第2話

ガタン…ゴトン…。

「…ん」

……人々の喧噪が聞こえる。それになんだかおいしい匂いがする。

「…なんだ?」

ゆっくりと目を開けた。

目前に広がる街、行き交う人々、街の風景。

「どこだ、ここ?」

ふと、右側こちらを注視する視線を感じ目をやると、少女が翔をジッと見つめていた。

「うわ!」

翔が驚くのと同じタイミングでその子の顔が急に明るくなった。

「ようこそ!!」

「…はい?」

翔の目の前にいる人、ツインテールの綺麗な黒髪の女の子はにっこりと笑った。

「転生者ですね」

彼女はそう言って翔の目をグッと覗き込んできた。その大きな目の奥に光る深い青色が翔の瞳をグッとひきつける。

「どこだ…ここ」

ヨーロッパの街並みのような風景、それに何かコスプレをしているのか、多種多様な恰好をした人々が歩いている。

「夢…」

翔がそう呟くと彼女はフフッと笑った。

「わけわかめって顔してますね」

「なに…これ」

「最高の世界です。ようこそです」

女の子はずっとニヤニヤしてこちらを見ている。

「意味がわからない」

「最初はそうですよ。でも、ここは夢でも小説でもアニメでもない、もう一つの世界です」

「は?」

「ふふ、意味わかりませんよね」

頭が痛くなってきた。

「…僕、死んだんですか?」

「社会的に、ですね」

「…シャカイテキ?」

彼女はよし、と息をつく。

「とりあえずまぁ行きましょう。あ、あっちの世界には一応戻れるからそこは心配しないでください」

「行く?どこに?」

彼女は翔の言葉を無視して、戻りたくなくなるかもしれませんけど、と一言据えて歩き出した。

「…ちょっと待ってよ」

そういえば、と翔はその服装を見た。下半身があれから露わになったままになっている。

「うっわ」

一人大声をあげて慌ててズボンをはき直す。

「はやーくこっちですー」

気づけば10メートルぐらい先にいた彼女が翔を急かす。

「なんだよこれ」

グッと力を込めて歩き出す感触はあまりにリアルすぎる。もう考えるとキリがない。

頬をつねってみる。…痛い。

とりあえず、少女を追って歩くようにした。

上を見上げる。なんの変哲もない青い空。快晴。入道雲とかある…。フランス?イギリス?どっちも行ったことがないからわからないがそんなような感じ。

「キヌミカってあの噂の?」

「じゃあ今夜はリリヤ通りで楽しもう」

「えーブランドセリのバッグじゃん。それどこで買ったの?」

コスプレみたいな人々が会話している。

…今すれ違った女の人。めちゃくちゃいい匂いした。

あとその人の尻の部分…きつねのしっぽみたいなものがあった。

なんだあれ、やっぱコスプレなのか。

地面はアスファルトか何かで舗装されていて綺麗だが、やっぱりどこか現実感がない。

ずっと見慣れない街並み。

「まじで…どこだよここ…」

翔は、店内で手にとった異世界系の漫画をふと思い出したが、それをすぐに消すようにした。



「到着でーす」

視線を前に戻すと、綺麗な街並みとは似つかわしくない背の低い小屋が目前にあった。

「現実世界」と黒文字のゴシック体ででかい看板が掲げられている。

「…なに、これ」

「とりあえず入りましょ。ほらほら」

彼女に無理やり押されて赤い暖簾をくぐり中に入った。

木材でできたワンルームの部屋。ひのきだろうか、いい香りがする。真ん中にテーブルと椅子が2つ置いてあって、その真上に駆け時計がある。奥には簡易キッチンみたいなシルクに蛇口が備え付けられている。

