第28話 方眼空間(28、方眼)
佐和商店でのいつもの夜勤中。
倉庫から在庫を取って出て来た私は、足を止めた。
店内のはずが店内でなくなっている。空間が白い。方眼用紙みたいに黒い線の四角いマスが、上下左右どこまでも続いている。
「ええ……」
今日は珍しく、魚住さんと組んで仕事をしている。大騒ぎにならなければ良いのだけど。
「魚住さーん!」
一応、名前を呼んでみる。でも予想通り、何の返答も無い。振り向くと、倉庫のドアも無くなっていた。仕方ない。進んでみよう。左手を壁に当て、ゆっくり進んでみる。何の音も気配も無い。何か置いてあるわけでもなし、見上げても何も無い。延々と同じ景色。これ、出られるんだろうか。
「あ、」
少し遠くに、誰か座っている。ゆっくり近付いても、微動だにしない。白い着物に白い紙で顔を隠している。髪は結っているみたいだけど、男か女か分からない。私に気付いたのか、微かに顔を上げた。ドキリとして、私は立ち止まる。目は隠れて見えないのだけど、その視線が、私の持つカゴに注がれているような気がした。中にはスナック菓子がいくつか。
「何か欲しいんですか?」
す、と白い手が上がる。私はカゴの中身を見えやすいように傾けた。手は直ぐに、一つの商品を差し示した。夏限定のスナック菓子。
「これですか?」
こくんと頷かれる。私はそれを手渡す。その人は両手でお菓子を持って、心なしか嬉しそうに見ている。訳が分からないながら、ほっこりしてしまう。
シャキシャキ、と何かハサミで紙を切るような音がした。辺りを見渡していると、ぐにゃりと空間が歪む。
「ありがとう」
澄んだ声が響いて、視界が真っ白になった。
「菫ちゃん?」
魚住さんの声で、私は目を開ける。目の前はカウンターで、魚住さんが心配そうな顔で私を見ている。
「大丈夫?」
「えと……すみません」
魚住さんの手には、切られた白い紙がある。それを見ていると、魚住さんはにっこり笑った。
「おまじないよ。迷子が無事帰って来る為の」
「おまじない」
「良かったわ。よく効くのよ、これ」
「ありがとうございます」
何だか泣きそうになった。ふとカゴを見ると、あのスナック菓子が無くなっている。夢では無かったのだ。
「魚住さんすみません。あの、スナック菓子一個、失くしたというか、その、」
どう説明しようかと考えていると、魚住さんはまた笑った。
「そういうこともあるわね。喜んでくれた?」
何か分かってるみたいな返答に驚いたけど、頷く。
「はい」
「なら、二人で割り勘しときましょ。菫ちゃんもちゃんと戻って来たし」
「魚住さんは、その、」
何となく、感覚が鋭い人だとは思っていた。でも今まで、ちゃんと話を聞いたことは無かった。あんまり聞かれて嬉しい話でも無いし。
「菫ちゃんが聞かないでいてくれたこと、実はちょっと嬉しかったの。優しいなって。でも良い機会だし、今度女子会しましょ。聞きたいこと何でもお話するし、菫ちゃんの話も何でも聞きたいわ。もちろん、菫ちゃんの話したいことね」
魚住さんの目は優しくて、胸が暖かくなっていく。
「……ありがとうございます」
魚住さんは頷くと、ふとにやにや笑いを浮かべた。
「ふふ、榊くんに菫ちゃん借りるわね、って話すの楽しみだわぁ」
「えっ、」
何で榊さん?
その後も魚住さんはご機嫌で、私は首を傾げっぱなしになってしまった。
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