第27話 渡し守の楽じゃない日(27、渡し守)
何でこんなことになってんだ……?
目が覚めたら、俺は木で出来た小舟に転がっていた。両手を前で拘束されていて荒縄が痛い。何だこれ。起き上がろうにも、身体に全く力が入らない。声も出ない。舟はゆっくり動いているようで、波音と揺れが伝わって来る。ボーッとして、頭も上手く働かない。視界には、船頭らしき着物姿の男の後ろ姿と、座る白い着物の女がいる。女が動き、俺を見下ろした。
「あら、目が覚めたのね」
白い手が、俺の身体を撫でる。冷たい。氷を当てられているような感覚なのに、身を引くことさえ出来なかった。腹が立って来る。にっこり笑う女は美しい部類に入るとは思うが、人間と思えず気持ち悪さが勝った。
「ふふ、私と良いところへ行くのよ。あなた」
はぁ?理解出来ないし、この舟はそもそもどこへ向かっているのか。身体を動かそうとしたけど、やっぱりダメだ。視界は舟の中ばかりで、辺りの景色までは見えない。時折、りーん、とお鈴のような音と、微かに寺で嗅ぐような良い線香の匂いが漂っている。嫌な想像ばかりが膨らんで、目を閉じた。女に撫でられ続けて気持ち悪くなって来たところで、ようやく舟が止まる。目を開けると、船頭が俺たちに振り向く。
「着きましたよ」
無機質な声。
「さあ、一緒に行きましょう」
行きたくねぇ。笑う女を睨んでいると、船頭が呆れたような溜息をついた。
「やはり貴女は勘違いされているようだ。その男性は一緒に行けませんよ」
「……何を言ってるの。こうして舟に乗って一緒に来たじゃない」
「貴女がごねて面倒だからとりあえず従ったまで。その男性、そもそも生きてますし。ーー貴女も亡者になったのですから、こちら側に従ってもらわないと」
呻き声を上げながら、女の姿が豹変する。目は釣り上がり、長い黒髪が逆立つ。ザ・怨霊って見た目になった。マジかよ。船頭はそれを冷めた目で見ている。
「この人は私のよ!!」
「全く。死んでるのに往生際の悪いことで……」
舟がぐらりと揺れた。船頭が踏み込んで、女の胸ぐらを掴む。そのまま、舟からどこかへ向かって投げ飛ばした。完璧なフォーム。断末魔のような叫びが、フェードアウトしていく。着地音だとか、そういう音は一切しなかった。船頭は両手を払い、懐から短刀を出して俺の手の縄を切ってくれる。
「すみませんね。おっかない思いさせまして。全く、渡し守も楽じゃない……」
ぶつぶつ言っていたが、そのまま舟が出る。行きと違って、いくらもしない内にまた止まった。
「あ……」
声が出る。身体も動くようになって、跳ね起きた。船頭に腕を取られ、舟から下ろされる。
「一体何がどうなって……」
「六文銭ありがとうございました、とお伝えください。貴方の花に」
「は、」
聞こうと思ったら、後ろから呼ぶ声がする。
「晃さん!」
「菫?」
振り向いたら、視界が真っ白になった。
目を開けたら、俺を見下ろす菫と目が合った。菫の膝枕で、両手でしっかりと俺の手は握られていて。
「晃、戻って来た?」
兄貴の声も聞こえる。
「晃さん、私が分かりますか?」
「もちろん。どうなってんだ?菫」
菫が大きく息を吐き出す。
「簡単に言うと、出会い頭に女のお化けに襲われて倒れてたんだよ」
起き上がったら、兄貴が説明しながら水をくれた。なるほど。とりあえず水を流し込む。美味い。
「最悪だった。危うく川渡るとこだったぜ……。船頭に、六文銭ありがとうって言われたけど」
菫が俺の手を見ながら言った。
「紙に六文銭の絵と、女の人に使ってください、って書いて晃さんに握ってて貰ったんです」
俺は手を見る。だけどそんな紙は無い。
「途中で消えたので。多分……使ってもらえたんでしょう。船頭の方もそう仰ってるなら」
「すげー船頭だった。いろいろ」
菫が不意に、抱き着いて来た。背に回る手がぎゅっと強く俺を捕らえる。そして耳元で囁いた。
「晃さんは私のです」
「そうだよ。ずっとな」
抱き締めた身体が温かい。俺はようやく、戻って来た実感が湧いた。
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