グローバルワールド!!
夏場
第1話
秋。木枯らしが吹いて外の緑も寂しくなってきた。
もうすぐ冬になる。
久木翔はカーテンを開けて外の光を見た。太陽が眩しい。
「まぶっ…」
キッチンに向かう。冷蔵庫から卵を取る。先々週、最寄のスーパーの激安セール時にパックで買ったはずなのにもう2個しかない。
鍋に火をかけて卵をとく。…あっという間にスクランブルエッグの完成。
100均で買った無機質な皿にそれを適当に盛って、テーブルの前に腰をすえあぐらをかく。中2の美術の時に作った木々のバケットから、チーズ蒸しパンをとってかじった。そういえば消費期限が昨日までだったから早く食べてしまおうと思っていたのに忘れていた。
1DKの部屋、贅沢はできない。
スマホで時間を確認する。10時21分…。そろそろバイトに行かなくちゃならない。
「めんどくせぇ」
翔は油まみれのスクランブルエッグを口に流し込んだ。
「お先に失礼しまーす」
毎度入れ違いになるパートの三木谷さんは、翔に元気よく挨拶をした。
翔も無言で会釈する。
時計の短針がようやく12になったタイミングでタイムカードを押した。
「よろしくお願いします」
「…はい、よろしく」
長年ここでやってるハブさんは、翔の挨拶を相変わらずぶっきらぼうに返した。
店内は、今流行りの曲が相変わらず中途半端な音量で流れている。
大手チェーンの中古本店のアルバイト。久木翔24歳、絶賛フリーター中である。
「いっらっしゃいませえ」
いつも通り、挨拶変わりのけだるけな声を店内に響かせた。
平日の昼間、店内にはほとんど客はいない。が、常連の面子は毎日のようにいる。
まず、中肉中背のエロ漫画を立ち読みしてるハゲたおっさん。正直清潔感がまるでない。暇なのだろうか?仕事はないのだろうか?務め始めた頃はそんなことも考えていたが、数日経てばただただ鬱陶しいだけの存在になった。そして読むだけ読んで実際に商品を買うことはない。タチの悪い奴だ。
次に、背が低い、帽子を深く被る男はゲームコーナーをずっと物色している。物を手にとっては、ああ違う、とわりと大きな声で独り言を言っている。こいつは単にうるさい。それに何をしでかすかわからない危険な雰囲気がある。今流行りの言葉で言えば「無敵の人」といったところだろう。
最後に、腰が大分曲がっているじいさんはいつも昔のCDか何かを探して、手にとってはそれを元に戻さず乱雑に散らばす。そしてそれを片づけずバラしたまま帰っていくのだ。前に一度、店長に「あのジジイを出禁にすべきだ」と言ったこともあったが、軽くあしらわれて終わった。
彼等を見ていると、自分もやがてあぁなるのではないか、という恐怖を感じる。今は馬鹿にしている側だが、自分もいずれ馬鹿にされる側に回るのではないだろうか、と。
じいさんはここを我が家か何かと勘違いしているのか、今日もCDを雑に広げ手元が悲惨になっているのがわかった。
「…それ片づけるの俺なんだよ」
いらだちをぶつけるように、ボソっと翔は呟いた。
「ありがとうございましたー」
気づけばレジ横の置き時計の長針はもうすぐ「7」を差そうとしていた。
外ももう大分薄暗くなっていた。
「翔さん、お疲れ様です!」
「あ、うん。お疲れ様」
同じバイトの詩織が翔に元気よく挨拶をくれた。
笹木詩織ちゃん。現役女子大生の20歳。ザ・清楚系でめちゃくちゃ可愛い。いつもキラキラしている。
言っちゃあ悪いが、こんな地獄のカサンドラみたいなところではなく、もっとこう、キラキラしているスター○○コーヒーとかで働く方を薦めたい。
それに何故か、詩織は他の従業員とは違って翔を苗字ではなく名前で呼んでくれる。
「笹木さんはもうあがり?」
「はい、あ、でもここ片づけてから帰ります」
詩織はそう言って、彼女の背後にある山積みの本に目をやった。
本が高層ビルみたいにいくつも積まれていて、それを済ますのは大分時間がかかることは明白だった。
ここは、一つかっこつけたい。
「あ、それ僕やるよ。もう店内誰もいないしあがっていいよ」
「え?いやいや、いつも翔さん最後までやってるじゃないですか」
詩織は遠慮がちに、少し身を退く。
「いやいや、やるよ。どうせ暇だし」
いつもこうやってかっこつけてしまうのが、自分の悪い癖だと翔もわかっている。それで何かに発展したことは今までないし、結局自分が一番苦労して終わるだけであることも、もう嫌というほど経験している。