部屋の左隅にある扉には「WASH」とある。右隅には小さなタンスと冷蔵庫のようなものがあった。

そして…椅子に座って何か書き物をしていた男がそこにいた。

その男は翔と彼女に気付いたみたいで二人を交互に見た。

「…!お、ついに来たか!?」

「はい、きました!」

男はガハハっと笑ってから右手につけた腕時計を見る。

「よし。今日はもう時間だし上がっていいよ」

「はい、お疲れ様でした!」

彼女はそれだけ言って、暖簾をくぐって出て行ってしまった。

「とりあえずなんか飲むか。そこ座って」

「え、いや、は?」

男に言われるがまま、全くわけがわからないまま椅子に座る。

ジャーー

男は透明なコップに蛇口から出た水を注ぎ、翔に差し出した。

「ほいよ」

男は翔に向かいように席についた。

男の見た目、翔と同じくらいの年齢かとても平凡な見た目をしている。

ただ、その目は自信に満ち溢れたような目だった。

「まず、自己紹介をしよう。俺は小嵐勇気。年齢は28」

小嵐は、君は?と翔に続けて言った。

「…久木翔です。年齢は24……ですけど」

「4こ違いか。翔、お前才能あるな」

「はぁ」

小嵐は、コップの水をグビッと飲み干した。

「とりあえず、今嫌な夢を見てるんじゃないかって思ってるだろ」

「…はい」

小嵐は、だよな、と翔に同調して、俺も来た時は、そうだったなぁと言った。

「翔、ここに来る前のこと、覚えてるか?」

「…来るまえのこと?」

詩織に下半身を見られ、大声で叫ばれそこから急に謎の光が差したこと。

「…なんとなく」

「どんなことだった?」

小嵐は、少し面白がるような態度で翔に聞いた。それを答えることを一瞬躊躇ったが、あの少女がいなくなった今、この状況で頼れるのがこの小嵐という男しかいないため言わざるを得ない。

「バイトで女子大生に下半身見られてめちゃくちゃ叫ばれて…そう、それで急に目の前が眩しくなって」

小嵐は、その瞬間ガハハハッと大きく笑った。

「そりゃ災難でしたなぁ」

小嵐はそれだけ言ってまた翔をグッと見る。

「翔、お前はつまりその時死んだんだな?」

「…死んだ?」

「社会的に、死んだろ?」

「そのシャカイテキってなんですか?」

「ソーシャルスタディーの社会だよ。日本社会とか、社会的問題とかの、社会」

その「社会的に」という部分がいまいちわからなかったが、下半身を女子大生に見られたということは確かに「社会的に死んだ」ことと同義になるのも少し時間をかけてみればわかった。

翔は少しだけ間をあけて「まぁはい」と返した。

「だよな。…ここはさ、社会的に死んだ勘違いされたような奴等がやってこれる世界だ。あっちの世界とは違う異世界ってわけだ」

小嵐は意気揚々と言った。

無論、はいそうですか、なんて納得できるわけもない。意味がわからない。…つまり自分は死んでしまったのだろうか?

小嵐はそんな翔の心の内を慮るように「まぁこんなの混乱するよな」と付け加えた。

「……あの、つまり僕はあの時なにかの拍子で死んで、ここは今天国とか死後の世界とかそういうことですか?いや、僕そういうオカルトみたいの全然信じてないんですけど、さっきから妙にリアルだし、もうそれしか思い浮かばないし」

「実質的には死んでないよ。異世界転生しただけさ」

「は?あの、すみません。僕はこの状況がさっきからぜんっぜんわからないです。異世界?からかわないでくださいよ。そんなのラノベぐらいでしか見たことないし……でもさっきからずっと、なんだか本物の世界というか、超リアルというか。とにかく超現実感がやばいんです。今、死んだって言ったけど……そんな感じも夢を見ている感覚もない。頬だってつねっても痛いし。僕はバイト先にいたはずなのに急にここにいる。マジでここはなんなんですか?」

翔は一気に言葉を吐き出した。声に出してみると案外落ち着くことができることに気付く。

小嵐は翔を見てただ頷いていた。

「翔、試しに一回あっちの世界に戻るか?」

「戻れるんですか?」

「もちろん」

物事の展開の速さに頭がやっぱりついていけず翔は頭をただかきむしる。

「そのもう、なんか今ゲボしちゃいそうなくらいもうとにかくよくわからないですけど、とりあえず僕をバイト場所に戻してください!」

「よし。わかった」

小嵐は、ただ優しく頷いた。

こうして話してみると、なんとなく信用できそうな落ちつきのある小嵐の様子に翔もまた少し落ち着くことができた。

「…小嵐さん、ですよね。なんでここにいるんですか?」

自分自身を落ち着かせるように小嵐によくわからない質問をした。

小嵐は、んー?と、何やら書き物を再開し始めている。

「そりゃ、こっちの世界には相当のお楽しみがあるのだから」

小嵐はそう言って何やらニヤニヤしていた。

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グローバルワールド!! 夏場 @ito18

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