第6話 一ノ村へ
母さんが待っていない家に入って、真水をしこたま使って体を洗った。
いつもは真水は井戸からくみ上げなければいけないから、最低限の量に留めるのに。
なんだかヤケな気持ちになって、体を無心で洗った。
「俺が住んでいる一ノ村へ行こう」
僕が体を洗い終えてから、ケンちゃんが言った。
「一ノ村には、まじない師が何人かいる。その人たちはクロタカナミや夢魚にくわしいらしい。その人たちに話を聞いて、これからの事を考えようぜ」
そんなわけで、一ノ村へ行くことになった。
急いで荷造りをする。
肩に斜めがけする、硬い布の大きな大きなカバンと、ヤシの実で作られた水筒を手に取る。
そして、カバンに入れられるだけ荷物を詰めた。
日持ちする固く干された魚。これは草っぱらの一番大きい葉っぱに包んだ。
集落の皆に高く売れると言われていたけどこっそりと取っておいたサメのきばを三本。
僕が漁に出るためにと年寄りからゆずってもらったよく切れるナイフ。これは本当にがんじょうで鋭くて、茶色く固くなったヤシの実も割れる。
台所から火打石も持ちだした。
集落の外にも出て、色々調達した。
食べごろのアダンの実。少し青くても気にしないでもいだ。
ヤシの実も取れるだけ取った。
集落の皆が「薬になる」と言っていた草も草っぱらから急いでむしって入れる。
水筒には井戸から汲んだ真水を沢山入れた。
待っててもらう間、ケンちゃんにはアビをみててもらった。
ケンちゃんもおっかなびっくり触っていて、その顔が集落にいたころのケンちゃんで面白かった。
今は、顔も背丈も体の筋肉も声もすっかり大人みたいになっているのに。時々、一部分が、僕の知ってるケンちゃんなのだ。
「こいつだけどさ」
ケンちゃんが、アビをぎこちなく抱えながら言う。
「まだ小さいんなら、柔らかい何か食べさせてみようぜ」
うでの中のアビの鳴き声はさっきよりも大きくなっていた。空腹なんだろう。
もいできたヤシの実の、青いものを取り出す。
ナイフでてっぺんから少し下を真っ直ぐ切る。切れる勢いが強くて中身が少しあふれて、てっぺんの部分が飛んでいった。少しびっくりした。
アビはギュイ!ギュイ!とついに人間の子供が大泣きするように鳴き声を上げ始めた。
実の中の柔らかい部分を指ですくって、その大鳴きする口に入れる。
僕の指を噛みながらも、ヤシの実の中身を何とか飲み込んだ。
急いで指を口から抜いて、今度はさじを急いで取り出して食べさせる。アビの歯は思ったより固く、僕の指は歯型で真っ赤になった。
アビを僕のひざに抱え直した。しばらくヤシの実を食べさせて、中の水も飲ませると、アビは大声で鳴くのをやめた。どうやら満足したようだ。
ほっと僕が一息つくと、アビが体をぷるぷる震わせ始めた。
まずい。何だかいやな予感がして、アビを抱えるうでを出来るだけ伸ばして遠ざける。
すると、アビは尻尾の根元からおしっこを出した。
僕達にはかからなかったが、床が水びたしになった。
ギュイ、と一声満足そうに鳴くアビを見ながら、これは大変そうだ、と僕とケンちゃんはぼう然とした。
床とアビをふいて、僕達も軽く腹ごしらえをした。
母さんがいつもなら温めていてくれた昼食をかまどで温めていていると、本当に母さん達はいなくなってしまったんだ、と胸がつまった。
何も食べる気にならなかったけれど、ケンちゃんに「食べないとつらいぞ」と言われたから、何とか詰め込む。
トウガラシが入っているからアビには食べさせなかった。
鍋や食器を洗っている間、ケンちゃんが僕がいつも朝の物拾いの時に使っているカゴに紐を通してくれた。
かごの下には草を敷いてくれた。
「これならアビを入れて運べるだろ」
アビを入れ、カバンと水筒のひもと、交差させるように反対側の肩にななめがけする。
こうして僕は、生まれてはじめて集落を出た。
集落のがけに沿った細い道を通る。
「ここ、気をつけろよ」
「ここは、この石に足かけな」
ケンちゃんが通りにくい道を教えてくれたので、思ったより楽に通れた。
いつもはかない靴も、少し歩いたら慣れた。
がけを登りきると、がけの頂上は思ったよりもせまくて、僕とケンちゃんが立つとすぐに下り坂が始まっていた。
でも、それよりも、僕はその先の光景にばかり目をうばわれた。
がけの上を出ると、がけの下にはどこまでもどこまでも大地が広がっていた。
大地はほとんどが草原でおおわれていて、視界の端には森がしげっていた。
草原にはがけの近くと、はるか遠くに大穴が二つあって、そのそばに村らしき物が見えた。
何も言えなくて、胸いっぱいに息を吸って、吐く。
風には潮のにおいが全く無くて、草のにおいばかりがする。
集落の外ってこんなに広いんだ。
「あの穴見えるな。近い方な」
ケンちゃんが指をさす。
「あの近くの村が一ノ村だ。あの穴の近くにまじない師達が沢山いる。あの人達にクロタカナミについて聞いてみよう」
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