第5話 夢魚と、ケンちゃん
その後の事は、正直よく覚えていない。
ぼう然としながら、母さんや、アマモや、他の人達を呼びながら集落をウロウロしたり、漁に出ている人が帰ってこないか、待ったりしていたのは覚えている。
あと、手の中の夢魚。そう呼ばれたその生き物。
母さんに「離さないで」「助けてあげて」と、そうたのまれたから、この生き物を抱きかかえていたのは覚えている。
とにかく海をいやがったから、一旦海から離した気がする。
僕を見てギュイギュイと何かうったえていたから、空腹なのかと思って、そういえばこの生き物は何を食べるのだろうと思い立ったのは覚えている。
草っぱらに置いて、何か食べるだろうかと様子を見てみたけれど、動かなかった。
ただ、僕の方を見て、ギュイギュイと鳴くだけ。
その時になって僕は、この生き物は人間と同じく、まだ手のかかる赤ん坊なのだと気付いた。
母さんの「生まれたばかり」と言う意味がやっとわかった。
ケンちゃん、ことケンブカがこの集落に来てくれていなかったら、僕は何をしていただろう。
「アダン、わかるか?大丈夫か?」
気が付いたら、ケンちゃんが僕を揺さぶっていた。
ケンちゃん、しばらく見ないうちに大きくなったなあ。
アマモのような茶色の髪と黒目をしていなかったら気付かなかったかもしれない。
「集落の方が暗いから、クロタカナミだと思って走ってきたんだ。他には誰もいないのか?」
僕が気だるく首を振るのを見て、ケンちゃんがガックリとうなだれた。
ケンちゃん、髪の毛の潮焼け、なくなったんだ。毛先がアマモに負けないくらい赤かったのに。今は茶髪ばかりだ。
「ケンちゃん」
僕が話しかけると、ケンちゃんが僕の顔を見てぎょっとした。
「母さんから、この夢魚を面倒見るようにって言われたんだ」
「名前はね、アビだよ。僕が決めた」
「お腹が空いてるみたいなんだ。でもね、何も食べないんだ。ケンちゃん、何か知ってる?」
僕は一体何を喋っているのだろう。
そう思いながら、言葉がスラスラと出てくる。
自分が自分ではないみたいだ。
「アダン!!」
大声でさけばれ、今度は僕がぎょっとする。
悲しそうな顔で僕を見たあと、ケンちゃんは目を伏せた。
「なあ、とにかく体を洗ってこい。泥まみれだ」
身に覚えがないことを言われてポカンとしたが、確かに自分の体がいつの間にか泥でまみれていた。
僕は本当に、クロタカナミの後から今まで何をしていたのだろう。
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