第29話 敬語のわけ(29、名残)
「そういえば、菫ちゃんと天我くんてずっとお互いに敬語よね?どうして?」
とある日の佐和商店。
引継ぎ中の菫と天我老は、魚住の質問を受け、揃って一瞬きょとんとした顔をした。だが、天我老が先に笑った。菫も、苦笑いを浮かべる。
「それは私が最初、天我老くんのことを歳上だと思っていたからです。仕事上、先輩でもありましたし」
「同級生だと話したら、芽吹さんが凄く驚いてたのは笑ってしまいましたね。先輩と言っても数ヶ月の差ですし、そんなに気にしないでほしいと言ったら、天我老くんと呼んでもらえるようになりました。それまでは、名前も天我老さん呼びだったんですけど」
「今でも主に敬語なのは、その頃の名残りみたいなものというか、タイミングを逃してそのまま来てしまっただけというか」
天我老と菫の言葉に、魚住は納得したように頷いて笑う。
「そういうことだったのね」
「あと、強いて言うなら」
「なあに?」
菫がまた口を開き、魚住は興味津々といった目で見る。天我老は、バツが悪そうに頬を掻く。
「天我老くんの彼女さんがとてもヤキモチ焼きなので、安心してもらう為です。今は大分落ち着かれてますが、入ったばかりの頃は中々だったので……。私はもちろん、カップルの仲を引き裂こうなんて趣味ありませんし」
「芽吹さんが来る前は、店長にも魚住さんにもヤキモチを焼いていたんです。不安にさせないようにしているんですが、やっぱり同級生だと更に気になるみたいで」
魚住は面白そうに笑う。
「あらあら、それは大変ね。彼女さんて歳下だったかしら?」
「そうなんです。そういうところも可愛いなと思っているんですが、本人にとっては大問題ですから」
天我老は困ったように笑いながらも、優しい目をして言う。菫も頷いた。
「確かにヤキモチ焼きですが、病的とか重いとかそういう感じではなく、可愛らしいですね。聡明な人ですし、天我老くんが言うのもよく分かります」
「その節は迷惑掛けました」
ぺこりと会釈し合う菫と天我老を見て、魚住は声を出して笑ったのだった。
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