「あっじゃあ二人でやりましょ。そっちの方が早く終わりますし!」
「いや…あ、わかった」
そんな提案をされたのは初めてだ。4個下の彼女に押されて翔はそのまま店内の掃除を始めた。
店内のBGMはいつの間にか消えていて、乱雑に置かれた本やCDを元の棚に陳列する作業を続ける。
詩織は翔に何故か優しい。
翔は、彼女が自分にその気があるのかすらいつかは思っていたが別にバイト以外での絡みはないし、そもそも自分みたいな童貞フリーター金欠男を好きになることなんてない、と思った。前、ネット掲示板で「俺氏、女子大生に好かれている件www」とスレを立てたが、すぐに罵詈雑言の嵐で現実を見せられたのだった。
弱男(弱者男性の略)の気持ち悪い妄想だ、と言い聞かせていたが、ただ、そういう自分に優しくしてくれる、おまけにめちゃくちゃ可愛い詩織が翔は気になっていないといえば嘘だった。
「ちょっと翔さん、ちょっとちょっと」
奥の棚にいた詩織が翔に呼びかけるように手招きしてきた。
「どうしたの?」
「この女の子、見てくださいよ」
詩織はそう言って、そこに描かれた表紙の女の子を指さした。
それは、人差し指を大きく上に突き出しすポーズをしたにっこりと笑う女の子の絵だった。
「これが、どうしたの?」
「これ…こんなにおっぱい大きい子いませんよ」
「え…」
彼女の口から「おっぱい」の言葉が聞けた。下半身がムクっと膨張するのがわかる。
詩織の指さしたそのキャラクターの胸元は確かに強調されていて、パッと見れば最初に目がいくほどではあった。
「…えっ。あぁまぁ、漫画だし」
なるべく冷静を装って答える。
「そりゃそうですけど」
詩織は翔をちらっと見てから何か言いたげそうにしていた。
「翔さんは、その、おっぱい大きい子と小さい子、どっちが好きですか?」
「…は?」
心臓がバクバクと脈うつ。どういう意図での質問なのかまるでわからなかった。
「どういうこと?」
「言葉の通りです」
「…そりゃ男なら、みんな大きい方じゃない?」
「翔さんも、ですか?」
「…まぁ、うん」
しおりは、そっかぁとまたわざとらしく言った後次の棚に移った。
なんだったんだ…。心臓の音が破裂しそうなほど脈打っていて苦しい。
わけがわからないまま、本を陳列することに集中することもできない。
急激に下半身に異様な熱を感じる。
「…なんだよ今の」
右手に散らばった本を無意識に手にとる。それは異世界系のよく見るハーレム漫画で、表紙の清純そうなその女の子、その顔が彼女にとても似ていた。
「翔さーん、陳列終わりましたか?」
「…え?あぁぁ、まだちょっとあるかも」
大分先の方の棚の陳列をしている詩織が、もう終わりそうな勢いだった。
「ふぅ」
落ち着け、僕。そんなことはない。期待をするな。
年下の女の子にからかわれるなんてみっともない。期待してはからかわれて、結局ピエロに徹してきた24年の人生で嫌というほど思い知らされてきただろう。
よし、と翔は集中し直してもう一度陳列を始める。
その時だった。
ふと振り返った時にズボンの裾が下の本入れのかえしのところにひっかかってしまった。
「あっ」
ズトンッ
視界が90度回転してナナメになる。せっかく巻数を揃えた漫画が身体にバラバラとのしかかってきて痛い。
「ちょっと翔さん!大丈夫ですか?」
詩織が、あっとこちらに駆け寄ってきた。
全くどこまで優しいのか。もしかしたら…本当にもしかしたら…僕に気があるんじゃ…。
「翔さん、だいじょ……」
「あっうん、全然大丈」
「きゃあああああああああああああああああああああ」
彼女の悲鳴が、翔の言葉を掻き消すように店内に響く。
「え?」
彼女の視線の方向をなぞるように見た。
本入れの角につっかかったところ、黒布のズボンの股間の辺りが綺麗に破けていた。
パンツからはみ出た×××が…露わになっている。
…それに×××はさっきの一件のせいで、凄まじいまでにそり立っている。
「あっこれは、違くて…そのいや」
「きゃあああああああああああああああああ」
「…終わった」
終わった。
これ多分、なんだ…。公然わいせつ罪とかだ。
詩織ちゃんが必死な形相で僕を見てるその顔がスローモーションに見える。
なんだよ、この人生。
…前科つくのか、オワタ。
ブワッ
目の前が急に光に包まれた。
なんだ、まぶしい。
勢いのまま目を閉じた。
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