第5話心の折れた仁吾

翌日。

学校へと向かうと仁吾は明らかに悩んでいるような病んでいるような表情で取り巻きに話をしていた。

「付き合って三ヶ月も経つのに何もさせてくれないって…おかしいだろ…」

どうやら佳代は仁吾と肉体関係がないらしい。

何もさせてくれないということはキスもしていないのだろう。

モテる仁吾は今までの恋人と明らかに違う佳代に困り果てている。

「佳代ちゃんってお堅いイメージあるじゃん。美人だし。仕方ないだろ」

「いやいや。でももう三ヶ月だぞ?普通何かあるだろ?」

「そうだけど。デートは何処でしてるの?」

「外でしかしたこと無い。ふたりきりになろうとしないんだ。いつも誰かの目に留まる場所を選ぶ…。おかしくないか?」

「警戒してるんじゃないか?仁吾の邪な心の内が漏れ出てるんだろ」

「………」

仁吾はそこで言葉に詰まり苦々しい表情を浮かべていた。

僕はその様子を自席で確認していた。

「鴇。おはよう」

教室に入ってきた七瀬がにこやかな笑顔で僕の元を訪れると隣の席に腰掛けた。

「おはよう。今日は早いじゃん」

「うん。何ていうか…鴇に会えるのが楽しみで…」

「そう…」

「昨日のことは絶対に内緒だよ?」

気まずそうに頷くと何気なしに教室の時計を眺めた。

HRまで後十分程の時間があり、この時間に耐えられるか不安だった。

「今日も…」

七瀬が続けて口を開きかけたところで佳代が教室へと入ってくる。

そちらに視線を移す僕らは一度会話を中断する。

佳代は仁吾の元まで歩いて向かい、おもむろにその言葉を口にする。

「ごめんだけど別れてくれる?」

冷たい視線を仁吾に向ける佳代に多少の恐怖を覚えた。

それは仁吾も他のクラスメートも同様のようだった。

「は?何だよいきなり…」

「いや、別に告られたから付き合っただけで。仁吾のこと好きなわけじゃないから」

「好きでもない相手と三ヶ月も付き合っていたのか…?」

「うん。私、他に好きな人いるし」

「は?じゃあ何でそいつと付き合わないんだよ…」

「その人には他に好きな人がいると思っていたから」

仁吾はそこで言葉に詰まり悔しげな表情を浮かべている。

どうにか言葉を振り絞るように口を開く仁吾をクラスメートは哀れに思っていたことだろう。

「じゃあこれからはそいつと付き合うのか…?」

「まだ付き合えるかはわからないけど。そっちに集中したいから別れて」

「………わかった」

仁吾は最後の言葉を受け入れると軽く項垂れた。

いつも偉そうで強気な仁吾の初めて見せる弱気な表情を目にして彼も人間だったことを遅ればせながら理解する。

こんな仕打ちを受ければ誰だって傷つくはずだ。

佳代は仁吾と恋人関係を解消すると何事もなかったように僕の席までやってくる。

「鴇。今日、何処かに行かない?」

恋人と別れてすぐに僕の元にやってきた佳代を他のクラスメートはどの様に見ていただろうか。

確実に佳代の好きな人というのが僕だと勘ぐっていることだろう。

「ちょっと待ってよ。私が誘うところだったんだけど」

僕が口を開く前に七瀬が割って入り佳代を制止していた。

「関係ないでしょ?先に誘ったのは結局私だし」

「じゃあ分かった。三人で遊ぼ?」

「私は良いけど。鴇はどう思う?」

急に話を振られて僕はクラスの様子を軽く確認する。

仁吾も僕らの様子を確認していたが、いつものように目に覇気がない。

明らかに落ち込んでおり僕が佳代の提案を受け取ってしまったら彼は心が折れてしまうかもしれない。

そんなことを軽く考えていると佳代は続けて口を開く。

「私は三人でも良いよ?楽しも?」

意味深な言葉を口にした佳代のせいで仁吾のぎりぎりな心は完全に折れたようだった。

彼はカバンを持ってクラスを抜けていく。

「仁吾。何処行くんだよ」

取り巻きが彼を引き止めるような言葉を口にしたが彼はHRにも出ずに帰宅するようだった。

僕はその様子を見て少しだけ可哀想に感じる。

いくら嫌いな相手でもこの仕打ちはあまりにも可哀想だと思ってしまう。

「良いんだよ。あんな奴。一度痛い思いをしたほうが良かったの」

佳代は教室から抜けていく仁吾を確認すると僕に冷たい言葉を口にした。

どういった理由から仁吾を敵対視しているのか理解できなかったが僕は軽く頷いた。

「それで。三人で遊ぶの?」

七瀬も僕を急かすような言葉を口にするので答えを返す。

「わかった。じゃあ三人で遊ぼ」

僕の返答を耳にした彼女らは嬉しそうに微笑むと丁度HRの予鈴が鳴った。

「じゃあ放課後にね」

佳代はそれだけ口にすると自分のクラスへと戻るようだった。

「これから楽しくなりそうだね」

七瀬は少しだけ悪い笑みを浮かべると自席へと向かっていく。

本当に今日から何が起きるというのであろうか。

少しの不安を胸に放課後を待つのであった。

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