第8話 『松岡とサッカー』

季節は夏。翡翠中学校は夏休みに突入していたが、部活動に夏休みなんてものはない。それはサッカー部も例外ではなく、毎日練習があった。

 


ありがたいことに3年連続レギュラーに抜擢されていたので試合に出られない悔しさについてはあまりよく分からないのだが。それでも俺だって人間なのでもちろん悔しい気持ちはある。



俺の中学は結構な強豪校だから血を滲むような努力をした。毎日朝早く起きてランニングして、筋トレをして、部活の練習にも誰よりも真剣に取り組んできたつもりだ。



だというのに――。



「中村くん?大丈夫??」



そんなことを考えていると目の前で心配そうにしている石崎さんがいた。俺はハッとして意識を取り戻す。

そうだ、今は自主練の最中だったのだ。

折角、マネージャーの石崎さんが練習に付き合ってくれているというのにボーッとしていたら申し訳ない。



「だ、大丈夫です!心配してくださってありがとうございます!」



慌てて返事をすると、石崎さんはニコッとした笑顔を見せてくれた。この前、泣きながら俺に『見逃してください!お願いします!』と言って来た時とは大違いである。あの時は本当に驚いたものだ。



「なら、いいのだけど。私ももう暫くしたら練習が付き合えなくなるからね」



「……充分です。石崎さん、ありがとう」



「ううん。こちらこそだよ。中村君には期待しているし、みのりちゃんも試合に楽しみにしてるみたいだしね」



「笹川さんが……そういえば笹川さんってスポーツ観戦が趣味だって言ってたしなぁ」



「え!?」



石崎さんが目を丸くした。そして少し間を空けてから口を開く。



「みのりちゃんが中村くんに自分の趣味を……?そっか……」



………何でそんなに不機嫌な顔をするんだろう。何か悪いことを言ってしまっただろうか。不安になってくる。

しかし、次の瞬間にはいつも通りの優しい表情に戻っていた。



「いいえ。なんでもないわ。私これから用事あるんだった。じゃあまた明日ね」



そう言うと彼女は小走りでどこかに行ってしまった。

どうやら怒らせてしまったわけではないらしい。よかった。でも一体なんなんだ……。

まあいいかと思い直し、再びシュート練習を始めることにした。




△▼△▼



あれから数時間が経った。休憩を挟みつつ、ずっとボールを蹴っていたせいか足の裏が痛くなってきた。



「あら?中村くん?」



不意にそんな声が聞こえてきた。振り向くとそこには――。



「松岡?」



「中村くん、部活動?お疲れ様~」



そこに立っていたのは同じクラスの女子生徒・松岡であった。松岡って部活入ってたっけ……?



「松岡。部活に入ってたっけ?」



疑問をそのまま口に出すと、松岡はこう言った。



「え?いや。入ってないわよ。今日は夏期講習が終わって帰るところ。中村くんも帰るでしょ?一緒に帰らない?」



「いや、俺は練習するから。ごめんな」



俺にはまだ練習が足りないのだ。だからもう少しだけ頑張ろうと思う。

すると、松岡がこう言った。



「そう…なら、私も付き合ってあげる。私はあんたより運動神経がいいいもの。それはあんたも分かってるでしょ?」



……確かにそうだ。松岡は学年トップで運動神経が良く、球技大会なんかではよく活躍しているイメージがある。

だが、いくら運動が得意だとしても、サッカーに対しては素人だろうし。



「どうせ、家に帰っても暇だし。付き合ってあげるわ。……余計なお世話なら言ってちょうだい」



その言葉を聞いて、断れるわけがないと思った。それに一人で黙々とやるよりも誰かと一緒にやった方が楽しいかもしれない。



「分かったよ。ありがとう」



そう答えると、松岡は嬉しそうな顔になった。




△▼△▼




しばらく練習していて分かったことがある。松岡はとても飲み込みが早いということだ。教えたことはすぐ吸収してくれるし、こちらの意図を汲み取ってくれることもある。



とてもサッカーの素人だとは思えないほど上達が早かった。松岡は天才だとしか言えないレベルである。

それから1時間くらいして、松岡の方から切り出してきた。



「そろそろ、帰らない?もう充分でしょう?」



時計を見ると時刻は既に13時を過ぎていた。いつの間にこんな時間が経っていたのか。もう少し練習したい気持ちもあったが、これ以上遅くなるのは良くないと判断した。



「そうだな。帰ろうか……着替えるからちょっと待ってくれるか?」



「ええ。良いわよ」



その後、俺は着替え、松岡と一緒に帰った。

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