第8話
空くんは自己評価が低すぎですよ! 自分のことを卑下するのはやめてください」
札幌を出発してから約五十分、僕は説教を食らっている。
皆は状況が分からないと思うから、少し時間を遡ってみようか。
今から十五分前、僕たちは電車の旅を満喫しながら学校についての話をしていたんだ。
「僕たちが結婚してから周りに何か変化はなかった?」
「私の周りは何も変わらないですよ。強いて言うのなら男の子のアピールが減った事ぐらいです。空くんはどうですか? 面倒くさい人に絡まれているところをよく見かけるのですが・・・・・・」
面倒くさいというのは恐らく石井のことだろう。
確かに僕たちの関係を公表してからは急に関わってくるようになった気がする。
「確かによく絡まれるけど、少し仕方ない気もするんだよね」
そう、仕方ないのだ。
石井はまなのことが好きだって話だったし、それをどこの馬の骨かもわからないやつが横に割って入ったのだから。
「どうして仕方ないのですか? 嫌がらせばかりされて嫌にならないのですか?」
「確かに嫌な気持ちにはなるけどさ・・・・・・」
ここで僕は少し口をとじた。
石井の気持ちがまなに向いてたことを言ってもいいのかどうか迷ったんだ。
別にまなが嬉しがるんじゃないかとかそんな心配をしているわけではない。
僕の口からそれを伝えるという行為が、あいつの気持ちへの冒涜になるのではないかが心配だったのだ。
ここでまなに伝えてもあいつの耳に入るわけではない、だがあいつの気持ちが報われるわけでもないのだ。
「いや、なんでもない。そんなに気にしなくても大丈夫だよ」
その言葉をきいたまなは首をかしげて不思議な表情をしたあとに、少し怒ったような表情をした。
「そうやって一人で抱え込んで・・・・・・、空くんは私のことが信頼できませんか?」
しまったな、まなはそういう風にとらえてしまったのか。
「いや違う! そういうことじゃないんだ! ただこれは僕一人の判断で話しちゃいけないような気がしてさ・・・・・・」
「そんなの関係ありません! 私たちは夫婦なんですよ? そういう秘密を共有できるのが夫婦というものだと私は思います」
そっか、そうだよな。
僕たちは夫婦、隠し事はよくないよな。
「そうだな。ごめんな? 二人の間に隠し事をしようとして。そんなのよくないよな」
「ふふっ、わかってくれればいいのですよ。それで、なにを隠そうとしたのですか?」
「あぁ、さっきの石井のことなんだけどな。確かに僕は石井に嫌がらせを受けている。でも石井の気持ちもわかるから強く批判できないんだ」
「というと?」
「これは周りから聞いた話だけどさ、石井はまなのことが好きだったらしいんだ」
そう話の切り口を作ると、まなは少しムスッとした。
が、僕はそれを無視して話を続ける。
「僕たちのこの状況ってさ、石井からしたら面白くないはずなんだよ。好きな子をどこの馬の骨かもわからないやつに横取りされたんだからさ・・・・・・」
そこでまなは口を開き、冒頭の台詞に至る。
「だいたいですね、空くんのその卑下は私のこともバカにしています! 空くんの中で私はそんな自己評価の低いバカを選んだもっとバカな女だということになるんですよ? 私はそんな人を人生のパートナーに選んだつもりはありません! もっと自信を持ってください!」
ここまで怒っているまなは初めてだ。
そうか、まなは僕のためにここまで怒ってくれるんだな。
「あぁ、その通りだ。本当にごめん・・・・・・」
僕は今、反省の気持ちしか出てこなかった。
自分のこの性格がまなのことをバカにしていたということにとてつもないショックを感じていたのだ。
すると、急に隣からまなに抱き締められた。
「わかってくれればいいのです。それでも私は空くんの事が大好きですから」
この一言により、僕の絶望感は一瞬で無くなってしまった。
その代わりに、絶望があった穴には、幸せが隙間なく入りこんだ。
「ありがとう、僕もまなのことが大好きだよ」
そう言って僕も、まなのことを抱き締め返して、二人で幸せを共有した。
ちなみにこのとき、同じ車両に乗っていた何人かの客がこちらをみているのに気づいたが、ここで僕がリアクションしてしまうと、おそらくまなが羞恥にかられて暫く口を聞いてくれなくなると予想して、僕はひたすら羞恥を我慢し続けた。
それから大体五分が経過した頃。
「さて、そろそろ目的地に到着しますから、荷物をまとめて電車を降りる準備をしましょう」
まなは先程の説教を引きずっている様子もなく淡々と準備を開始した。
これは後日談だが、このときまなは、公共の場で自分から抱きついてしまったことが恥ずかしくて仕方がなかったらしい。
さて、僕もそろそろ準備をしよう。到着したら何をしようかな。
まずはホテルに荷物を預けて、それから・・・・・・
まぁそれは後でまなと考えればいいか!
だって、僕たちは夫婦なのだから。
二人で進むことができるのだから。
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