのを知っている。


まぁ、頑張って背伸びをしているまなが可愛くて仕方がないから別にいいんだけど。


「それで、今日僕たちが泊まる旅館はどこなの?」


「よくぞ聞いてくれました! 今日私たちが泊まる旅館はですね、この登別に展開している全ての旅館の中で一番歴史が長い旅館なんです!」


語尾に、えっへん! という言葉がつきそうな程胸を張っているまなは、とても楽しそうだ。


「ほう? それで、その旅館の名はなんと?!」


「その旅館の名は・・・・・・、旅人の憩い! 名前の由来は、昔ここを初めて見つけた方が旅人で、その方が休憩に使った野宿場所に建物を立てたからだそうですよ」


「なるほど、いい名前だね。なんでかよく分からないけどとても穏やかな雰囲気が名前から伝わってくる気がするよ」


「ふふっ、そうですね。私もそんな気がしたので、宿泊先をこの旅館に決めました」


「そうか、よし、それじゃあとりあえずその旅館にいこうか。荷物貰うよ」


「あっ、ありがとうございます」


「どういたしまして。さっ、いこう」


まなの手をとって僕は歩き出した。駅から旅館までは四キロ程距離があり、そこまで通っているバスもあるが、街を見ながらゆっくり行きたいというまなの意見により歩いて向かうことになった。


「あれ見てください! あんなに大きい像は初めて見ました!」


「本当にでかいね。良かったら写真とる? あんなの滅多にみられないよ」


「そうですね。どうせなら二人で撮りましょう!」


この像なんか怖いな、こんなに大きい赤鬼なんか見たら小さい子達は泣いてしまうんじゃないのか?


何てことを考えながら僕たちは像の前に移動して、そこにいた人にお願いして写真をとってもらった。


「ありがとうございました。うわ~、この写真絶対に大事にします」


「そんなにこの像が撮れたことが嬉しいのか?」


「違いますよ。私が嬉しいのは、この像ではなく空くんと写真を撮れたことです。だって一緒に写真を撮ったことがありませんでしたからね」


「お、おぉそうか。確かに一緒に撮ったことはなかったな」


さすがに不意打ち過ぎるだろ・・・・・・。なんだよ写真撮れてうれしいって、可愛すぎかよ!


あ~もう、僕いま絶対顔赤いよな。


ていうかこの子純粋すぎない? 結婚してるのに写真で嬉しいとか!


あっいや、僕も人のこと言えないか。


イヤホンのお裾分けで喜んでたし。


あ~はずかし。


「空くん? どうしました? 顔が赤いですよ?」


やっぱり顔赤くなってたー!!!恥ずかしいから誤魔化したいけど、さっき隠し事はしないっていったからな~。


「その、嬉しがってるまなが可愛いなって思ってさ。スゴい純粋でいい子なんだって改めて認識したっていうか・・・・・・、まな?」


思っていることを言い終わってまなの方を見ると、なぜかまなは下を向いてぷるぷると震えていた。


「大丈夫? 体調悪い? 早く旅館にいって休む?」


「い、いえ。大丈夫ですよ、体調が悪いわけではないので・・・・・・」


「でも顔がすごく赤いよ? 熱あるんじゃない?」


どうして急にこんなに、さっきまで元気だったのに・・・・・・。


「もうっ! 違いますってば! 何でわからないんですか、恥ずかしいんです! 空くんに可愛いって言われたのが!!」


・・・・・・へ?


「ぷっ、あはは! なんだそういうことか。急に顔が真っ赤になったから心配したよ」


「もう、笑わないでください! しばらく空くんとは口をききません!」


「そ、そんな~、ごめんって! 許して! せっかく旅行に来ているんだから楽しもう? ね?」


「いじわるな空くんなんて知りません!」


こんな中で言うのは申し訳ないけど、ほっぺを膨らませていじけるまなも可愛いな。


あ、いや今はそんなことを考えてる場合じゃない! まなの機嫌を直さないと。


「まなはちょっとここで待ってて! すぐ戻るから!」


先程ここにくる時に通った出店をまなはスゴい目で見ていたから、それを買いにいこう。


「あ、ちょっと空くん?!」


まなと離れて出店を探し初めてから約五分。ようやく目当ての店を見つけた。


このお店が売っていたのは、明らかに女子受けを狙ったようなクレープ屋だった。


店についた僕はさっそくメニューを見る。


「ん~、どれがいいかな。こういうのわからないからな~。すみません店員さん、このお店のおすすめってどれですか?」


「はい! うちのおすすめはですね、このグランドチョコレートバナナホイップクレープです!」


「ふむ、名前は長いけど結構美味しそうだな。じゃあこれ二つください!」


「かしこまりました! それでは代金が千八百円になります!」


た、高いな。


まぁ、まなに機嫌を直してもらうためだ。


この程度の出費は甘んじて受け入れようではないか。


「二千円からでお願いします」


「二千円ちょうだいいたします! それでは二百円のお返しと、レシートのお渡しで御座います。いまからお作り致しますので少々お待ちください!」


これからまだ待つのか。もう五分以上まなを待たせているけど大丈夫かな。


しかしここ、すごい硫黄のにおいがするな。


硫黄のにおいがする温泉って美肌効果があったはずだけどどうだったっけ。


まな、楽しそうにしてたな。


両親の話になって少し暗くなった時はどうしようかと思ったけど。


まなの両親か、たしかまなのことをここまで育てたのは母親の姉だって言ってたよな。


せめてその人にだけでも挨拶したいな・・・・・・。


「お待たせしましたー! グランドチョコレートバナナホイップクレープが二つになります!」


「ありがとうございます」


さて、まなのところに戻るとしよう。


これで機嫌を直してくれればいいけど。

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